10万年後の女王蜂はお姫様 2
『さてと……口うるさいのもいなくなった事だ、我が姿を見せてやろう』
ずずっという何かを引きずる音が聞こえてきた、大きく重いものを動かすような音は否が応でも巨大な身体を連想させる。
『さあ、伏して崇めよ。我こそがこの一帯を収める大蜂様。八守蜜千代である!!』
幕があがる……。すると僕はこの部屋の大きさを全く以て把握できていなかったことを悟った。この部屋は幕の奥の方が圧倒的に広い。そしてその奥に座している、というか寝転がっている大きな蜂さん。多分女性だと思うけどさっきまでいた黄と黒の縞甲冑の人とは違って人間に近い形をしている。
華奢な腕が6本。長めの触覚、結い上げた黒髪にかんざしのようなもの。羽は背に隠れているのか見えない。胴の大部分は着物、というか反物のような布で覆われて見えないけど見える限りでは甲殻っぽい。カチカチ言う所は口の中にあるんだろうか。
『なんじゃなんじゃ、見とれて声も出ぬか、仕方あるまいな。我は蜂の王、我が香気はどんな者でも虜にしてしまうゆえ』
ウルトラ村長よりかは小さいけど最初見た村長さんよりかはよっぽど大きい。奥にいることを考えても遠近感が狂う。
『しかし、我はお前に聞きたいことがあるでな。疾く正気に戻るがよい、話によれば我らの言葉が分かるそうじゃから聞こえているんじゃろう?』
『えっと……お目にかかり光栄の至りでございます……?』
ダメだ、ここまで位の高い人に対する最上位敬語なんて僕はよく分からない。不敬って言われてガジガジされても文句は言えないかもしれない。
『ふはは!!本当に理解して喋るのだな!!愉快愉快!!敬語などよい、我は蜂の王であって貴様のように殻も羽も顎も持たぬ者の王ではない。自らの王でもない者に敬語などいるまい?』
良かった……思ったよりも寛大な人みたいだ。これなら頭からガジガジされることはない。
『して、どこで我らの言葉を学んだのだ。生来の発生器官からして違う我らの言葉は随分と難儀したと思うのだが、どうやって習得した?』
この質問はどうしよう……まずいなあ。いつの間にか喋れましたっていうのが本当なんだけど……嘘をつこうかな……でもなあこういう立場の人って嘘に敏感だったりするからな……正直に話すしかないよなあ。
『実は……自分でもどうして話せるのかは分からないのです。申し訳ありません』
怒られるのかな……。
『すん……すん……嘘の匂いはしないな。そうか、きっと血の中に我らの者がいるのだろう。覚え方があるのならば外との取引ができると思ったのだが……残念だ……』
嘘の匂い……そんなものが分かる人の前で嘘なんかついたら一発で分かられてしまうところだった。グッジョブ5秒前の僕。
『まあいい、それは前座に過ぎぬ。お前はそこのイオの者とも話していたそうだな。それではお前は複数の言葉を習得しているということで間違いないな?』
『はい、前の村でも外交の通訳をしていたのですが。そこでも言葉で不自由したことはありません』
『……それは真か?』
どうしていきなり険しい顔になったんだろう。僕はなにか気に障ることでも言ってしまったのだろうか。
『はぁ……よっぽどお人好しの多い所から来たと見える。一応言っておくがな、言葉で不自由しないなどということは基本的にはありえないのだ。この辺りでも言語の数はゆうに50を超える、訛りや方言を含めたらもっと多いのだぞ。中には音によらない言葉もあると聞く。それを全くの不自由なしで扱えるということがどれほどの価値があるか……分かっていないな?』
『しかし、代替の方法で取引は行われていました。ですので僕が居て変わったことは時間の短縮くらいです。そこまでの価値があるとは……』
村長も言ってたけど……この能力にそこまで評価されるような力はないと思うなあ……。
『つくづく分かっていない。代替の方法の確立のために時間、労力、金、それらをお前だけで全て0にできるのだ。それも代替の方法の何倍も早く、そして正確にだ。これがどれほどの利を産むか……為政者であれば誰もが羽の奥から蜜が出るほど欲しがるだろうよ』
『は、はあ……』
そんなに効果があるものとはとても思えない。だって僕がさばける仕事には限界があるし1人に頼り切るような体制はどう考えても脆すぎる。羽の奥から蜜が出るっていう言い回しもよく分からないし。
『事実、お前が旅人でなければ我もお前を全力で抱え込みに走るぞ。お前が望むものなら何でも与えようじゃないか、なんなら我の婿にしてやってもいい』
サイズ的に無理があるのではないだろうか……僕がプチッとつぶされる未来しか見えない。寝返り1つで僕は多分死ぬだろうし。
『いえ、今は旅が目的ですので』
『そうか?気が変わったらすぐに言うが良い。最高の待遇を約束しよう、婿衣装も作っておくからな』
気が早いにもほどがある。ここまでグイグイこられるとは思っても見なかったな……。
『畏れ多いです……』
『ふむ……そうか……我は割と本気なのだが……分かった。この話はここまで。実はお前に1つ頼みたい事がある』
『なんでしょう、できることならば全力で』
というかこの状況で僕に拒否権は実質ないんだろうなあ。
『口のきけぬ者の話を聞いてやってくれまいか』
『え?』




