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第1話


覚醒


学校ほど詰まらないことはない、そう僕は思い込んでいた。そんなところに毎日出かけていくくらいなら寝ていた方がましだと、そう僕は思い込んでいた。


そう・・・あの力を手に入れるまでは。僕の最大の欠点が僕の最大のポテンシャルであることを知るまでは。


〜〜〜


僕の欠点・・・それはいつでもどこでも寝落ちしてしまうことだった。

話は数ヶ月前に遡る。

入学式、夢見ていた高校デビューの出鼻を挫かれたのもそいつのせいだった。


後から思ったことだが、入学式の前日遅くまで、来るべき高校生活初日をあれこれとシミュレーションして(いや、妄想して)いたのが悪かった。


朝早めに起きて朝ごはんをしっかりと詰め込んで、電車に乗る。新しい通学路だ。

始発駅を出発し、途中の駅駅で新しい高校の制服に身を包んだ今日からの仲間?がちらほらと乗ってくるのを眺めながらもうそろそろ終点に到着だと思っていたころだった。


「次は、終点、--駅です」


なんだって!?そこはさっき僕が乗った駅じゃないか。あたりを見渡すと、いつの間にかすっかり空席ばかりになった車両に、さながら大砂漠の中に座っている自分を見出したのだった。行きの電車っだのが帰りの電車になってしまっている・・・。


だが、絶望するには早い。もしものことを考えて、1時間も早めに家を出たのだから。まだぎりぎり間に合うはずだ。


しかし、その希望はすぐに蜃気楼であることが分かった。スマホで時間を見ると正午前・・・。同じ区間を実に3回も往復していたのだった。これは終わったな・・・。


〜〜〜


正門を入り、慣れない中庭をくぐり、銅像の腰掛けたベンチにつまづきかけた上で、ようやく校舎に入ってうろうろしていたところだった。

「おい、永本。いったい何時だと思っている?」怒鳴り声が僕に向かって飛んできた。えーと、その前にどちら様でしょうか?

「入学式を寝過ごすなんてここに赴任以来初めてだぞ!」ああ、新しいクラスの担任の先生ね。とりあえず状況把握した。


こんな風にして始まった新生活の初日はこれ以上思い出したくもない。クラスの女子には笑われ、真面目な生徒には疎んじられ、不良っぽいやつらには散々からまれた。


ここで勘違いされないように言っておきたいが、この重大な欠点を除けばもともと僕は平均的な人間なのだ。決して目立つことが好きではないし、どちらかといえば控えめな方だと思う。成績も控えめ、運動神経も控えめ、顔も控えめ・・・おっと、これ以上言うのは控えたい。

要するに、いたって普通の学生だということだ。


だから、学校中に誤って植え付けてしまった第一印象を消すのは容易ではなかった。ここ数ヶ月間の苦労はなかなかのものだった・・・。


それからはどこでもかしこでも寝落ちしないように心底気をつけた。だが人間、失敗は繰り返すものである。ちょうど入学から数ヶ月が経ち、いくつかの部活の仮入部を終え、そろそろ決めなくてはと思っていた時分だった。


数学の授業時間中、僕は斜め前の席に座っている有瀬莉帆の横顔を眺めていた。有瀬さんはクラス一、いや、学年一の美少女だった。おまけに成績はいいし、スポーツもできる。それだけのものを天が与えてもまだ与えたりなかったのか、性格までピュアで、これが彼女の一番の魅力だった。


当然のごとくクラスで一番人気だったが、有瀬さんは驕るでもなく、もてあそぶでもなく、ごく自然に、素直に人気を享受していた。それだから彼女の人気は入学以来、とどまるところを知らずに上昇を続けていくのだった。


そんな風に僕とはかけ離れた彼女だったが、たった一つ、共通点があった。それは、よく居眠りすること。そんなことにしか共通点がないのは情けないことではあったが・・・。いや、むしろ一つでも共通点があったことを喜んだ方がいいだろうか、と思ったりもする。


とにかく、有瀬さんはよく授業中寝ている。そして、今日もそうであるように、寝顔がとてもかわいい。今の座席はさながらバックネット裏だ。黒板に書き上げられた無味乾燥な数式となんと対照的なことか。


その心地よさそうな姿に誘われてか僕までもうとうととしてしまった。


〜〜〜


浅い眠りの中でこんな夢を見た。


放課後だった。廊下で有瀬莉帆がラグビー部の上級生たちに取り巻かれている。僕はそれを教室の中から眺めていた。

「有瀬、そろそろ入部すると言ってくれよ。有瀬なら絶対にエースになれる。俺が保証してやるから」

「私はそんな柄じゃないし、それに・・・」有瀬さんが困ったように口ごもる。

「まさか他に入りたい部活があるわけじゃないだろうな。俺たちは中学時代からの友達じゃないか。お前のやりたいことは一番わかっている。中学のころから言ってただろ。中学にラグビー部がないのを心底残念がって、高校になったらラグビー部に入りたい~って」

「それはずっと前のことじゃない。なんで覚えてるのよ。私は・・・」


さて、どんな展開にしようかな、とここで僕は夢を見ながら考える。途中から夢を好きな方向に誘導するのはたやすいことだった。眠りの天才の僕にとっては。


ふと、有瀬さんの机を見ると、なんと入部届が置いてある。有瀬さんはどこに入りたいんだろう。覗いてみるとそこには・・・


入部届

チェス倶楽部

有瀬莉帆


僕は驚いてしまった。有瀬莉帆がおよそ有瀬莉帆らしからぬ部活に入りたいなんて。

いや、これは棚ぼただ。だって、チェスならこれまで僕が暇つぶしに長い間取り組んできたおかげでかなりの腕前だったからだ。オンラインゲームのランキングで上から何ページかスクロースしたら出てくるくらいには。

よし、僕もチェス倶楽部に入ろう。


僕は有瀬さんの入部届を手に取ると、廊下に出ていく。

「おい、強引な勧誘はやめろ。そんなことをしても無駄だから。お前ら、有瀬さんがチェスの天才であることを知らないな」そう言いながら入部届を突き付ける。大丈夫、夢の中だから何を言っても平気平気。

取り巻く奴らの顔つきが変わった。

「有瀬さんに入ってほしいなら、チェスに勝ってからにするんだな」僕はそう言って、有瀬さんの手を引っ張ってさっそうと去っていく。

「おい、ちょっと・・・」呆然としているラグビー部の奴らを後にして・・・。


〜〜〜


「永本、起きろ!」突然声が響く。教卓から数学の先生の声が飛んできた。いいところだったのに・・・。僕は顔をあげながら、そう思わずにはいられなかった。斜め前の有瀬さんも今の声で目を覚ましたようだった。全く、彼女も寝ていたのに、僕だけ注意されるなんて。やっぱりかわいい子は自ずと小さな得(?)を積み重ねられるんだな。


〜〜〜


その日の放課後、僕はあくびをしながら、帰ろうと思って席を立った時、ふと、有瀬さんの席に入部届が置かれているのが目にはいった。


・・・

入部届

チェス倶楽部

有瀬莉帆


一瞬目を疑った。脳内が混乱する。いや、これは現実だ。まさか・・・。廊下に目をやると、さらに驚いたことに有瀬さんが制服を着た上級生たちに取り巻かれている。

僕は一瞬迷ったが、千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。大丈夫、一度やったことあることなんだ。何を恐れる必要があろうか。

「おい、強引な勧誘はやめろ。そんなことをしても無駄だから・・・」


その後の展開は再度述べる必要はあるまい。意気揚々と廊下を引き上げたのだった。


〜〜〜


僕はとてつもない能力に覚醒してしまったと気がつくのに長くはかからなかった。夢で見たことをその通りにできるんだ。これは素晴らしいぞ。


更衣室の前まで駆けて行って、ようやく息を整えた。

「永本くん、びっくりしたけどうまいこと脱出できたみたいね。あの人たちには困っていたの。毎日付きまとわれて」ちょっと上気した声で言う。こんな近い距離に有瀬さんがいるなんて信じられないことだった。

「いやいや、お礼なんていいよ。出まかせを言っちゃってごめん。でも知らなかったな。有瀬さんにそんな特技があったなんて。実はちょうど僕もチェス倶楽部に・・・」

「あら、あの入部届なら私のじゃないわ」

「え?でもちゃんと名前が」

「それはチェス部の連中に勝手に書かれたのよ。散々誘われて迷惑なのよね。エースになれるとかなんとか言って・・・。捨てようと思っていたところ」


絶句した。まさか・・・そんな・・・いや、そうだよな。もちろん。人気があるっていうのはこういうことか。


「でも永本くんはチェスができるなんてすごいね。私はボードゲーム全然だめだから」ちょっと意外そうな、少し尊敬のこもった声で言われる。有瀬さんのような美少女にそんな風に言われるなんて初めてのことだった。

なんだかいつもよりいっそうかわいさが増したように思った。


〜〜〜


帰り道、僕は改めてさっきの信じられない出来事を思い返していた。寝落ちは欠点じゃない、ものすごいポテンシャルを持った能力、「夢の力」だ。うまく使えればだが・・・。


明日も寝落ちしよう。


そう決めたのだった。


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