後
五十怪
突然患者が自分の爪を剥いだ。
仕方ないので両手にミトンを嵌めた。
そうしたら今度は歯を使って足の爪を剥いだ。
五十一怪
ひょい、と子供の顔が個室の入口に覗いた。
幽霊か!?と身を固くしたが、直ぐ母親が来て謝ってくれた。なんだ、見舞い客か。
いや、今は23時50分。見舞いなんてとうに終わっている。
そして親子が消えた方向は廊下の突き当たりしかない。
五十二怪
トイレに行った後。
検査に行った後。
散歩に行った後。
とにかく病室を空けて戻ると何故か枕の上にスイートピーが一輪置いてある
五十三怪
六人用の病室なのに何度数えてもベッドの影が七つある。
五十四怪
「では手術を開始します」
待ってくれ!
まだ麻酔が効いていないんだ。
五十五怪
歯を抜いてから十年。
私の味覚は戻らない。
五十六怪
豊胸手術を受けた患者が自ら胸を掻き破って搬送されてきた。
如何やら皆海外で同じような手術をしたらしい。
五十七怪
霊安室のお灯明が風も無いのに消える。
五十八怪
この病室にいると、ざぁぁと絶え間なく雨の音がする。
今日は晴天だというのに。
五十九怪
真夜中。当直医も看護師も飛び上がった。
とてつもない音の嵐。
何事か。
一斉に入院患者の元へ駆ける。
患者は皆起きていた。
そして口をぽっかり開けて各々、何かしら絶叫していた。
六十怪
何故か俺の病室の、俺のベッドに子供が転がっている。その上息が無い。
六十一怪
病院のトイレなんてのは長居するもんじゃない。暗いし、怖いし、独特の匂いがある。
しかしまぁ、なんでこんなことになったやら。
俺はこのトイレの地縛霊になったらしい。
後何年此処にいることになるのだか……。
シミの浮き出た天井を眺めて、幽霊はため息をついた。
六十二怪
文化祭で「廃病院の怪」なんてお化け屋敷をやったら評判になった。
「怖かったよ!」
「特にあのナース!」
「あのナースだれ?」
いやいや、お化けは医師と患者しかいないはずだ。
六十三怪
廃病院に肝試しに行った。
途中から壁を爪で引っ掻く音が付いてきて皆パニックになった。
無事家には着いたけど、爪の音はまだ聞こえる。
六十四怪
夜中、漂白剤を飲んで運ばれてきた男を、朝方彼の妻が迎えにきた。
「もう、貴方ったら……」
甲斐甲斐しく世話を焼く女房の後ろで、彼の爛れた口が確かに動いた。
……こ・ろ・さ・れ・る……
六十五怪
病院が出したゴミの中から何かが産声を上げた。
六十六怪
真夜中の新生児室からか細い子守唄が聞こえる。
六十七怪
眼があまりに痒いので病院に行った。
処方された目薬を点した途端、激痛と共に失明した。
六十八怪
霊安室で何かが絶え間なく歩き回るスリッパの足音が聞こえる。
六十九怪
患者の体がトンネルに飲み込まれていく。
MRI。私にとっては日常の検査だ。
「ぎゃあぁあ!」
磁場に顔が入ったところで患者が悲鳴を上げた。急いで緊急停止ボタンを押す。
戻ってきた患者の顔は酷い有様だった。
顔に入っていた整形用の金属が、磁石に引き寄せられて仕舞ったらしい。
七十怪
眼が痛いと訴える患者がやってきた。よほど痛いのか目をずっと閉じている。
しかしいこのままでは診察も治療も出来ない。
「ちょっと我慢してくださいね」
ぐ、と患者の目蓋をこじ開ける。
途端、どろり、と目玉が溶け出した。
七十一怪
胸を開く。肥大した心臓が不規則に動いている。
これでは患者も辛かったろう。切除箇所を決める為心臓に触れる。
ぐにゃり、と奇妙な感触。
覗き込んで思わず悲鳴を上げた。
患者の心臓にはっきり人の顔が浮き上がって、にぃと笑ったのだ。
七十二怪
誰も乗っていないエレベーターが病室フロアから一階ずつ止まりながら降りてくる。
七十三怪
病院勤務は幽霊と切っても切れないなんて言うけれど、私はこの病院に勤め出してから十年一度もそんな経験をした事がなかった。
それも中庭のお地蔵様のお陰だったのだな、と思う。
病院の建て増し工事でお地蔵様が壊されてからは奇妙な事ばかりが起きている。
七十四怪
誰もいないはずの病室からずっと心電図の音がする。
七十五怪
うちのクリニックに繰り返しくる女がいる。
整形中毒、という奴だろう。
女の顔はどんどん人間離れしていく。それでも整形をやめない。
まっとうな医者なら断って心療内科を勧めるだろうが、どうせそんなお節介をしたところでこの女は他のクリニックに行くだけだ。
ならまぁ、うちに金を落として貰った方が有難い。
七十六怪
もう何度も整形した。
一重目蓋をぱっちりした二重に。唇を小さく、ぽってりと。鼻は高くすらりと。顎を削って、目尻を切開して、黒子を取って、頬骨を少し高くして。
一つ終わると別の何処かが気になる。
そして、また整形。
そうこうするうちに限界に達した私の顔は壊れて崩れ落ちた。
七十八怪
崖から飛び降りた女が救急搬送されてきた。
奇跡的に助かったものの顔は酷い有様だ。
「一体君、如何してこんな事を……」
「だって先生、私の顔醜かったんだもの。
これでリセットして完璧な顔になれる筈よ」
七十九怪
「708の患者にはペンも見せちゃダメだよ」
「なんでですか、先輩?」
「自傷行為が酷いんだ」
はぁ、と先輩看護師は溜息をつく。
「この間なんて自分の鼻が気に入らないって、素手で毟り取ったんだよ」
八十怪
くい、と白衣の裾が引かれた。
屹度入院中の子どもの悪戯だろう?
「どうした?」
声を掛けながら振り返る。
真直ぐな廊下には誰もいなかった。
八十一怪
街はずれの廃病院に行っちゃいけないよ。
絶対誰かいなくなるんだ。
おばちゃんの弟も、もうずっと帰ってこないんだよ。
八十二怪
この病院には暗黙のルールがある。
午前二時十四分に廊下に出てはいけない。
何故なら、その時間は今日亡くなった患者が廊下を行進していくいくからだ。
八十三怪
入院して一週間。
少しは慣れたけど、やはり夜中にトイレに起きるのは怖い。
でも、嫌だと思うと人間行きたくなるもので。点滴を引き摺って重い扉を開く。
ぎぃぃ、ばたん。
この音本当に嫌。どう工夫しても絶対鳴るんだもん。
個室は全部で三つ。こんな時間だから全部開いている。一番出入口に近いところに入って用を足す。そうしていると声が聞こえてきた。女の子が泣いているらしい。
……あれ、扉の音したっけ?
八十四怪
とっくの昔に廃業した病院を解体する事になった。
どうやら医者が蒸発したなんて曰く付きの物件らしい。
断りたいが仕事をえり好み出来る程偉くはない。
まずは内側の取り壊し。槌で壁を壊す。ん?壁の中に何か、ある。白い、布?……ぐ、と引っ張るとガシャンと何かが落ちた。
あぁ、医者はずっと此処にいたのか。
八十五怪
ある日病院の屋上から少女が身投げをした。病気で将来の夢を絶たれた事を悲観したらしい。
それからというもの、少女が身を投げた四時四十四分には窓の外を人影が落ちていく。
八十六怪
山奥の廃病院なんて変な噂も立つし、子供たちが入ったりしたら危ないってんでね。
壊そうとしてみんな努力してきたんですよ。
でもあんまりにありえない事故が多いもんだからねぇ。
一番初めは木が倒れて人が亡くなったし、落ちてたメスを踏み抜いたのもいる。
そんなだから、誰も手だし出来ないんだよ。
八十七怪
元カノの生霊に追い回されて、ついに俺は大怪我をした。
まったくついてない。脚を吊ったままベッドに固定されて溜息を付く。
ふいに目の端に何か見えた。僅かに、だが動かせるだけ首を動かす。
見舞客用の椅子に元カノが座っている。正確には、生霊が。
八十八怪
【入院なう】
SNSに自撮りをアップしたら妙な返信が沢山来た。
【彼女美人!】【仲間だと思ってたのに彼女いたのか!】【彼女紹介しろ!】
いや、俺彼女いないし、病室個室だし……。
首を傾げながら自撮りを再確認して俺は絶叫した。
八十九怪
廊下の隅で女の子が膝を抱え、顔を伏せたまま泣いている。
「どうしたの?」
声を掛けると、女の子が顔を上げた。
その顔は真っ黒に炭化していた。
九十怪
何故か病室から私物が一日一個ずつ消えていく。
九十一怪
ホスピスってね、よく人数が合わないのよ。
亡くなった事分かってない方もいるのかなぁ。
九十二怪
受付を終了して数時間後、待合室で子供たちが楽しげに遊んでいるのを何人もの警備員が目撃している。
九十三怪
物が無くなる。
物が倒れる。
奇妙な現象が続くので病室前に監視カメラを付けた。
初めて撮った映像を確認する。
半透明の子供が監視カメラに向かって笑っていた。
九十四怪
夜中に響いた赤ん坊の泣き声に看護師全員が青ざめた。
この病院に、産婦人科は無い。
九十五怪
真夜中、ナースコールが鳴って駆けつける。
「どうしました?」
「背中が痛くて……」
呻きながら小さく丸まっている老婆の背に手を添える。
氷のように冷たい!
あぁ……この人、今朝亡くなった患者さんだ……。
九十六怪
寝台から降りようとして何かに強く足首を掴まれた。
驚いて看護師さんを呼んでしまったが、勿論寝台の下には何もいなかった。
九十七怪
彼は野球が好きだった。病気になってからも早く野球がしたいとリハビリを頑張っていた。
だからだろう。
病状が悪化して彼が亡くなった後も、沢山の人がリハビリ室で彼を見かけている。
九十八怪
夜毎男の呻き声がカメラに録音されるが、患者にも医療関係者にも実際耳にした者はいない。
九十九怪
病室で歯を磨いていたら鏡の中で知らない女が微笑んだ。
百怪
それは貴方が病院を訪れた時のお楽しみ