残されしは人か心かはたまた鬼か
『………』
「………」
ただひたすらに重い沈黙がその場に横たわる。虫の少女と魚の少女の顔に生気はなく動きすらもなく、ともすると生きているのかさえ疑わしいほどである。
『予想はしておったがのう……まさかここまでとは……』
『いやいやどうすんだよあいつら……ぴくりともしねえぞ……』
遠巻きに見つける史廻と金の顔は困惑に染まる、少女2人に旅人の少年がいなくなってしまったことを伝えた瞬間から食事と生理現象以外では全く動かなくなった。動かないが故にその内にため込んでいるものがいかほどのものか図りかねていたのだ。
『戻ってくるまでああなのかのう?』
『どうだかな……案外爆発は近いのかも……』
きっかけは何だったろうか、記憶かもしれない、音かも知れない、匂いだったかもしれない。なんにせよ、その時は訪れた。
「……え?」
『……?』
つうとこぼれ落ちた涙が畳の上に落ちる。意識していたわけではない、気づいたのも少し立ってからである。デリと燕間は雨漏りでもしたのかと上を見上げた。しかし雨漏りはない、されど雨は降り続ける。
「あ……」
『っ……』
2人はそれが涙であることを不思議に思った。実のところ2人とも今の状態を悲しいとは思っていなかったのだ。おそらく何かの落ち度があって自分たちは捨てられた、それだけのことだと思っていた。争っている醜い姿がいけないのか、何か煩わしいと思わせてしまったのか、とりあえずそのようなものだろうと結論を出していた。思っていたよりも早い別れではあった、だがいつか来る別れであった。想定の中の話だから特に衝撃でもないとそう思っていた。だが、なぜか動けなかった。動くための気力のようなものが全くなくなっていた。
「どう……して」
『えんまは……』
その理由を2人は今痛感した。悲しくなかったという訳ではないのだ。辛くなかったという訳ではないのだ。生きるために、心を壊さぬために頭が状況の理解を遅らせているに過ぎなかったのだ。
「うわあああああああああん!!!!」
『ぐすっ……えんまは……えんまはぁ……』
堰を切ったかのように流れ出す大量の涙、止まらぬ嗚咽、今すぐにでも死んでしまいたいという欲求が次々と内からあふれ出ていく。頭の中をめぐるのは自分の言動の数々、先ほどまでは何でもないように思えた過去の全てが自分を苛む棘と化した。
「ごめんなさあああああいい……やっぱり置いていかないでぇえええ……!!!」
『嫌……いや……いやです……まぼろしさん……えんまはあなたの空でしか飛べません……もう飛べないけど……どうか……側に……』
あふれ出るのは懺悔の言葉、後悔の澱。届かぬと知りながら、無駄と分かりながら出てくる言葉のなんと多いことか。それはすなわち想いの大きさに他ならない。
『ようやく泣き始めよった……じゃが……あれ……大丈夫かのう?』
『虫の嬢ちゃんの方しか分からねえが……潰れる寸前って感じだな……どうする? 意識落としておくか、緊急避難にはなると思うが』
金の手にふわふわと煙のようなものが漂い始める。それを吸わせることで強制的に眠らせて今の状態から救おうと言うのである。
『いや、ここまで来たら全部はき出せてしまった方が良いじゃろう……きっと耐えられるはずじゃ……』
『……悪いが無理だと思ったら強引にでも眠らせるぞ……自殺でもされたら寝覚めが悪い』
何か思うところでもあるのか、主人であるはずの史廻の言葉に逆らう金であったが、その心配は杞憂となった。
「……そうだ……そうだよ……こうすれば……」
『まぼろしさん……たとえ一欠片になっても……』
ぴたりと泣き止んだと思ったら、2人はぶつぶつと何かを呟き始めた。ゆらりと幽鬼のごとく立ち上がると向かい合った。
「ねえ……聞こえてるんでしょう? 協力して欲しいことがあるんだけど……」
「キグウデスネ……ザザッ……エンマモ……ザザッ……デリサンニタノミタイコトガ……ザザッ……デキマシタ」
驚くべき事に無残な有様となった燕間の羽は不格好ながらに振動して言葉を紡ぐことに成功していた。所々ノイズが混ざるが全く話せなかったことを思えば大きな進歩である。
『あ、これはまずいことになった気がするのじゃ……今からでも眠らせたほうが良いかもしれぬ』
『……無理だな……この煙が届いたとしてさっきまでならともかく今の精神状態の奴らが眠ると思うか?』
さっきまでの悲壮な光景はすでになく、どことなく殺伐とした空気が流れ始めていた。デリの目は爛々と輝き燕間の纏う空気は修羅のそれである。
「ふふふふふふふ……待っててね……君の所に行ってみせるよ」
「アハハハハハハ……マボロシサン……アナタノモトヘ」
史廻と金は笑う2人の後ろに何か恐ろしいものを感じた。
『鬼が生まれたか……やっぱり眠らせとった方が良かったのう……』
『……あいつ戻ってきたら死ぬんじゃないか……?』
旅人の少年が戻ってきたらどうなるか、それは戻ってきた時のお楽しみである。
評価点が300ポイントを超えました!! より面白い話を紡げるように精進します!!




