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第13話


終業式


「まずは駒の価値を知っておくと便利だよ。クイーンが9点、ルークが5点、ビショップ、ナイトが3点・・・」

「へえ、それを覚えとくのね」

「うん、ゲームが進むにつれて駒を取り合っていくけれど、低い点数の駒と交換しないようにするんだ」

「なるほどね、じゃあ同じ駒どおしか、ビショップとナイトなら交換しても損にならないのね」さすが優等生の有瀬莉帆だ。飲み込みが早い。

「陣形の問題も別にあるけど、初めはその考え方でいいと思うよ」


終業式後の中庭のベンチにて。テストも終わったし、約束していたチェスを教えてほしいと莉帆が言ったのだった。生徒たちは早速遊びに行くか部活に行くかしたので中庭はほとんど人影がなかった。でなければ、こんなところに二人で腰掛けるのは断っただろう。


「ところでさー、点数といえば、テストはどうだった?」莉帆に聞いてみる。松田など僕の友達はだいたい撃沈していたので、莉帆ならどうだろうと興味深かったのだ。

「前回よりちょっと総合順位が落ちたけど・・・ぎりぎり一桁台に滑り込めたわ」莉帆が答える。ということは9位か。にわかには信じられないくらいの数字だ。学年136人中9人・・・。僕が万一こんな通知表持って帰ったら母さんは間違いなく卒倒するだろう。

「悠太は?」と莉帆。

「えー、聞くの?別にいいけど。僕は何とか二桁に滑り込めた。松田に負けてたらアウトだったよ」総合順位99/136。莉帆と11倍のスペック差があるのか・・・。ファミコンとPS4くらい違いそう。前回は70位後半だったからちょっと落ちたけど(主に例の数学のせいで)、まあ仕方ないか。

「99位なんだねー。家帰って怒られない?なんならうちに来ててもいいわよ」少し心配される。

「僕の場合は全然平気だよ。いつも『もう少しがんばったらどうなの?』くらいで済むから。まあ、これだからだめなんだろうけど」


「じゃあさ、私が叱ってあげようか。・・・悠太!もっと勉強しなさい!・・・とか?」莉帆が怒った顔をしてみる。むしろ全然かわいいけど。

「うーん、怖くはないかな」

「だったら・・・今度悪い点数取ったらお小遣いなしにするわよ!!」

「いや、全然怖くない。かわいいくらい」


「あ、今かわいいって言ったね。女子に向かって」莉帆がいたずらっぽく笑う。

「今のは強調構文だから!」焦る焦る。知らないうちにセクハラになるとこだった。

「じゃあ、かわいくないってこと?」う、完全にもてあそばれている・・・。

「どうしてそうなるの!?」笑ってごまかす。

「冗談冗談。そっかー、私怒るの苦手なのかもねー。般若のお面つけないとだめね」般若って、古典の教科書のあれか?

「そんなのつけて来られたらまじでびびるから!」全力で拒否する。


〜〜〜


莉帆と僕が座っている中庭のベンチは歴史が深いものだった。学校と同じだけの歴史があるという話だった(終業式の校長の話で初めて知った)。そのベンチは普通のベンチとはちょっと違い、銅製だった。そして、ベンチの半分は学校設立以来ずっと二人の銅像が腰掛けている。


その銅像がまたいささか変わったしろものだった。詰め入り姿の男子高生と、セーラー服の女子高生。当時の制服なので、今の制服とはだいぶ趣が違うが。

そして、銅像の一番変わった点は、その男女が本を読んでいるとか、鳩に餌をやっているとかではなくて、(入学式の日早々に驚いたことだが)肩をくっつかせて眠っている。その姿が、何十年という時を超えた今でも古臭く感じないのだ。この点で、よく学校にあるような二宮尊徳像や設立者や初代校長の像なんかとは違った。それらの像は顧みられなくなったまま風雨にさらされているのが常だが、このベンチにはよく腰掛ける生徒がいたし、たまには付き合いはじめのカップルが座っていることもあった。


ごく平凡なうちの高校でも、このベンチの銅像は珍しく個性的なもので、「月の台高校」の不思議スポットだった。


「いつも思うけど高校になんでこんなベンチがあるんだろ」僕がなんとはなしに問いかけた。

「こんなベンチって?」莉帆が聞き返す。そりゃあ見たままだろ。昔のカップルが肩を寄せ合っていちゃついているエロい銅像つきのベンチ!!・・・ということを松田になら言えても莉帆にはもちろん言えない。

「だからさ、普通あれだろ。二宮なんとか、そういう気難しい像だろ。あるのは。勉学の場で居眠りしてる銅像ってないよな」この問いかけは創立以来何百もの生徒がしてきたに違いない。もしや銅像を作った人はそれを狙ったのか?銅像の意味を考えさせる上ではこれ以上のものはないかもしれない。問題は、疑問を抱くのはたやすいが、まず解決不能だということだけれど。

「そうねー、今日校長先生が言ってたじゃない。初代校長が、『寝ていられるくらい生徒が安心できる学校を』と願って作ったとか。『決して学校で寝ることを推奨しているわけではありません』とも」

「そんなこと言ってたっけ?たぶん、最初の1分くらいで寝たからなあ」テスト勉強で睡眠不足が続いたため、今朝の校長の話はほとんどの生徒にとって枕にしかならなかっただろう。

「・・・寝れるほど安心できる場所だけど、実際に寝てはだめかー。矛盾してるよな」と莉帆に言う。

「ふふ、なんか哲学的ね。ま、単に矛盾してるけど」莉帆が答える。

「例えばこんな感じじゃないかな。夢に見るのはいいけど、実際に実行してはいけないこと、みたいな。似たシチュエーションじゃない?」銅像について真剣に考え始めてしまった。銅像も僥倖の極みだろう。

「例えば悠太はどんな夢見るの?」莉帆が突っ込んでくる。

「そりゃあ、先生を殴る夢とか、テストをすっぽかす夢とか、学校で花火をする夢とか・・・」僕が数え上げる。


「そうなんだ・・・悠太かわいいね。意外と子供っぽい夢で」見ると莉帆がうつむいている。

「え?褒められてるのか、けなされてるのか・・・。そういう莉帆はどうなんだよ?」

「私の夢?だめだめ、絶対教えないから!」見ると紅くなっている。どういう夢だろう・・・。先生を殴ったり、学校で花火をするのが子供っぽいって言うんなら・・・先生をコンクリート詰めにして池に沈めたり、学校で爆弾を炸裂させるような夢だろうか。莉帆って夢の中ではそんな恐ろしいことを!?


「莉帆って案外過激なんだなぁ」すると、もっと驚いたことに莉帆は真っ赤になった。

「それどういう意味よ!?違うってば!そんな夢じゃないから」焦っている。ふうん、なるほど、学校を爆破はしないのか。別に夢でそれくらいしてもいいと思うけど。なんでそんなに否定するんだろ。


僕には分からなかった。


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