商人は騙る
銀飛組のチンピラがまたなにやら騒動を起こしかけていたから荷車をぶつけてやった。それから到着して啖呵を切って追っ払う。これはいつものことだ、なんなら茶飯事と言える。でも今日は違う、今朝届いた勅令の内容には正直驚いたがやるしかない。それが例え二通あったとしてもだ。
「まったく……やってられないっての……」
予定通り事は進んでいった。まさかあんなに都合良く銀飛組に絡まれているとは思わなかったけど。もしかしたらあいつらも勅令で動いていたのかもしれない、でもなきゃ若頭クラスが出てくるとも思えない。
「しかし……驚いたね……鯨の落とし子に無明剣とはおそれいったよ」
これでも商人だ、情報の大事さは重々知っている。鯨狩りの村にいるっていう噂の小さな鯨のことは聞いたことがある、それに蜻蛉のところの盲目の姫の話も知っている。腹芸ならばとっくに仕込まれている、あんたらのことなんて知りませんよと言う風に接してやるさ。
「元から取る気はなかったけど……あまりにも気前がいいもんで驚いたねありゃ……」
金は重い、額が増えれば増えるほど扱いにくくて仕方がない。しかも高速で飛ぶような連中にはなおさら邪魔になる、バランスが崩れるのを何より嫌う連中だ。身につけるものの重さにも敏感になる。だから金を持ち歩く代わりにその額と引き替えられる別の手形を持つのはまあ珍しい話じゃあない。
「現物じゃないからかもだけど……あんな額をポンポン出すものかね?」
無明剣が後ろにいるガキに見えないように出した最初の手形はだいたい1月分の稼ぎっていったところかね。聞いている内容が内容なだけに多すぎるって程でもない。
「確かに倍とは言っていたけどね……まさか10倍とはね」
後ろのガキへ聞かれたくない理由でもあるのかもしれないが二回の催促で10月分に相当する額にまでふくれあがっていた。確かに催促はしたが……そこまで出してくるなど思いもしなかった。こいつらはいったいぜんたい何を背負っているんだって思ったね。
「まあ、あんな方法で嘘がバレるとは思ってもみなかったけど」
心の臓腑の音でって……そんなもん自分で分かるものでもない。でもまあ、バレることは織り込み済みだった。八守様の蜂玉まで出てくるとは思わなかったけど……あれは本気で焦った。そこまで話が大きくなると隠蔽も間に合わない。
「そのおかげでまあ……なんとか勅令二つ目も達成できたって訳さ」
一つ目の勅令は虫皇様への疑念を抱かせること、これの意味は……まあ分かる。あの虫皇様のことだきっと楽しんでいるに違いない。下々の者を右往左往させて楽しむのは陛下の悪癖だからな。
「難題だったけどね……嘘に気づいてくれたおかげで白状するという体にできた。まあ……そうじゃなくても無理矢理にでもねじ込む気ではあったけど……あんまり疑われすぎるのはよろしくない」
二つ目の勅令は……あいつらと術者に渡りをつけること……情報によれば羨ましいことにあのガキはどんな言葉でも苦もなく聞いて話せるらしい。誘導して出会わせてしまえばあとは勝手に仲良くなるだろう。なんせあいつらの言ってることは同じ種でもよく分からない、交流に飢えている奴らは勝手に食いつくだろう。
「で、なんてったってこんな面倒なことをなさっているんですか。高貴な方々の思惑なんて下々には分かりやしませんが、旅人を巻き込んでまでやることだとは思えませんね……」
目の前にいる客人に向かって問いかけた。高貴な相手にする言葉遣いではないが客人自体がそういう風に接することを望んだ。客の要望には応えるのが商売人の信条だ、まあ怖くないって言ったら嘘になるが。別に罰せられるのが怖いわけじゃない、怖いのは本人の力そのものだ。
「仕方ないじゃろう、この国のことは母上が全て掌握しておる。この国の人間を使ったのでは企みなど初めから筒抜けじゃ。どうしようかと思っておった矢先に八守からの報告じゃ。数年に一度あるかないかの旅人の来訪じゃぞ、これを使わずに何を使えと言うのじゃ」
ああ、人は基本的に利用するものだと信じて疑わない目だ。これが上に立つ者の目か、産まれながらの支配階級は言うことが違う。それが口だけの支配ならばいくらでも逆らう者たちがいただろうが、残念ながら実力も伴っているのが現実だ。
「ですが、この仕打ちはあんまりでは?」
「大丈夫じゃ、最後にはぐうの音も出ぬくらいになるからの」
ぐうの音も出ないというのは死体は喋らないという意味ではないと思いたい、でもそんなことを言い出してもおかしくないような空気がこの人にはあった。
「なんにせよ大義であったぞ。よくぞ指示通りに奴らを誘導してくれた。褒美は後で十分に渡すゆえ少し待ってくれ。今は表だって動くわけにはいかぬからな」
「それは重々承知しています。約束を違えることもないことも存じております史廻様」




