10万年後も失われたものは戻らない 5
「……あれはもう倒してしまっても良いのではないでしょうか?」
「いやでも……まだ直接攻撃されたわけでもないし……」
でもなあ、どう考えても良いことにならないと思うからできるだけ事を荒げないほうが良いと思う……どうにかやり過ごせないかなあ?
「どうしたの? 近づいてきてる人が何か言ってきてるの?」
「なんか……絡まれそうなんだ。どうしよう、あんまり大事にはしたくないんだけど……」
どうにか穏便にどっかに行って貰うことはできないものか……
『おうおう、無視すんじゃねえよ。お前に言ってるんだぜ』
ああ、やっぱりターゲティングされていた……困ったなあ……蝿さんみたいな見た目どおりしつこいのかなあ……
「大丈夫ですよまぼろしさん。すぐ終わります」
「あ。燕間さん!?」
しまった、もう止められない。動き始めてしまってはもう僕には……
「素手で十分でしょう」
ああ、完全に攻撃態勢に入ってしまった、これから大騒ぎになるかもしれない……どうしよう。
『……てめえ、なにもんだ? カタギはそんな殴り方しないもんだぜ』
『あなた……ただのごろつきではありませんね……崩していますが確かな型を感じます』
あれ……受け止めてる。空手みたいな受け方……まさか10万年後にまで伝わっているとは……効率的な身体の動かし方を見つけていくとそうなる……のかな?
『アニキ!!』
「危ない!!」
なにか大きなものが飛んできている、荷車のように見えるけど……あんな飛び方をするものだろうか……誰かが投げてきたのかも。
『ちっ……めんどくせえ』
『しかたありませんね……』
アニキと呼ばれていた人はその場で脚を開いて腰を落とした、燕間さんは刀を地面に突き刺して抜く体勢を整えている。どう見ても逃げる気ではない、迎撃する気だ。
『おらあああああ!!!』
『はあっ!!』
正拳で粉砕したのと刀で真っ二つにしたのは同時だった、いったい誰が二人に向けて荷車を投げてきたんだろう……相手にも攻撃してたから仲間って訳じゃなさそうだし……
『なんだ、心得はあるようだね。でもねえ、この天下の往来でしかもうちの店の前で騒ぎを起こされちゃたまんねえよ。喧嘩なら余所でやりな!!』
いや、騒ぎにしたくないなら荷車は投げるべきじゃなかったと思う……どう考えても荷車が飛んでくる方が異常事態だし……
『この李気の目が黒いうちは勝手にはさせねえさ』
遠くから声を響かせながら全力ダッシュでやってきたのは黒い甲殻と短い触角を持った人だった。これは蟻さんかな? たしかに蟻さんは力持ちだけど……荷車をまっすぐ投げてくるって……いくらなんでも……
『げ、剛力様かよ。こいつぁ分が悪いな、さっさと退散するとしようかね。行くぞ』
『へ、へいアニキ!!』
李気さんを見るなりチンピラ二人はそそくさを居なくなってしまった。良かった……だれも傷つくことなく終わったようだ。
『あんたらは逃げないのかい? 今なら見逃してやっても良いんだぞ』
『……つかぬことをお伺いします。あなたはもしや働き者商会の方ではありませんか?』
は、働き者商会……なんていうネーミングセンス……いや、分かりやすくて逆に良いのかもしれない……たぶん……ダサいとか思ってはいけない……
『なんだ? ウチに用があんのか。それなら早く言えやい、お客様なら話は別だ。こっちだ、店で話を聞こうじゃねえか』
「まぼろしさん、当たりです。着いてきてください」
あ、この働き者商会がここで一番大きなお店なんだ……名前だけじゃ分からないものだなあ……もっとこう越後屋とか大黒堂とかそういう感じのを想像していた。
「良かった、私の耳も捨てたものじゃないね?」
「うん、デリさんが居なかったらここに近づくこともなかったかもしれない」
「一応言っておきますけど、情報の提供はえんまがしたんですからね。まぼろしさん、そのことをお忘れなく。誘われた蛾といえどあんまり蔑ろにされると寂しくなるものですよ?」
誘われた蛾……こういう慣用句的な表現はやっぱりよく分からない。でも何が言いたいのかはなんとなく分かった。
「燕間さんもありがとう。頼りにしてるよ」
「うふふ、勿体無いお言葉です」
良かった、嬉しそうだ。そうか、こういうところも気をつけていかなきゃいけないんだなあ……人が増えるって大変だ……頑張ろう。
『さあ、ここが働き者商会の本店だ。日用品から兵器まで冗談抜きに全部あるのが自慢さ』
うわあ、立派な蟻塚。いやいやよく見たらそういう風に作ってある建物だ。でも思ったよりも大きくないな。それで言うほどに沢山のものを入れておけるものだろうか。
『ん? そこの坊主疑ってるな? ここはあくまで受付だ。品物は地下に収納してあんのよ』
なるほど、地下に広大な空間があるからむしろそっちの方が本体というか母屋みたいな感じなんだ。地盤沈下とか大丈夫なのかな……もしかして地下スッカスカなんじゃ……いやいや今までそれでなんとかなってるんだから大丈夫なんだ。
『さあ、何が欲しい?』




