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第14話
プール
あの青いストライプのはどうだろう。ちょっと派手かなぁ。模様なしのシンプルなのがいいかな。清楚でなおかつちょっぴりセクシーなものって難しいな。悠太はどんなのを着てほしいんだろう・・・。
有瀬莉帆がいるのは月の台駅のショッピングモール。この夏に向けて水着を吟味中。高校生になったのだから、去年までとはちょっと違ったものが欲しい、そう思って探しに来たのだった。
今日はクラスメートの優香と涼子に、プールに行かないかと誘われたけど断って一人でショッピングに来ている。プール開きの前に、水着を新調したかったのもあるが、涼子とプールに行くのはちょっと乗り気にならなかった。
それは、涼子がわざとらしくバストを自慢するからで、確かに自慢するに足るものではあったが、私はそういうのは好きではなかった。あ、別に羨ましいわけじゃないからね!やっぱり悠太はBくらいが好きなはず!(勝手に決めつけてるけど)
それに涼子は(言い方が悪いが)よく男子を釣るので、それを見るのも好きではなかった。虚栄心って簡単には克服できないみたいね。少なくとも涼子は。
「よかったら、試着してみませんか。今ならプールセットがついてくるキャンペーンも実施中ですよ」店員さんが話しかけてくる。確かに、好きな水着を買うとプールバッグとキャップとゴーグルがついてくるキャンペーンが店内に掲げられている。これは真剣に考えないと。
長い間陳列棚を行ったり来たりし、いろいろと試着した末に、ようやく3着にまで絞ることができた。たぶん、このうちのどれかにするだろうけど、一応別の店も見てみようか。
いったん外に出る。
お昼まではもう少し時間がある。今日は平日なので店もそんなに混んでないし、どこかで食べて帰ろうかな・・・。そんなことを考えていると、改札口の方から、見慣れた人影が現れた。
悠太だ。私服姿見るの初めてだ。ライトブルーのTシャツに七分丈のパンツ。よく似合ってる。どこに行くのかしら。
「悠太じゃない」後ろから声をかける。
「うわ、びっくりした。なんだ、莉帆か」
「学校の外で会うの珍しいね。どこ行くの?」
「これから松田たちとプールに行くとこ。莉帆は?」悠太が聞く。
「私は一人で買い物だけど・・・そっか、プール行くんだ」よりによって今日は涼子がいるというのに・・・。悠太と涼子が会ったら嫌だなぁ。きっと涼子がこれ見よがしに悠太の前を泳いだり、「25m競争しない?」とか誘ったり、下手したら「いっしょにウォータースライダーしない?」とか言いかねない。考えたくもない展開だ。
「今日は暑いからプール混んでるよ。ぎゅうぎゅうじゃないかな」悠太の顔色をうかがいながら言ってみる。
「そうなんだ。土日よりはましだと思うよ」まあ、私も同意するけど・・・。
「さっき小学生の集団がプールに向かってたよ」
「そうなんだ。ま、僕もそんなに泳げるわけじゃないから邪魔にはならないだろう」まあ、そうかもしれないけど・・・。
「今日はプールの掃除がない日だから水が汚いよ」
「そう・・・なんだ?」悠太が不思議そうな顔をする。だめだ、これ以上どうしようもない。このまま悠太がプールに行ってしまう・・・。
そうだ!涼子の方を行かないようにすればいいんだ。ピンチの時の「夢の力」。今からでも間に合う。ネットカフェとかで・・・。入ったことないけど。
駅のすぐ向こうにあったはず。ちょうどプールもそっちの方向だ。
「私もそっち方面だから、もうちょっとついて行くわ」悠太に言う。
「うん」
駅を出て、炎天下の中、交差点で信号待ち。
「莉帆は何を買いに来たの?」話しかけられる。
「えっと・・・」水着とは答えにくい。別におかしなことではないけれど。
「水かき!」
「水かき?」ますます不思議そうな顔。
「そうそう、浮き輪とかいろいろ。夏だからね!」慌ててごまかす。
「ふうん」
交差点を渡るとネットカフェがあった。しかし・・・。
「現在満席」
え?ネットカフェって満席になるものなの?まあこの辺りに少ないからなぁ。なんとか「夢の力」で涼子なしのシナリオを作らないと。他に寝られるところといえば・・・ラブホくらい?もちろん入ったことないけど。
あった。次の交差点に。
「休憩 1時間2000円〜」
なるほど、こんな感じなのね。一人じゃ入れなさそう。R18とかになってそう。悠太が誘ってくれるなら別だけど・・・て私何考えてるの!?
「どこ見てるの?信号青だよ」悠太が言う。そして悠太の視線が私が見ていたラブホに向かう。あーっ、いけない。入りたそう、なんて思われたらどうしよう。
「えっと・・・あれ!」私が悠太の視線を逸らそうと指差したところには・・・。
質屋。
「あれ?質屋だけど??」
「そうそう、質屋」
「お金に困ってるの?ていうか、質に入れるものあるの??」悠太が冗談ぽく言う。よかった、本気にしてなくて。これなら笑ってごまかせばいい。
〜〜〜
結局、悠太はプールに行ってしまった。どうしようもない。
こうなったらせめて私もプールに行って涼子から目を離さないようにしようか。もうそれくらいしか手がない。
決めた後は早かった。急いで駅に戻る。さっきの水着・・・3つ候補あるけどどれでもいいや。一番近いのを取る。
お金を払って、プールセットも手に入れてと。なんて機敏に動けるんだろ。自分でも驚く。
優香と涼子に連絡する。
「やっぱり新しい水着買ったから私も行く!」
不自然ではないはず。
〜〜〜
月の台市民プール。来てしまった。さくっと新しい水着に着替える。うわぁ、なんか恥ずかしいな。これでみんなに混じれるかな。悠太もいるのに。
プールはがらがらだった。小学生の集団もいないし、水も澄んでいてきれいだし。
優香と涼子の姿を探す。
あ、いたいた。向こうの方。すでに悠太、松田くん、それから同じクラスの山口くんと水球をしている。
「あ、莉帆だ。新しい水着だね」涼子が声をかける。
「私もきちゃった。入っていい?」悠太も振り返ったので、思わず首まで水に浸かってしまった。
「偶数になったからちょうどいいね。3対3でやろう」優香が提案する。
「じゃんけんで2チームに分かれる。私は悠太と涼子のチームになった。
開戦。
水球って結構楽しい。いつの間にか夢中になっていた。
ボールが宙を飛び、水しぶきが舞う。ゴールできたらうれしいし、相手にゴールされると悔しくて次こそは!となる。
水着のことも、涼子のことも、悠太のことも忘れて水球に夢中になっている自分に気がついた。
やっぱり来てよかった・・・。悠太も楽しそうだし。
「だいぶ遊んだねー、休憩がてらにウォータースライダーやらない?」小1時間も遊んだ頃、涼子がみんなに聞く。
「いいね」と悠太。
「誰が一番早いか競争だ」と松田くん。
「うん、じゃあ私も」
みんなで階段を駆け上がり、ウォータースライダーに飛び込む。スリルがあって楽しい!
恐れていたことは何も起こらなかった。
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よく遊んで心地よい疲れだ。
シャワーをして着替える。のどが渇いたな。何か飲もう。
自販機のところに行くと悠太がジュースを買っていた。
「おつかれ、楽しかったね」声をかける。
「おつかれ」と悠太。それからちょっとあたりを見渡してから・・・。
「今日は駅で会った時からいろいろ変だと思ってたけど、プールに行く予定だったんだね。別に僕が行くからって避けなくてもよかったのに」悠太が少し小声で言う。
「えっと、新しい水着だったから・・・なんとなく恥ずかしかったし・・・」
「そうなんだ。別に普通だったと思うけどな。派手じゃなかったし、似合ってたと思うよ」
「そう?よかったー。涼子がまた目立つのを着てくるから・・・」
「そうだっけ?あんまり覚えてないけど」
その言葉でほっとするのを感じた。そっか、人のことなんか気にする必要はなかったんだ。私らしくしていれば、構わないんだ。悠太の前で等身大でいられるってなんて心地よいんだろう。
今日一番リラックスした瞬間だった。
「楽しかったしまた遊びに来よか」悠太が誘う。
「うん、今度は海とかもいいね」にっこりして答え返した。
夏休みはまだ数日しか経ってない。これからも楽しい夏が待ってそうだ。




