十話
小説を書くって難しいですね……。(今更)
「もう二度と俺に関わらないでほしい」
沈痛な面持ちで私の目の前の少年、そして初恋の人でもある三条君が重々しく冷たくそう言った。
「そっか、私がいると昨日みたいなことがまた起きるかもしれないし」
熱くなる目頭。今にも飛び出んとする涙を抑える。
「そうじゃないんだ、むしろお前らが大切だからこそ!」
「じゃあ何で関わるななんて言うの!? 三条君の言ってること、私全然意味わからないよ!」
思わず声を張り上げてしまい、その勢いにつられて、堰を切ったかのように私の瞳からボロボロと大粒の涙が溢れた。
「茅野……」
三条君が申し訳なさそうに泣き崩れた私に寄り添おうとしてくるが、私はその手を払って
「関わって欲しくないなら優しくしないでよ!」
そのまま私は病室を飛び出し訳も分からないまま走った。
涙で顔はぐちゃぐちゃでメイクの落ちた顔を三条君に見られたくない。そんな私の乙女な気持ちもあったかもしれない。
そのまま病院から出て夕焼けで染まった道を歩く。
彼は忘れているかもしれないが、三条君と初めて会ったのは一年前のことだった。
その時の私は入学式の初日に時生徒手帳を落としてしまい大分焦っていた。
これから華々しい高校生活が待っているというのに幸先が悪いし、帰りに定期を買おうと思っていたから、再発行を待つのが嫌だったのだ。
「あの」
不意に声を掛けられる。またナンパか。今日が入学初日だというのに校内でナンパを受けるのはもう何回目だろうか。ただでさえ今は生徒手帳を探していて忙しいのに。
「何? なんか用?」
思わずイラつきが態度に出てしまった。私の人気は愛想のよさだと自覚しているのでいくら迷惑なナンパでも邪険に扱うことは滅多にないのだが、その時だけは色々重なって我慢できなかった。
目の前の話しかけてきた少年は、前髪で私と視線を遮るようにしながらあるものを差し出した。
「これ……!?」
差し出されたのは生徒手帳だった。しまった、彼は私に落ちていた生徒手帳を届けに来てくれただけだったのだ。私は邪険にしてしまった罪悪感から受け取る時にわざと彼の手を取ることにした。
こう見えて私は中学校の時はアイドルに近い扱いを受ける程には顔が整っている。
手手を取るだけでこの地味な少年はきっとイチコロのはず! 今になって考えれば最低の考え方だが当時はそのくらい自分に対して自信があったのだ。
「ありがとう!」
ひまわりのように微笑んだ私は彼の手を取って生徒手帳を受け取る。
今までこれで落ちない人間なんていなかった。
彼もすぐに顔を赤くして、どもりながら意味わからないこと言って消える。そう思っていたのに。
「あのー、どうしました?」
一向に手を離さない私を見て首をかしげる地味な少年。
「え!? い、いやなんでもない、デス……」
おいおい私がどもってどうする!?
そのまま顔を真っ赤にして逃げるように家に帰り、結局定期を買うのも忘れていた。
そして二年生になり、とうとう再会する日が訪れた。
「おはおう、三条君!」
私は新しいクラスで一緒になった彼に声を掛ける。
ほら、去年のあたしだよって。
「えーっと……、おはよう?」
まるで初対面の人間を相手にするように戸惑って挨拶を返される。
まさか忘れられているなんて。
考えもしなかった、今までもこれからも可愛いともてはやされて生きていくのだと思っていた。
「ごめん、初対面、だったね。私茅野綾香っていうの。よろしくね」
それだけ告げると私は一年ぶりの再会を早々に切り上げたのだった。
なんで彼は私のこと覚えてないわけ!? この私よ! あの『学園のマドンナ』である茅野綾香よ!
この日は何度枕を殴ったことか。
私は人生で初めて自分に興味を持たない人間を発見して狼狽えた。
プライドが粉々になった。
それからの日々は彼の目を引くためだけに行動するようになった。
絶対に私に惚れさせてみせる、プライドを守るために。
私から接触はしないが彼の目を引くように髪をピンクに染めてみたり、テストでいい点を取ったり、スポーツも全力でやった。
が、それで釣れるのはどうでもいい男子ばかり。
だから私は実力行使に出たのだ。
トイレに籠っていたせいで下校の時間が少し遅くなってしまい、急いで学校を出ようとしたその時、丁度三条君が学校に戻ってくるのが見えた。
チャンスだ! 恐らく忘れ物でも取りに来たのだろう、急いで教室に戻って咄嗟に自分のリコーダーを咥えて彼の机に腰かける。
え? 三条君のリコーダーじゃないって? そんなエッチなことできるわけないでしょ!
取り敢えずこれを見られれば彼の視線は私にくぎ付けだ!
しかし私の考えは甘かったと数分後に自覚させられた。
彼が教室に入って来た時にわざとらしく悲鳴を上げる。
そのまま彼はこちらを見た。
どうだ! 学校屈指の美女があなたのリコーダーを舐めてあげてるのよ!
正直変なテンションになっていたかもしれない。
ぺろぺろとリコーダーをわざとらしく舐る姿を見せると彼は「ぎゃああああ!」と悲鳴を上げて一目散に逃げてしまったのだ。
悲鳴を聞いて一気に熱が冷める。
これ、やばい誤解を招いてしまったのでは……!?
「ちょっとまって! これは違うのお!」
終わった……。翌日学校に行きながらクラスで変態とののしられる覚悟はしていた。
しかしクラスメイトはいつもと変わらず私を「かわいい!」とか「付き合ってくれ!」などともてはやす。
三条君は私のことを言わなかったのだろうか……。
チラッと彼を見ると初めて視線が合った。
これは確実に私を意識している!
頭で考えるより早く、身体は行動していた。
「三条君……」
その後も彼の親友に協力してもらいとうとう三条君とのデートにこぎつけた。
その日の私は気合が入っていて、いつもより化粧も濃かったし髪も決まってて、彼を今日落とす気満々だった。
その証拠に態度はいつもよりも数段柔らかかったし、なんだかんだ色んなお店にも付き合ってくれた。
ここまでくれば、最後に人通りの少ない道に誘導して雰囲気で彼に告白させて私がこっぴどくフる。
完璧な流れだ、もちろん近道なんて嘘だった。
私の頭の中は彼から告白されるという妄想でテンションはマックスで殆どスキップしていたかもしれない。
とにかくルンルン気分でより人通りの少なそうな方に行こうと角を曲がった時だった。
いかにも悪そうな大男三人にぶつかってしまったのは。
そのまま彼らは私を人質に三条君を暴力でいたぶり始める。
その時私は初めて自分のしてきたことの愚かさに気付いて後悔した。
特に興味の無い男子を侍らせ、私を好きにならないのなら無理やりにでも好意を抱かせて振る。
なんてひどい女なんだろか、私は。
目の前で私の為に懸命に戦ってくれている三条君を見た時に死にたくなった。
彼がこれ以上傷つくのなら私が犠牲になる。
何度も彼に逃げてと伝えた。それでも三条君は諦めなかった。
途中よく分からないことを叫んでいたけど、申し訳なさでいっぱいだった私の耳にはほとんど届いてなくて、彼は結局あの大男三人組を一人で相手取り終には倒して見せたのだ。
私を抱きしめた彼の身体は傷だらけで、倒れて病院に運ばれた時は気が気じゃなかった。
優馬は私の所為じゃないと何度も慰めてくれたが、彼は私が犯した罪の重さを知らないからそんなことが言えるのだ。
その日の夜は一睡もできなくて、やっと三条君に抱いている自分の気持ちが恋なんだと知った。
いつの間にか三条君を落とすつもりが、自分が恋に落とされていたのだ。
こんなにキレイにミイラ取りがミイラになるとは。
三条君が好きで好きでたまらない。
翌朝優馬から三条君が目を覚ましたと聞いた時はすぐにでもお見舞いに向かいたかった。
あってすぐにでも私の気持ちを伝えよう。そう意気込んで病室に向かったのに。
「関わるなって……。いくら何でもひどすぎるよ、三条君」
いつの間にか私は結構な距離を歩ていたようで、病院から三キロほど離れた河原まで来てしまっていた。
川沿いに腰を掛けて「はぁ」と小さくため息を零す。
「でも三条君に言われたことって、最初私が三条君に対してやろうとしたことをそのまま返されただけなんだよね」
つくづく自分が嫌になる。
自分がされて嫌なことは相手にや手はいけない。幼稚園児でさえ知っている人づきあいのルールだ。
私はそんな簡単なことも忘れて三条君を傷つけてしまったんだ。
ぼーっと川の流れを見続けていると、聞き覚えのある声がする。
「おい、あんたきのうの嬢ちゃんだよなぁ?」
振り向くと昨日私の腕をずっと掴んでいたリーダー格の大男が、頭に包帯を巻いた状態で後ろに立っていた。
「昨日は痛い目に遭わされたぜ、あの兄ちゃん意外と強かったんだな。でも今日は居ないみたいだ、丁度いい、昨日の借りはお前の身体で返してもらうぜ!」
大男はそう言って私の腕を強引に掴むと、河原の背の高い草むらの中に連れ込んでいく。
ああ、これが私に下される天罰なんだ。
身体では抵抗していたが頭では諦めていた。
私はこれからこの下種な男に犯されるんだ。
無意識に涙が零れる。
やっぱり嫌だよ! 初めては三条君がいいのに!
「誰か! 助けて!」
「無駄だよ、この草むらに入ってくる奴なんかまずいないからな」
「助けて! ねえ、お願い、誰か!」
「ッチ! うるせえな、少しは黙れや!」
男は私のワイシャツを掴むと無理やり破いた。
ワイシャツが無くなったせいで下着に包まれた私の胸を遮るものはもう何もない。
「きゃああああ!」
「ほう、ピンクか。いがいとかわいらしいじゃねえか、クックック。髪の毛とお揃いかぁ?」
「いやっ! だれかッ、助けて! 三条君!」
「三条って昨日のガキのことか、あいつどこにもいなかったじゃねえか、いない奴に助けを求めてどうするんだよ。それより俺と楽しもうぜ?」
「ひッ!」
もうだめだ、諦めよう。男の手がブラジャーに掛かる。
「さて、中身はどうなっているのかな? 蕾は何色だぁ?」
手が下ろされる寸前だった。
「てめえ!」
怒声がとどろいたかと思うと、バキッと言う鈍い音と共に私に覆いかぶさっていた男が死んだセミのようにひっくり返って伸びていた。
「さん、じょう……君?」
「ごめんな、怖かったろ? 遅れてすまなかった」
そこには病院のパジャマ纏い、私の引き裂かれたワイシャツを見て悲痛で唇を噛みしめている三条君が立っていた。
「どうしてここにいるの!?」
「いや、さっき来た警察の人が主犯格の男が逃げ出したって言っていてな、もしかしたらと思って」
「うっ、うわあああああん!」
私は思わず三条君の胸に飛び込む。
「怖かったっ! こわかったよぉ!」
「ああ、ごめんな。俺がもう少し早く来れていれば……」
「三条君は悪くない! 悪くないから!」
遅れて警察と優馬が来るまで私は三条君の胸で久しぶりに号泣した。
少しでも面白いと思って頂ければ幸いです!




