表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

序章 母の喪失

 ベッドに横たわる母様は、私の手を取って言った。


「トレーフル家の女たるもの、弱みを見せてはいけません」

「はい、母様」

「堂々・毅然・高尚。常にこの三つを忘れず。分かるわね?」

「もちろんです」

「あら、既に忘れているじゃない」


 私の瞳から零れる涙を掬い取ろうとした母様の腕は、途中で力が抜けたように下ろされてしまった。


「……もう、ダメね。ペッシェ、後はよろしく頼んだわ」

「…………嫌です」

「何が嫌なの」

「嫌です! 母様が、……母様が、居なくなるなんて、考えられません!」


 声を荒らげながら、ほとんど骨と皮膚だけになってしまった母様の手を、そっと握る。外聞なんてどうでもいい。周囲から厭われている第三夫人の部屋なんて、誰も近寄らない。

 生まれつき病弱だったにも関わらず、命を削って私を産み、もう少しで学園に入れるというところまで育ててくれた。つり目がちなのは父様に似てしまったけれど、それ以外は母様譲り。たとえ紅色の髪が忌憚で、鼻筋に散るそばかすが醜く見えても、それを口に出す者は母様の敵だ。この容姿を貶されて堪るか。


「…………ねぇ、ペッシェ? お願いがあるの」

「……はい」

「穏やかに、逝かせて頂戴」


 その言葉に首を横に振りそうになるも、昔からずっと芯のある眼差しに射止められて、言葉に詰まる。


「……貴女が嫌がるのなら、自分でやるわ」

「っ、やります!……私が、やります。私じゃないと、ダメです」


 そう告げれば、母様は優しく微笑んだ。いつもそうだ。私が弱った時には、いつもこの笑顔を向けてくれた。そのお陰で、私はここまで育つことが出来たのだ。

 瞳を閉じながら、ゆったりと右手を持ち上げる。乾いた唇は震えているのに、私の意思に反して言葉を紡ぎ出す。


「──嗚呼、この国を守りし太陽神、イーソルーチェ、守護神を束ねる月の女神デームンルミエ。我が名はペッシェ。トレーフル家の末端に属する者。愛する者を導く力を、どうか我が身へと与え給え」


 身体を襲う浮遊感に瞼を上げれば、母様が涙を流していた。


「……母様、……ここまで育てて頂き、ありがとうございました」

「いいえ、ペッシェ。……これだけは覚えていて?」


 私の掌から伝わった力に包まれて、母様の周囲が光り、ぼやけていく。


「…………貴女は、私の自慢の娘よ」


 そう言い残した母様は、ゆっくりと光の粒子と共に消えていった。

 止められない涙は、幸いにも誰にも見られることは無い。他の温もりが消えた部屋で、私は声を押し殺して泣いた。


はじめまして。斑な更新頻度になると思いますが、お付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ