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第16話
相談事
悠太の一番いいところは、いつも機嫌がいいということだと思う。もちろん、優しいこともいいし、のんびりしたとこも好きだったが、どんな時でも機嫌よくいることにはかなわないと思う。何事もポジティブに考えて、いつも心に余裕があり、そしてどんな状況にも喜びや楽しみを見つけ出せることができるんだと思う。
それだから好きなんだと思う。簡単に状況に左右される私には決してできないこと。これが私の考えたことだった。
うん、夏休みの自由研究にしたいくらいね、とひとり考えながら学校に向かう。今日は部活の練習がある日。暑いけれど頑張らないと。
月の台駅に一度入り、冷房で涼んでから北出口へと向かう。出口あたりで優香に出会った。バドミントンのラケットを持っている。
「おはよう。優香も部活?」
「うん、見ての通り。暑いのにねー」
「そうだねー。またプールいこ!」
「プールと言えばさ、この前みんなで行った時なんだけど・・・」優香が言葉を切る。
「どうしたの?」
「・・・やっぱなんでもない」と優香。
「気になるなぁ。言ってよ」
「えっとね、ちょっと気になったんだけど、莉帆ってもしかして永本くんのこと好きなの?」急にそんなことを言われて、私はすっかり驚いてしまった。
「ど、どうしてよ」急いで表情を隠そうとする。
「あ、やっぱりそうなんだ。いやー、プールの時、急に来るって言い出すし、新しい水着買って来るし、水球の時もずっと永本くんの方見てるし・・・。新しい水着見せたかったの?」優香が笑いながら言う。
「そ、そんなんじゃないから!別に悠太が好きとか、そんな・・・」
「別にごまかさなくてもいいのに。悠太って言ってる時点で好きじゃん。大丈夫、別に言いふらしたりしないから。ね、私たち友達じゃない」優香が諭すように言う。
「うん・・・」自分のことながら、簡単に諭されてしまったようだ。
「私が言うのも変だけど、いいことなんじゃないかな。永本くんって地味だけど優しくて、頼りになるんじゃない?軽々しくないし、かといって真面目すぎず、ユーモアもあるし・・・」いつの間にか悠太の品評会みたいになってる・・・。
「そうなのかなぁ。私は単に、いっつも機嫌がいいところが好きかな。いっしょにいて落ち着くというか・・・」ちょっとはにかんで言う。
「よく見てるじゃん。それで・・・永本くんとはどこまでいったの?」
「どこまでって??」
「だからさ、手をつないだりとか、ハグしたりとか、キスとか・・・」
「え・・・?」優香何聞いてくるのよ。
「答えに窮するってことはもっと!?」優香が期待顔で言う。
「違うって、そんなの全然ないから!」ここ公共の場なんだけど。優香の質問、開けっぴろげ過ぎない!?
「あはは、冗談だよ。莉帆のことだから奥手だと思った」
「・・・」
「陰ながらだけど、応援するよ。私、こういうことは得意だったりするのよ」優香が楽しそうに言う。
「えー、応援って・・・。そっか、優香は彼氏いるもんね」そういえば、普段あまり話には出ないけど優香は隣のクラスの藤本和樹と付き合っている。
「うん。彼氏いるって結構楽しいもんよ。莉帆もがんばって!」
〜〜〜
そういえば、悠太ともう1週間も会ってないなあ・・・莉帆はグラウンドを軽く走りながら考える。この前神社に行った時以来・・・。夏休みだから仕方ないけど。このまま新学期まで会えないのは寂しすぎるなぁ。
「女子部員集合ー」グラウンドの端から陸上部の先生の声がかかる。陸上部に入って1ヶ月とちょっと。だいぶ練習にも慣れてきた。種目はハードル走になった。先輩から、スタミナより瞬発力があると言われたからだ。ハードル走は初めてだったけれど、やってみるとダッシュとジャンプが交互に来るのが楽しい。初めはあまり考えずにぴょんぴょん跳ねて楽しんでいたが、最近は基礎からきちんと練習してあまりハードルを倒さなくなり、タイムも上がりつつある。
「今日もがんばっていこー!」西谷先輩から声がかかる。この前卒業した先輩(小橋先輩)が「夢の力」を持っていたことを教えてくれた人だ。先輩もハードル走だからお世話になっている。
「はい!今日もよろしくお願いします」笑顔で答える。
「熱中症には気をつけてね」先輩が優しく言う。
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ストレッチをして、ランニングをし、基礎練習。それから、400mハードル走を何本かやってまたストレッチ。お昼ご飯を食べたら再び基礎練習、先輩とタイムを競って・・・。
ふうー、今日の練習終わり。更衣室のシャワーで一日分の汗を流す。気持のいいひと時だ。服を着替えるとさっぱりした気分。
今日は暑くて大変だったけれど、練習の間は悠太のことを忘れていられた。けれど、今はまた思い出すときだ。
もう1週間も会ってない。会えないかなぁ・・・。会ってない。会えないかなぁ・・・。会ってない・・・無限ループに入る。
先輩に挨拶して、更衣室を出たところでスマホに着信があった。優香からだ。
〔杉山優香〕部活終わった??タイミングあいそうだったらいっしょに帰ろー
「いいよ、じゃあ中庭のベンチのとこで」返信する。
片付けして着替えて中庭のベンチで優香を待つ。肩をよせあって寝ている銅像の隣で。一人って寂しいなぁ。この銅像ですら恋人がいるのに・・・。ちょっとセンチメンタルな気持になる。
「お待たせー、莉帆」優香がやってきた。
「部活お疲れ。帰ろっか・・・」一日運動したので腰が重い。明日はゆっくり休養しないと。
「莉帆疲れてるみたいね。大丈夫?」優香が気遣ってくれる。
「うん、大丈夫。今日はちょっと暑かっただけ」
「・・・悠太も部活やったらいいのに」校門を出て優香と並んで歩いているとついそんな言葉が漏れてしまった。
「部活やったてたら私じゃなくて、悠太と帰れるからね。夏休みの間も」優香がちょっと口をとがらせて言う。
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ・・・」
「冗談冗談。その気持、よくわかるよ。しばらく会ってないとだんだん心が重苦しくなってくるよね」優香がうなずきながら答える。
「うん、今ちょうどそんな感じ」
「だったらさ、私いい案があるよ」優香がぽんと手を叩いて言った。
「いい案?」
「みんなでキャンプに行くっていうのはどう?私と莉帆と永本くんも誘って。後は不自然じゃないように永本くんの友達の松田くんとか、それから和樹とか・・・」藤本和樹は優香の彼氏だ。しれっと入れ込んでくる。
「・・・それいいかも。悠太が来るかどうかだけど」少し明るい光がさしたように思った。
「それなら松田くんに誘ってもらうから大丈夫!きっと来るよ。電車で1時間ちょっとのとこに星空の綺麗なところがあるの。莉帆もきっと気にいるよ。私が上手いこといいシーンをいっぱい作るから・・・」優香が笑いながら言う。
「いいシーンって??」
「そりゃあもう、莉帆が永本くんと二人っきりで星空見たり、料理作ったり、テントに押しかけたり、その後は・・・」
「ちょっと、やめてよ。それ以上はストップ!」慌てて止める。
「後は行ってのお楽しみね。じゃあそれで決定!早速今晩手頃な人に声かけるから。私に任せて。大丈夫、明日には永本くんもキャンプの準備してるから」優香が決まった顔で言う。こういうのをすごい行動力って言うんだなぁ。すっかり引き込まれてしまった。
「あ、ありがとう」
「いいのいいの。私も行ってみたかったから。和樹と見る星空・・・楽しみだなぁ」幸せそう・・・。そっか、私もこれくらい楽しみにしていいんだ。今は優香について行って、そしてそのうちには私も優香ー和樹くらいの熱々カップルに・・・とつい妄想を膨らませてしまう。
「分かった。ありがとう。私も出来る限り手伝うよ。買い出しとか、場所調べたりとか」感謝を込めて優香に言う。
「うん!じゃあ明日また会おうよ。明日は部活ないんでしょ。私のうちでいい?」
いつの間にか駅を過ぎて家の近くまで来ていた。道の角で優香と別れ、家に向かう。疲れていたはずなのに、知らないうちに足取りは軽くなっていた。
優香に正直に気持を打ち明けてよかった、莉帆はそう感じた。希望を持ちたければ、まずそれを入れられるだけ心をオープンにしないといけないんだな・・・莉帆はそんなことを思いながら玄関を押し開けた。




