10万年後も失われたものは戻らない 2
僕が目を覚ましたときにデリさんと燕間さんは眠ってしまっていた。いきなりこんなことになってしまったんだ疲れるのも無理はない。
『オハヨウゴザイマス、ヨクネムッテイマシタネ』
「っ!?」
さっきまでここには僕たち以外誰もいなかった、こんな人はいなかった筈なんだ……でも今は目の前に黒尽くめの法衣のようなものを来て傘を被った謎の人物がここにいる。まさか、処刑前に暗殺……でもそれだったら僕が起きるのを待つ必要はない……
『なにかご用ですか……?』
『オオスゴイ、ホントウニシャベレルノデスネ。ワレラノコトバモ、ソレイガイモシャベレルトイウノモホントウデスカ?』
『……今の所話せない相手は数えるくらいしか……』
もしかしてここで上手く交渉すれば僕たちは助けてもらえるのでは……?
『ソレユエニオシイ、ソノイノチ、ウシナワレテシマウコトガ』
『……助けてもらえませんか、助けてもらえるのなら僕はできることならなんでもします……』
『……ワタシガナニモノカ、シリモシナイノニ、ソノヨウナコトヲイウトハブヨウジンデスヨ?』
確かにこの人は凄く怪しい、見えてる部分なんて傘からぴょこんと飛び出ている長い触角くらいのものだ。でもこの人に悪意はない、そのような気がする。
『あなたは悪い人ではない……そんな気がするんです』
『ッ!?ワタシハゴクアクニンデスヨ。ヒノメヲミラレナイソンザイデス。アナタハソンナワタシヲシンヨウスルト?』
『はい、僕は僕の直観を信じます』
『……トホウモナイオロカモノデシタネ、ミタテガハズレマシタ』
しまった……間違えたのか……ここでこの人がいなくなったらそれこそ一縷の希望すらなくなってしまう。
『デスガ、ワタシモオロカモノダッタヨウデス』
傘を取った……長く艶やかな黒髪に黒光りする羽、加えて長い触角……これって……
『私の名は四守器頭。日陰にしか生きられぬ賤しき虫の頭領をしています。あなたをある場所にお連れするように申しつけられています。見定めも任されていたのですが……資格ありとしましょう』
……うつわかぶり……御器かぶりの派生形みたいなものだよね……やっぱりこの人Gだよね。それよりもある場所……ここから出られるの?
『残念ながら身体をここからお連れする訳にはいきません、それは即刻処刑になってしまいます。ですので……霊のみをお連れします』
たま……?命ってこと……?
『失礼……』
なんだろう、お札かな。それを僕の額に……トンって。
『畏み畏み奏上いたす、霊の道を開けたまえ』
僕の頭を衝撃が突き抜けた、まるでデコピンを普通の10倍の威力でやられたような1点の衝撃。
『それでは……くれぐれも失礼のないように……あなたの生殺与奪は陛下が握っておられるのですから』
器頭さんの言葉が薄く聞こえたと思ったら、僕の視界は瞬時に切り替わった。そこは写真で見たことにあるような茶室……みたいな何かだった。似ているけれど別にお茶を点てるような器具はない。どちらかと言えば庵というのに近いだろうか。
『来られましたか、四守には無理を言ってしまいましたがやってくれたようですね』
『え?』
僕の目の前にはアバ姉さんがいた。ここは神域じゃないはず……なのに……?
『どうして……ここに』
『どうかしましたか? あなたと妾に面識はないと思いますが……?』
……よく似ているけど別人なのか……見たら肌が褐色じゃないし……羽も緑だ……でも他人のそら似というにはあまりにも……
『ああ、そういう事ですか。あなたの心の臓腑に我らの神を感じます。アバドン神に会ったことがあるのですね。それで心臓を持って行かれたというわけですか……全く……年端もいかぬ子どもに惨いことをするものです……』
『あの……あなたはいったい……?』
アバ姉さんのことを知ってるってことは神職の偉い人なのかもしれない……器頭さんの言葉をもっとちゃんと聞いておけば良かった……でも微かだったからよく分からなかったんだ……
『では自己紹介と参りましょうか。お初にお目にかかります、妾はこの芦原の国を治めております虫皇の上那と申します。どうぞよろしく』
ここって葦原の国だったのか……いやいやそうじゃなくて……たしかミコってここで一番偉い人……てことは……!?
『申し訳ありません……そうとは知らずご無礼を……』
とりあえず傅くしかない……ここで無礼をして怒らせる訳にはいかない……
『良いのです、あなたは芦原の民ではありません。自らの主でもない者に畏まる必要もないのです』
蜜千代さんも同じようなことを言っていたな……種族意識が強いと偉い人の権威が他の種に及ばないことにも理解が出てくるのかもしれない……それは素晴らしいことだと思うけど……畏まる必要がないって言われた方が困る……僕はいったいどういう風に接すればいいんだ……!?
『あまり時間もありませんので用件だけを……あなた方が23番目の子を殺した訳ではないことは分かっています。しかし妾は表だって政に関与するわけには参りません。23番目の子を殺した罪をあなた方になすりつけようとしている者がいます。妾が作れる猶予は3日、その間に真の罪人を見つけ出すのです。そうすればあなた方の疑いは晴れるでしょう』
……3日で……初めてきた町で犯人捜しを……無理だ……しかも相手は法に手を回せるような相手……どう考えても……
『無理を言っていることは分かっています。それでも……あなた方の疑いを晴らし……あの子の仇を取るにはこれしか……笑ってください、現人神と言われながら我が子1人守れぬ、我が子の仇も討てぬ、そんな母親を……』
顔を隠してしまった……泣いているのだろうか……権力の頂点にいるからこその柵で動けない自分を呪っているのだろう……
『やります……どっちにしろ僕たちにはこれに賭けるしかないんです』
『……通りすがりの旅人に重荷を背負わせることを許してください……どうか……どうかあの子を殺した罪人を……』
来たときと同じように上那さんの声が薄くなっていく。
『……どうか……妾の手のひらの上で……踊ってください……』




