10万年後の世界へようこそ
ある時コールドスリープという技術が生み出された。それは夢の技術、凍結保存した分だけ未来に生きることができるという素晴らしいものだ。相応の値がするものだったが親の遺産がたんまり入った僕にとってそこまで痛いものでもなかった。
「はぁ……思い切って1000年後用の奴を買ってしまったけど。これじゃあ遠回しの自殺だよなあ」
実際1000年先まで人類が存続しているかも怪しいところだ。それでも今を生きるくらいだったらそれでもいいか。
「しっかし、まんま棺桶型ってのもなんだかな。死ぬかも知れないっていうのは知ってたけどさ。こんな直球でやらなくてもいいじゃないか」
ゆっくりと身体を沈みこませる。案外冷たくないものだ。
「薬で眠ってる間に凍らせてくれるらしいから苦しくなくていいな。それじゃあ、おやすみなさい」
しかし、僕はここで気づくべきだった。この棺桶型コールドスリープ装置【棺】の数値の0の数が2つほど多いことに。つまりどういうことかというと、僕は10万年後の世界へと旅立つはめになったのだった。目を覚ましたとき棺から見える光景は想像を超えるとかそういうレベルの話ではなかった。
「かはっこほっ……ええ?」
使っていなかった喉が不調だが思わず声が出た。
「海じゃん……」
都市部だったはずの僕の家は全くもってなく。ただ棺だけが海の上に浮かんでいた。
「地球温暖化ってすごいなあ……」
あまりの出来事にズレたことを口走ってしまったが仕方ないと思う。だって目を覚ましたら大海原にぽつんなんてもうどうしたらいいか……。
「え?でも1000年で?」
思わず棺の数字を確認する、いくら何でも急激すぎやしないだろうか。
「えっと……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん。なんだぁ十万年かあ。そんなにあったらそりゃあねえ都市部が海になったりもするよねえ。あははははははは……はぁ!?」
じゅうまんねん、もうよく分からない。そりゃあ地球の歴史からみたら10万年なんて一瞬みたいなものだけど……なんかもう情報が理解できない。
「どうしよう……!?」
そりゃあ少しくらいは覚悟はしていたよ、でもその覚悟は1000年だもの。凄くない?1000年ものだよ?でも実際は十万年。100倍だよ。割合で言ったら僕の覚悟は1%だよ?自分でも何を考えているかよく分からないけど何か考えていないとやっていられないよ?
「え……ええ?」
知らないけど涙が出てきた。10万年後なんて予想もしていなかった。もうとっくに生き物全部絶滅して僕だけかもしれない。天涯孤独にはなっていたけれど、本当の意味で空の下に僕だけなんてどうしたらいいんだろう。
「そうだ……食料と……水は……」
生きることに思考をシフトさせて何とか平静を保つ、何よりも大事なのは水だ。きっと起きた人用になにかしら用意されているはず……。
「そりゃあ……ね?10万年持つものなんてそうそうないよ。だからってさ、一言『頑張れ』って書いてあるのはどうかと思うよ?」
あ、ダメだこれは。ぼくはこのまま死ぬんだな。
「いやだ……死にたくない……僕は……死にたくない……まだ誰にも愛されていないのに……そんなのってないよ……いやだよ……誰か……助けてよ……お願いだよぉ……」
身体がガタガタ震えだした、歯の根も合わない。怖い怖い怖い怖い、死んでも構わないって思っていたのにひとりぼっちで死ぬのがこんなに怖いなんて思いもしなかった。どうしてこんな目に……僕が何をしたって言うんだ……失ってばっかりだ……こんなのってないや。
「ねえねえ、寒いの?」
幻聴まで聞こえてきた、いよいよ頭がおかしくなってきたんだ。
「ここは暖かい水だよ?それでも寒いの?」
僕は天国に行けるのかなあ……それとも地獄に行くのかなあ。十万年後の天国地獄はもう席がないからどこにも行けないかもしれないなあ。
「ねえってば!!」
ああ、ますます幻聴が大きくなってきた。本格的にもうダメになったんだ、でもいいや狂ってしまおう。その方がきっと楽だから。
「そんなに無視するんだったらこっちにも考えがあるんだからね!!」
なんてリアルな幻聴だろうか、無視したら怒るだなんて。それに魚が跳ねるみたいな音まで聞こえる、それに何かが飛んでくるような。
「くらえー!!」
「うわっ冷たい!?」
冷水をぶつけられた?きっと波のせいだ、凪に近いはずなのに僕にクリーンヒットするなんて不運もここに極まれりって感じだね。
「これでもだめか……こうなったら最後の手段……えーい!!」
「うわあっ!?」
何かが棺の中に襲来した、大きさは僕よりもだいぶ大きい。鰭のようなものがあるから魚……なのかな。
「無視すんな!!」
正面に見えるのはよく日焼けした肌の黒髪のお姉さんだった。でもそのお姉さんは腰から下が魚だった。
「きゅう……」
「あ、倒れたー!!」