表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

二話

まだまだ頑張れます。


 俺の腕をグイグイ強引に引きながら進む茅野綾香(学園のマドンナ)を見やる。

 肩まであるピンク色の髪の毛を後ろで纏めたポニーテールが一歩進むたびにゆらゆらと揺れる。

 このピンク色の髪の毛はもちろん地毛ではない。

 うちの高校は進学校な為、校則は比較的緩く成績さえ良ければ多めに見てくれる。

 しかしそれでもこの髪の色は俺なりに目立つわけで。

 廊下ですれ違う生徒たちはよく知らない男子生徒の腕を引っ張って進む綾香に興味津々の様だ。

 

「視線が痛い……」


 女子生徒からは困惑や黄色い悲鳴が上がり、男子生徒からは殺意や怨念の籠った視線をぶつけられる。


「三条君何か言った?」


 俺の独り言が聞こえていたのか、綾香は立ち止まってこちらを振り向く。

 それと同時に俺の目の前を舞うポニーテールからは女の子らしいフローラルないい匂いがいた。


「いや、そろそろ手を離してくれないか」


「嫌。離したら逃げるじゃん」


「いまさら逃げないって」


「なら離そうが離さなかろうが一緒じゃんね!」


 笑顔でそう言うと再び前を向いて歩いていく。


「いや一緒じゃないから離せって言ってるのわかんない!?」


「うるさいなぁ、それ以上文句言うなら次は腕組むけど」


「何でもないです」


 はぁ、どうやら俺の『主人公補正』は絶好調のようだ。

 燕は視線の棘から身を隠すように下を向きながら早く地獄よ終わってくれと願うほかないのだった。

 この後さらなる地獄が待っているとも知らずに……。

 そのまま暫く歩いた綾香と俺は旧校舎の前まで来ていた。


「旧校舎?」


「そう。ここならもう誰も使っていないし外に話が漏れることは無いから」


 そのまま何の躊躇いも無く旧校舎に入って行こうとする綾香。


「いや、旧校舎って立ち入り禁止のはずだろ?」


 旧校舎は木造建築で今から約八十年ほど前に建てられたものだ。

 現校長の『趣がある』という謎の一言のせいで今まで取り壊されていないのだが、流石に手入れもされていない地区八十年の木造建築はあちこちが痛んでいるので一応立ち入り禁止、と入学式の時に言われていたはず。


「そんな小さいこと誰も気にしないって」


「小さいことって。危ないだろ」


「大丈夫大丈夫。私何回も入ってるし、そんな危ない所無かったよ」


「でも————―ッ」


「それに本当に入って欲しくなかったら鍵、掛けてる筈でしょ?」


 言いながら旧校舎の裏口のドアに手を掛ける綾香。

 それを見ながら流石に開くはずないだろうと思っていたのだが……。


『ガチャ』


「開くんかい!」


「だから言ったじゃん、大丈夫だって」


 本当にこの学校の管理体制はどうなっているのだろうか。

 廊下を軋ませながら迷いなく歩く綾香を見ながら反論するのを諦めたのだった。


 入り口から二つ目の教室の全く滑らない引き戸をこじ開けてやっと綾香は俺の手を離す。

 そのまま窓際の机に腰を掛け「三条君も適当に座って?」と促されて綾香のひとつ後ろの椅子に座った。


「それで? なんの用?」


 呼び出された理由は確定しているが一応確認の為に質問。


「……昨日……」


 顔を耳まで真っ赤にしてポツリと呟いた綾香。俯いているせいか声が聞こえるか聞こえないかギリギリにラインだ。


「昨日? 何かあったっけ?」


 反応が面白いのでわざとらしくボケてみる。


「何のことって! 分かってるくせに!」


「いやいや、ほんとよく分からないから茅野さん説明してよ」


 正直俺もすぐに逃げ帰ったせいで綾香が何をしていたのか、と言うより誰のリコーダーを舐めていたのかは把握していない。この際だから全部一から説明してもらった方が早いだろう。

 決して旧校舎に連れてこられた腹いせにいじわるしたいとかそんなことは無い。断じて。


「うぅ……」


「それで?」


 綾香はうなるだけで一向に話そうとしない。


「何もないなら俺は帰るぞ」


 まあ本人も恥ずかしくて言い出せないなら俺も無理に聞こうとは思わない。それにつれてこられた理由も恐らく口止めだろう。

 俺も最初から口外するつもりは無かったし、これからはいつもより『平凡』を意識しながら生きていこう、こんなことが二度と起きないように。

 そんな反省をしながら席を立つと、


「ちょっと待って!」


「なんだ、話す気になったのか?」


「うん、だから帰らないで。お願い」


「わかった、なるべく急いでくれよ。腹減ってるんだ」


 俺の言葉にコクッと頷くと綾香はゆっくり口を開いた。


「ここに三条君を呼んだ理由は一つだけ。お願いがあったから」


「うん」


 俺は小さく相槌を打って先を促す。


「そのお願いっていうのは……」


「……お願いっていうのは?」

 

 綾香は机から降り、俺の正面に向かって勢いよく頭を下げながら


「三条君のリコーダーを舐めさて下さい!」


 爆弾発言をしたのだった。


「ベタ過ぎて逆に新しいわ!」


「……新しい? つまりその、良いってこと?」


「どうしてそうなる!?」


「え、だってダメって言わなかったし、私に舐められるのは嬉しいかなって―――」


「ダメに決まってるだろうがッ! それに嬉しいって勝手に決めつけんな!」


「え、ダメなの!? 私こう見えて学園のマドンナって言われてるんだよ! そんな可愛い女の子がリコーダー舐めてくれるなんて普通の男子からしたら嬉しいに決まってるって!」


 どうやら学園のマドンナ茅野綾香はかなり頭の中がお花畑らしい。

 普段はしっかりしたイメージがあったのに。

 そして俺はかなりヤバイ奴に引っかかってしまったようだ……。


「お前は馬鹿なのか! リコーダー舐められて喜ぶ奴なんかいるか! っていうかお前昨日も俺の席でリコーダー舐めてたよなぁ!」


「え、やっぱり覚えてるの! 早く言ってよ、そしたらこんなお願いしなかったのに」


「はぁ? どうして?」


「覚えてなかったら今許可取っちゃえばもう無罪でしょ?」


「無罪にはならねえよ!? ジュース買う時もレジ通す前に飲んじゃったら後でお金払っても捕まるだろ!」


「でもジュース飲んだことバレなきゃ……」


「犯罪思考やめろ―――っていうか! 昨日のリコーダーやっぱり俺のだったのかよ!」


「うん」


「うんじゃないわ!」


 おいおい、嘘だろ……。学園のマドンナがなんで俺のリコーダーなんかを……。

 もしやそういう性癖なのか!? そうなのか!?


「茅野、お前リコーダー舐めるの俺で何人目だよ」


「ええ! そんな、私だって誰のでも舐めるってわけじゃないよ! 勿論三条君が初めてなんだから。もしかして嫉妬しちゃった?」


「んなわけ」


 取り敢えずリオーダービッチじゃなくて助かった。クラスの全員がリコーダー買い替えるなんてことになったらもはやテロだからな……。


「あー、でも三条君のリコーダーは……」


 頬を紅潮させて何かを言い淀む綾香。それを見て俺の脳内に嫌な予感が過る。


「お前まさか……昨日が初めてじゃないって言うんじゃないだろうな?」


「てへっ」


「てへっじゃねぇよぉぉー! お前どうしてくれるんだ!」


「え? どうって何が?」


「ファ―――」


「ふぁ?」


 ファーストキス。そう言おうとして口を噤んだ。こんなこと言ったらこいつを調子づかせるだけだ。

 取り敢えず今すぐこの話を終わらせて早くリコーダーを捨てよう。そして新しいリコーダーは絶対に毎回持ち帰ろう、そうしよう。うん。


「取り敢えずリコーダーを舐めるのはダメ! 分かったか!?」


「ええー、三条君のリコーダーおいしかったのに……」


「おっ、美味しいってお前なあ!」


「どうしてもダメ?」


「ダメだ! どうしてもというなら自分のリコーダーでも舐めてろ」


「三条君のがいいのに」


「どうしてそこまで俺のに拘る?」


「え、分からないの!? それはニブ過ぎるよ、三条君!」


「ああ、分からないし分かりたくない」


「ひどい、ひどいよ三条君! 私はこんなに三条君のことが―――ッ」


「まて! それ以上言うんじゃない!」


「―――好きなのに!」


 俺の制止は虚しく綾香の告白は達成されてしまう。

 最悪だ。この告白のことはすぐに学校中の生徒に伝わるだろう。

 そうなれば付き合おうが付き合うまいが非難囂々、今日の廊下の視線なんて生易しい程俺は男子生徒に追いつめられる……。

 だからと言って付き合うなんてもっての外だ。

 まずプライベートが無くなるし、リコーダーを舐められるしリコーダーを舐められる。

 終わった……。さよなら俺の平凡、そして今までありがとう……。


「それで? 私と付き合ってくれる!?」


「付き合うわけ無いだろ。もう俺は教室戻るから。それじゃあ」


「え!? 返事が淡白すぎるよ! 絶対諦めないからねー!」


 そして俺は絶対諦めないという呪いの言葉を掛けられ、より重くなった足取りでクラスへ戻るのだった。

 

前話の誤字報告とても有難かったです。

正直、自分の誤字の多さにはほとほと呆れましたが……。

なるべく減らしていくつもりですが、自分のことです。

必ずどこかに穴があると思いますので、誤字脱字を見つけたら報告をいただけたると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ