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一話

現実世界を描くのは初めてです。

なるべく続けたいと思います。

宜しくお願いします。


 カラスが鳴き真っ赤に染まる駅前通り。放課後のチャイムが鳴って一時間ほど経っただろうか、どこにでもいる平凡な高校生を演じる三条燕は忘れものを取りに最寄りの駅から学校へ逆戻りしていた。


「はぁ、よりによって明日の小テストに出る問題集を置いて行っちゃうかなぁ」


 俺の通っている水野高校の生徒とすれ違いながら無事に二年三組戻ることができた。

 問題は教室のドアが開いているかどうかだ。これでもし閉まっていたら職員室まで行ってわざわざ鍵を借りてこないといけない。


「頼む、鍵よ! 開いていてくれ!」


 俺は教室の引き戸に手を掛けて思い切り横に力を入れた。

 すると願いが通じたのか思いのほか軽く引き戸がスライドしたので、


「よっしゃ、これで心置きなく小テストの勉強ができるな」


「え?」


 独り言を呟きながら勢いよく教室内に突入すると一番後ろの窓際の席から女子の声が聞こえてきた。

 そっか、鍵が閉まってないってことは教室に誰かが残ってるってことだもんな、これは驚かせてしまったか、素直に謝っておこう。

 そう思って声のした方向を向くと、


「きゃぁぁぁ! こっちみないでえ!」


 学園のマドンナ、茅野綾香が俺の机でリコーダーを舐めていた。


「ぎゃああああああ!」


 これは俺の悲鳴だ、いくら何でも怖い怖すぎる。

 どうして俺の席でリコーダーを舐めてるんだ!? 

 リコーダーも展開もベッタベタのベタである。


「古典かよ!」


 思わず突っ込んでしまった。だってあまりにも展開がベタを通り過ぎて、もはやベチャベチャだったから。

 そして突っ込んだ瞬間俺は生徒玄関に向かって走り出していた。


「ちょっ! 待って違うの、これは誤解なの!」


 マドンナが何か叫んでいる気がするが俺は気にせず脱兎のごとく我が家に逃げ帰ったのだった。










 「と、こんなことがあったわけだがどう思うよ。優馬」


 俺は食事が落ち着くと唯一無二の親友である春日優馬に電話していた。


「ははは! そんなことがあったのか、それは災難だったな。お疲れ様、燕」


 俺の身に起きた信じられない出来事を聞いた優馬は軽快に笑って苦労をねぎらってくる。


「ほんとだよ、もうこんなこと起こらないと思ってたのにな」


「んー、やっぱりあれか?」


「そうだな、おそらくは」


「しっかし燕も大変よな、そんなよくわからないえーっと―――」


「『主人公補正』な」


「そうそう『主人公補正』。そんなもんのせいで碌に恋愛もできないなんて」


「ああ……」


 そう、平凡を愛する三条燕には一つだけ大きい秘密があった。

 それが『主人公補正』。これは言ってしまえば特殊能力みたいなものだ。

 現代の日本で特殊能力なんて圧倒的中二病だが本当なのだから仕方がない。

 俺はこれまでこの憎き『主人公補正』に人生を振り回されてきた。

 平凡を愛するようになったのもこのクソみたいな能力が理由であった。

 

「燕は昔から振り回されてるんだもんな、俺からしたら少し……、いやかなり羨ましい能力ではあるが」


「おう、なら今すぐ引き取ってくれ。マジで」


「ははは、引き取れるもんならなー。しかし本当に嫌なんだな、その能力」


「そりゃそうだ、こいつのせいで俺の人生は滅茶苦茶だ」


 そう言いながら俺はこの能力で過去に起きた惨事を思い出して苦い顔をした。


『お前みたいなやつと一緒にいるせいで俺は不幸になったんだ!』


『もう二度と俺に近づくんじゃねえ! このクズが!』


 頭を過る苦い記憶。

 あんなことが起きるなんて。本当にあの頃の俺はバカだったんだ。

 俺がこの『主人公補正』をむやみやたらに使わなければッ!


「おい、燕? どうした、具合でも悪いのか?」


 自己嫌悪に陥っていると優馬は俺を気遣って声を掛けてくれた。

 優馬はとても優しい奴だ。俺はその優しさに甘えている。

 俺は優馬と馬鹿なことに時間を費やすことが好きだし、本当に居心地のいい親友だ。

 しかしそんな時間が続くほど過去の記憶が色濃く蘇り、いつかとんでもない迷惑を優馬に押し付けてしまう気がする。

 ……それが『主人公補正』なのだ。

 優馬のことを考えれば親友として縁を切るのが最適……。



「い、いやなんでもない。そうだ。さっき言った出来事のせいで明日の小テストのプリント持ち帰れなかったんだよ。後で写真送ってくんね?」


「そりゃしゃーないな、後で送っとくわ」


「悪いな」


「いや気にすんな、それじゃまた明日な」


「おう、また明日」


 スマホを耳から離して通話切断ボタンをタップする。

 こうやって簡単に縁も切れれば俺も優馬も苦しまずに済むんだけどな……。

 結局優馬のやさしさに甘えてしまった。


「おにいちゃーん! ご飯できたよ!」


 通話が終わった途端キッチンから俺を呼ぶ声がする。

 可愛い妹、三条雀だ。


「あいよー、今行くー」


 ベッドから立ち上がると同時に軽く頭を振ってマイナス思考を切り替える。

 キッチンのドアを開くと飯のいい香りが風に乗って鼻腔をくすぐった。


「今日は麻婆豆腐か、おいしそうだな」


「でしょ? 今日はひき肉が安かったからね!」


「そっか、いつもありがとうな」


「んん? どうしたのおにいちゃん、急にお礼言うなんて」


 お礼を言うと不思議そうに首をかしげる雀。

 らしくないことをした、どうやらマイナス思考は切り替えられていなかったようだ。


「いや何となくな。それじゃあいただきます」


「あっ! 誤魔化さないでよ、もう!」


「ハハハ」


 湯気の立つ麻婆豆腐を熱そうにハフハフ言いながら食べる雀を見て今度こそマイナスを振り切ったのだった。


 午後十時。まだ中学三年生の燕はあくびをしながら自室へ戻ってしまい、俺はリビングで一人オレンジジュースを飲みながら今日の出来事について考えていた。

 

「学園のマドンナ、茅野綾香……。なんで俺の席で」


 リコーダーを舐める。

 やっぱり犯罪臭しかしない。

 そもそも俺のリコーダーであるという確証は無いので被害者は俺に限らないし、もしかすると茅野綾香は自分のリコーダーを舐めていた可能性もある。

 あんな丹念に自分のリコーダーを?


「ダメだ、それはそれでいけない……。」


 本当に厄介な場面に遭遇したものだ。俺は『主人公補正』を恨む。


 昔からかなりの頻度で女の子が絡む問題に直面してきた。

 幼い頃は毎日お医者さんごっこに誘われ、女の子内で俺の取り合いが始まったり、小学校では偶然捨て猫に餌をあげる少女に出くわしたり、もちろんそれまでのバレンタインは数知れないほど貰って来た。

 不良に絡まれた女の子を助けたこともある。

 しかもこれ以外のイベントはほとんど毎日俺を襲ってきた。

 これを『主人公補正』と呼ばずして一体何と呼ぶのか。

 他の人からしたら運がいいだけと言われるかもしれないが、俺からしたら毎日毎日本当に大変だったしどちらかと言えば呪いのような類だと思っていた。

 毎日のように入れ替わり立ち代る女の子。

 碌な恋愛が出来るはずがなかった。

 本当に好きになった子も俺の能力によって来ただけだと思うと自然と愛も冷めていった。

 

「はぁ……」


 つくづく嫌になる。

 しかしそんな女の子来い来いスキルもここに年間は鳴りを潜めていたはずだ。

 何故このタイミングで再び発動したのか。


「全く分からん」


 グビグビとオレンジジュースを飲み干して、


「まあ茅野に関わらなければいいだけの話か」


 そう簡単に結論付けて小テストの勉強に勤しみ、そのまま寝たのだった。

 そして翌日の俺はこの夜に出した結論を後悔することになるのであった。








「ふぅ」


 小テストが終わってザワザワと騒がしくなる教室。


「おい、燕。どうだった?」


 前の席に座る優馬がこちらを向いて小テストの出来を聞いてくる。


「ああ、お前のおかげで大分出来たんじゃないかな」


「おうおう、この優馬様に感謝しろよー!」


「してるしてる、昼はコーラでいいか?」


「おっ! 燕太っ腹ー!」


「ったく調子いいよなぁ」


 そのまま授業が終わり、昼休みの時間。


「おい、購買行こうぜ」


 そう言った優馬について購買まで行こうと席を立った時だった。


「……あの、三条君。だよね」


 ふと背後から聞き覚えのある声がする。

 嫌な予感を全身で感じながら振り返るとそこには顔を赤らめてモジモジと上目遣いでこちらの様子を伺う茅野綾香(学園のマドンナ)がいたのだった。

 

「違います」


「ち、違わないでしょ!」


 トラブルを避けたいがために咄嗟に嘘を吐くが、まったく意味をなさない。

 それに綾香が大声を出したためクラスの連中がこちらを向いて様子を伺っている。


「最悪だ……」


「ちょっ! 何が最悪なの!」


 やばい、心の声が。


「おっと、マドンナ様。こいつに何か用か?」


 状況の悪化を悟った優馬が綾香に話しかけた。


「うん、ちょっと用があって」


 相変わらず顔は赤いまま優馬の問いかけに答える。

 この様子だと確実に昨日の一件に関することだろう。

 俺は優馬の方向を向くと、『任せておけ』と言わんばかりに自信満々の目をしている。

 優馬は昨日のことを話しているので上手く躱してくれる。

 そう信じて、『頼んだ!』と視線を送る。

 そして優馬はフッと微笑みながら、


「そっか。こいつ暇してるからどこへでも連れて行ってくれ」


 こう言い放った。


「おい! なんでだ!」


「いや、二人きりで話したいって目線を感じ取って」


「違うわ! 何とか躱せっていう目線だよ!」


「そっか、それじゃあ三条君付いてきてもらっていい?」


「嫌だ」


「何でよ!」


「茅野とは関わりたくない」


「ひど! ほとんど初対面の相手にそんなこと言うかなぁ、普通!?」


「知らん、お引き取りください」


 俺は踵を返し購買へ向かうため歩き出す、が。


「ちょっと!」


 グイっと腕を引っ張られて無理やり制止させられる。


「しつこいぞ」


 振り向いて俺の腕を握る綾香に向かって突き放すように言う。


「まあまあ燕。ここは譲歩した方がよさそうだぞ」


 優馬の声は俺にしか聞こえないようなコソコソとした音量だ。


「……どうして?」


 俺もそれに合わせて話す。


「周り、見てみろ」


 指摘されてクラスをぐるっと一周見渡す。

 おいおい、みんなこっち見て今の俺たちのようにコソコソと話している。

 俺としたことが、視線を集めるなんてッ。失策だ。


「な? ここはひとつお前が茅野に従った方が丸く収まる。後のことは任せとけ」


「……そうだな、悪いけど頼んだ」


「それで! 来るの? 来ないの? どっち!?」


 俺たちの秘密のやり取りを見て痺れを切らしたのか、綾香は大きな声で催促して来る。


「わかった! 行く、行くからあんまり大きな声を出さないでくれ」


「それじゃあ三条君、付いてきて」


 綾香は再び俺の腕を掴むとずんずんと進んでいく。

 辛うじて後ろを振り向いた俺は優馬に向かってアイコンタクトを送った。


『あとは任せた!』


『任せとけ!』


 お返しにウインクを貰った俺は諦めて綾香についていくことになったのだった。



誤字脱字があれば報告宜しくお願いします。

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