スマホぶっ壊す
みつあみみつあみ。
便利な女になりたいなー。いや、便利なだけじゃだめだ。かしこい、かしこい女になりたい。
私ってやつはつくづく口がうまくないので、相手が親友でも、自分から言葉をつむぐのをためらってしまう。
なので暇つぶしに髪を編んでいる。あまり長くない後ろ髪を、背後から小さい三つ編みに。引っ張ってしまわないように、ゆっくりゆっくり。できたらほどく。くせのついた髪に手ぐしを通す。また手持ち無沙汰になる。ポケットに手を伸ばすのはためらわれた。
構内アナウンス。携帯電話やスマートフォンなどの電子機器を、歩きながら操作するのは大変危険です。線路に転落するおそれがあります。
赤茶けた冷たそうな線路の上に、ここらを根城にした鳩がとまる。おーい、大変危険ですよー。
今度は肩を揉む。結構凝っている。特に首周り。今もそうやって下ばかり向いているからそうなっちゃうのだ。彼女の想い人はだいたい下にいる。仰向けに寝転んでいるときは、たぶん上。目にもよくない。
だったらこっちを見ればいい。そんな奴捨てちゃえよ。想い人ならぬ重い女が後ろにいますよー。
そういう気持ちで、言葉にできないくせして、後ろからちょっかいだけ掛けている。
彼女は反応しない。三つ編みしても肩を揉んでも。気付いていないってことはない。気にしていないっていうだけ。私が構ってちゃんなことを、彼女は知っているというだけ。いつものことだから。
拘束するように、後ろから軽く抱きついてみる。いつもどおりのスキンシップ。やっぱり反応はないけど。筋肉ついてるわりに柔らかくてなんか悔しい。
顎を撫で気味の肩に乗せると、すぐ隣に親友の横顔がある。小ぶりな鼻と唇が稜線を描く。視線はやっぱり下向き。仔馬みたいな乾いた髪の毛が私の頬をちくちく刺す。そんな防御機構をそなえなくてもいいじゃんかよう。ひとさまの画面はみないよ。ほんとだよ。本人は別に隠す気もないみたいだけど。
彼女は彼女で話下手なので、いつも画面を見ているからって、親しい人以外とはあまり連絡をとったりはしない。もっぱらゲームとかSNSとか。そんなことよりおしゃべりしようぜ。楽しいんだよ。
別に、いつ何に夢中だって文句はない。長い付き合いだし。重い女とは言ったけれど、そばにいて気楽な人でありたいと思う。そのせいでかえって言葉が出てこないこともあるけれど。彼氏だって作っちゃっていいんだよ。一回だけお風呂で泣くけど、応援するよ。
だから、たまに気が向いたら、私の方も見ておくれよ。がんばってその手に持ってるヤツより楽しい話するよ。そいつより便利な女になるよ。スマートになるからさ。地図はごめん、そいつに頼ってください。
まだ執着していた体を引き離す。
観念してポケットから同じものを取り出した。にっくきアイツだけど、私だって持っている。画面をつければ時刻の表示。電車が来るまであと三分。ちくしょう、便利なやつ。
一分早く電車は来た。
言葉もなく二人して車両に乗り込む。夕方の車内は席こそ埋まっていても朝ほど混み合ってはいない。隙間を埋めるように乗客たちはうごめいた。
どん、と視界が揺れる。
駆け込み乗車の人に背中を突き飛ばされたらしかった。
衝撃とともにまともな思考がはじけて飛んでいっちゃって、そのままふらふらと人の海をたゆたう。
突然、現実に引き戻すみたいに肩を掴まれる。ぐいぐい引っ張られてよろめきながらも、いつの間にか扉側に背中をつけていた。目の前には盾のように立つ親友。それでもやっぱり四角いアイツを触っている。視線もくれないまま、彼女は呟いた。
「あんまりふらふらしないで、先輩」
「あ、ごめん」
苦笑混じりに嘆息される。
「目が離せないんだから」
え、それって、どっちから?
私? それとも手に持ってるソレ?
いや、どう考えても私のことじゃないな。今も見つめているソイツのことだ。
ちょっとむっとした。
「……目、離してないじゃん」
口を尖らせて非難すると、ふと顔を上げた彼女と今日はじめて目があった。
彼女はすっと目を細めると、それ以上の言葉を失うくらい爽やかに微笑んで、
「見てるよ」
それだけ言って、また画面に戻った。
「い、いつ見てるんだよ……」
負け惜しみみたいな言葉は墜落するみたいに小さくなっていく。
ずるい子だ。そうやってまた、私の注目ばっかり浴びやがる。そうやってまた、私に何も言えなくしやがる。
こっちだって目が離せないっつーの、ちくしょー。こんなやつが私以外の女までたらしこんだら大変だ。
「さらにもっと重くなっちゃうよ、私」
ため息まじりに私がつぶやくと、親友は返答がわりに画面をつきつけてきた。
ダイエット支援アプリ。
私は目の前のそれを鷲掴みにした。
「ぶっ壊す」
「やめて」




