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病院百物語  作者: ちよこ
1/2

一怪


月曜の夜、俺は緊急入院した。

真向かいのベッドにも男がいる。

何故か彼は青白い顔で泣いている。

火曜日、男の左腕が無くなった。

水曜日。今度は右腕。

木曜日には両脚。

そして週末彼は姿を消した。


二怪


毎年、同じ月、同じ日、同じ時間に患者が飛び降りる部屋がある。

困った病院はその部屋に鍵をかけて閉鎖した。

そしたら今年は合鍵を持っていた医者が飛び降りた。


三怪


「妻が……!」

男の電話を受けて救急車が出動した。

隊員が踏み込む。リビングで、男がぐったりした身体に懸命に人工呼吸を繰り返している。

隊員は固まった。

男の腕の中で人形が微笑んでいた。


四怪


深夜二時。

気づいたら廊下に立っていた。

訳が分からない。とにかく病室に戻ろう。

歩き出した私は悲鳴を上げた。

手術室から真白い手が、おいでおいでをしている。


五怪


深夜に電話が鳴った。

知らない番号だ。

何回も何回もしつこい。

文句を言おうと出て、ゾッとした。


聞こえてくるは俺と友人の声。

肝試しに行った廃病院での会話、そのものだったのだ。


六怪


ふいに何かの気配を感じて目が覚めた。

自室と違う風景に寝起きで戸惑うが、そうか病室だ、とすぐ納得した。

もう一度寝ようと寝返りを打つ。

そのまま私は声にならぬ声で叫んだ。

カーテンの隙間。細い筋を埋めるように。目が、たくさんの目が!縦一列にじっと私を見つめているのと、目が合ったのだ。


七怪


「コールが!」

新人看護師の声に私はげんなりして溜息をつく。

「どうせ301号室でしょ?」

「え……?」

「あそこね、患者を入れなくして、ナースコールを外して、物置にしてもね。

まだ、鳴るのよ」


八怪


「ちくっとしますよ」

ニコニコする医者の手に、ナイフとフォークが握られていた。


九怪


無人の保育器から、絶え間なく赤ん坊の鳴き声が聞こえる。


十怪


「最近肩が凝る」とボヤく外科部長の肩に血塗れの女がしがみついている。


十一怪


コンプレックスの一重瞼を二重にする整形手術を受けた。

目覚めたら、腰とお腹に知らない手術傷が出来ていた。


十二怪


「ほら、そこに女の幽霊が……!」

演技過剰の霊媒師とやらに思わず笑って仕舞う。

第一に、この病院にいる幽霊は男だ。

第二に、僕がいるのはそっちじゃない。


十三怪


「ここ昔病院だったんだって!」

「やだぁ!幽霊出たりして?」

昼休みに女性社員がはしゃいでいる。

なるほど、しょっちゅう社員数と頭数が合わないのは、そういうことか。


十四怪


旅先で怪我をしたせいで、随分古い病院にお世話になることになった。

建て増しのせいで変な所に扉があったりする。

物珍しくて辺りを見渡して……息が詰まった。

パイプで埋めつくされた天井、その僅かな隙間から女がじぃと此方を睨んでいたのだ。


十五怪


ざわざわ、ざわざわ。

話し声がうるさい。

ここは個室なのに。


十六怪


霊安室に身元不明の遺体がある。

職員も看護師も医者も、誰もこの遺体を知らない。


十七怪


事故に遭って、救急車で運ばれた。そこまでは覚えている。

気がついたら病院の待合でソファに座っていた。身体中痛い。

診察はどうなっているのか?通りかかった看護師に問うたが答えはない。医者、事務員、患者誰も返事をくれない。

途方にくれて歩き回って……鏡を見て全て合点がいった。


鏡に俺の姿は、無かった。


十八怪


その病室の窓際のベッドは、何度シーツを変えても黒い人型のシミが浮いてくる。


十九怪


夜毎手術室から断末魔の声が聞こえる。


二十怪


入院患者が虚空と話している。

きっと彼女の命は長くない。

虚空の何か、と話しをした患者は、今まで例外なく死んでいるのだから。


二十一怪


山奥の廃村にあるボロボロの廃病院。

勿論電気なんて来ていないのに、何故か手術中のランプだけが赤々と灯っている。


二十二怪


小児科の受付。子ども達を退屈させないよう置かれた人形やぬいぐるみ。

正直見たくないが、ここも夜間の見回りルートになっている。

夜間、何度も前を行く。

その度人形たちの位置は違う。


二十三怪


入院三日目。暇だ。ふいに思い出した怪談。

【霊の出る客室などには物陰にお札が貼ってある】

テレビ裏を覗く。

何も無い。

肩透かしを食らったような安堵したような。

「ん?」

テレビ台の裏に、何か……

ぐっと動かして絶句した。

そこに御札がびっしり貼られていた。


二十四怪


妊娠七週。施術内容は人工中絶。

胎の中から赤子を引きずり出す。まだ人の形を成し得ぬまま、殺す。

生命活動の停止を確認した直後、その子は一声だけ大きく泣いた。


二十五怪


手術室に運ばれた。

だが、其処からが分からない。

気付けば此処にいた。右も左も下も上も後ろも白い壁の部屋。ただ目の前に長い階段がある。

仕方なく登り始める。だのに、終わる気配がない。しかしどういう訳か疲れない。どころか、爽快感さえある。なんとなく、理解した。

きっと俺は今あの世とやらに向かっているのだろう。


二十六怪


彼は逃げていた。肝試しの仲間とは随分前にはぐれた。

目の前の扉を開ける。真っ赤な手術台に左腕。転がり出て別の扉を開ける。其処もまた手術室。今度は脚がある。先刻から開ける扉全てこんな調子だ。

五つ目の扉を開ける。今度は清潔な消毒液の匂い。安堵した瞬間、後ろで人の息遣いが聞こえた。


二十七怪


百年か、二百年か、それよりも前か。身に覚えの無い罪で裁かれた俺は故郷の墓地に埋葬される事もなく異国の地で見世物になっている。

誰か、気付いてくれ。故郷に帰してくれ。

今日も骨格標本は虚しく動く。


二十八怪


事故で右足の膝から下を切断された。

それからというもの、右足から伸びる半透明な足が激痛を訴えてくる。


二十九怪


「おい、何かあるぞ!」

作業員の声で、古い病院の解体作業は一旦中断された。

瓦礫をどける。

其処には真っ白な骨があった。何百という人骨が、病室だった場所から此方をじっと見ていた。


三十怪


術後、患者が吐血した。明らかな急変。再び手術室に運ばれた患者の腹を開けて医者は絶句した。

鉗子、メス、針、糸、などなど、大量の手術器具が患者の胃から出てきたのだ。


三十一怪


「最近じぃさんが見舞いに来てくれるんですよ。恥ずかしいのか、窓から話しかけてね」

嬉しそうに語る患者にぞっとした。

此処は三階だし、彼女の夫はもう死んでいる。


三十二怪


胃癌。そう判断し、速やかに患者の胃を全摘出する手術を行った。

術後取り出した胃を調べて気づく。

なんだ、ただのポリープじゃないか。

あぁ、またやって仕舞った。


三十三怪


「検温です」

声をかけながら扉を開く。

途端看護師は悲鳴を上げて病室から転がりでた。

その部屋の六人全員がカーテンレールから首を吊ってぶら下がっていたのだ。


三十四怪


頭に大怪我をした男が救急搬送されてきた。

「痛いぃぃい……!」

呻くばかりで身元など全く分からない。

「頭から、出してくれぇ!アイツを、ぐぁあ痛ぁ!」

頭?傷口のことか?

暴れて傷口を毟ろうとすると男を取り押さえて、頭部に回り込む。

そこで私は悲鳴を上げた。

男の傷口から、ぎろりと睨む目玉と目があったのだ。


三十五怪


胸が痛むと来院した男のレントゲンを撮った。

白黒の像を見てぎょっとした。

彼の肺の上に真っ白な手が写っていたのだ。


三十六怪


シャワーから赤茶の水が吹き出した。

まったく。この病院も古いから配水管がサビてでもいるのだろう。

……貯水タンクから看護師の遺体が見つかったのはこの数十分後である。


三十七怪


こんにちは。今日はどうされました?

ああ肺癌でお亡くなりに……

それは苦しまれましたねぇ。

では痛み止めを出しますね。


死後病院は今日も大盛況。

死後お体に痛みがあればどうぞお越しください。


三十八怪


ごん……ごん……ごん……ごん……ごん……ごん……ごんごん……ごん……

患者が一定のリズムで壁に頭を叩きつける音に、もう慣れた。


三十九怪


病室で眠った筈なのに朝目覚めたら待合室にいた。

記憶は全く無い。


四十怪


父は今日も何時もみたいに腕を摩って機嫌が良い。

「この腕はな、軍曹殿が切って下さったんじゃ」

ニコニコ笑って肘から下の無い腕をくるくる動かす。

三十分程で病院を出る。どっと疲れた。

現実には、父が暮らしているのは精神病棟だ。

けれど。きっと彼は今でも野戦病院にいるのだろう。


四十一怪


戦地の病院じゃぁ人が死ぬなんて当たり前過ぎてね。数えんのも厭になるくらい遺体がある。

夜中になるとね、みんな泣くんだよ。

遺体がね、なんとも言えない声で泣くんだよ。


四十二怪


ある日ばぁちゃんが働く病院に兵隊さんが担ぎ込まれてきたんだ。

爆弾で腕やられてねえ。切るしか無かった。ばぁちゃんが腕を押さえると、兵隊さん、ぎゅっと握った。痛かったんだろうね。腕が身体から離れても、五分以上握ってたよ。

あれから七十年、まだ手型が消えないんだ。


四十三怪


切り落とした手足を棄てる穴があった。野戦病院、なんて名ばかりのテントの真横だ。

狭い中で怪我人が雑魚寝。

場所によっちゃ穴が見えた。

んでな、穴ん中で手足が動くのも良く見えた。


四十四怪


昔酷い戦いのあった場所が、今や平和を祝う広場になっている。

だけど、かつて野戦病院だった場所は今も草一本生えやしない。


四十五怪


あの娘は優し過ぎたんだよ。

だから痛がって藻掻く兵隊さんを見てらんなかったんだろうね。

ある日みんなの食事に殺鼠剤を入れちまったのさ。


四十六怪


爆撃を受けた兵士に軍医は言った。

「胴体以外、駄目だ」

大人数人で彼を押さえ込んで、右脚、左脚の順で落とす。次は両手。

胴体だけの姿で生かされた彼は上等な病院へ運ばれた。

彼は名の有る誰かの一部になるのだろう。


四十七怪


「開けてくれぇ」

「助けてくれぇ」

深夜、戸に窓に壁に一斉に人の手が叩きつけらる。

病院とは言え戦場のこと。廃墟も同然だ。ばぁんばぁんと叩かれれば揺れる、軋しむ。

でも中の皆は応えない。ぎゅっと耳を塞いで丸くなる。だってあれは死者なのだから。


四十八怪


いよいよ物資が届かない。

戦況は厳しい。

負傷した俺の腕はどうしようもない。

上腕を縛ってただ見ている。

蛆が湧いて腐って落ちるのをただ見ている。


四十九怪


忘れられんよ。

ちろちろ燃える光が、戦地の病院から故郷へ向けて東へ東へ飛んだんだ。

あれが霊魂なんだなぁ。

帰りたかったんだなぁ、って。

今でもあの夜の事思い出すと泣けてくるよ。



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