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彼女が出来たことを親友のTS娘に報告したら、泣いて告白された話

 飯田橋の木本ラーメン店……良さそう。

 俺、本橋裕也もとはしゆうやはスマホ画面を操作して、地図を登録した。

『行きたい店』っと。

 地図アプリで確認すると、行きたい店がもう5件になっている。

 そろそろ佐久と行きたいなあ。

 その時、階段の下から声がした。

「裕也、お客さん!」

 俺はその声に「はーい!」と答えてスマホをベッドに投げ捨てた。

 ナイスタイミングだ。


「お腹空いたよ」

「OK。何にする?」

「チャーハンと回鍋肉……スープも飲みたい……揚げワンタンも」

「とりあえずスープ出すわ。これはカツヨ作だけど」

 俺がスープを注いで出すと、母カツヨが

「悪いね、私作で!」

 と笑った。佐久は

「おばさん作のスープ最高に好きです」

 と飲みながら親指を立てた。

 この注文だと、まずはチャーハン。具はチャーシューとネギと卵。俺はチャーシュー(これはちゃんと俺作だ。最近練習にハマっていて、お金を払って肉を買い、練習している)を刻んで、卵を溶く。

「裕也のチャーハン、ひさしぶり。もう疲れたよ、大会はやく終わってほしい」

 佐久はスープをすでに飲み干して、ため息をついた。

「来週だっけ」

「再来週。遠くない? もう疲れたよ」

 佐久は同じ高校の弓道部に所属している。地区大会が近いらしく、毎日遅くまで練習していて、駅の反対側にある家まで頑張れなくて、俺の自宅……商店街の真ん中にある克己ラーメンに寄る。でも練習のあとに宿題も学校で片づけているらしく、最近は閉店時間に間に合わなかったようで、顔を見せてなかった。

「中間落としたら、大会も出られないから、マジで両立死にそうなんだけど」

「大変だなあ、運動部は」

「裕也は家の手伝いしてるから、偉いじゃん。俺はこっちのが大変だと思うよ……うわあ美味しそう、ああ、お腹すいたああ……」

 俺は佐久の目の前に出来立てのチャーハンを置いた。

 佐久は目を輝かせてそれを受け取り、一口食べた。

「ふうんん……美味しい。やっぱり裕也のチャーハンは美味しいわーー」

 佐久は気持ちがいいほどの速度でチャーハンを食べていく。その速度で食べられると回鍋肉が間に合わないんだけど! 急ぐ俺に佐久は「だったら白米も食べる」と口元もぐもぐしながら言った。これで家に帰っても夕食をぺろりと食べるらしいから、恐れ入った。

 俺は手際よく回鍋肉と揚げワンタンを出した。

 チャーハンは少し残っていたが、足りないというので白米も出し、お代わり自由のスープも出した。

「うん、うまい、裕也腕あげたよ」

 褒められると嬉しい。実はチャーハンだけは毎日練習していた。

 俺の家は小さな中華屋だけど、小さいころから母親が作るチャーハンが好きで、そればかり食べていた。お店の手伝いも小学生の頃からしていて、母親が作ったチャーハンをお客さんが食べて笑顔になる……それを見るのが大好きだった。だから自然と料理を学ぶようになったし、高校こそ母親に「体が動かなくなることだってあるんだから」と説得されて、商業科に行ったが卒業したら調理の専門学校に行って、本格的に勉強するつもりだ。

 まだ免許も持ってないひよっこ。

 だから俺の料理は親友である源佐久みなもとさくだけに振舞っている。

 きっかけは何だったか……中学校の林間学校で俺がチャーハンを作ったことだったと思う。夕食の時間に余ったご飯(カレーだったが、ご飯だけ残った)をどうしようか悩んでいた時、俺はたまご一つでチャーハンを作った。それを一番気に入ったのは、佐久だった。

「超うまいじゃん!!」

 めっちゃ褒めてくれて。それから佐久は暇さえあれば俺にチャーハンをねだった。

 俺も嬉しくて……中二から高二の四年間、ずっと佐久にチャーハンを作っている。

 エプロンを脱いで、佐久の隣の席に座った。 

「そういえばさ聞いてよ、佐久。俺、人生初の彼女できたんだよ」

「えっ……」

 それを言った瞬間、佐久は手に持っていたお皿を落とした。

 パリーン……と高い音が店中に広がった。

「お前、大丈夫か!」

 俺は慌てて、佐久の安全を確認する。

 ケガは無いようだ。もう皿にはほとんど食べ物はのって無かったようで、お皿だけが六分割くらいされて散らばっている。

「立てよ、気をつけて」

 佐久の腋に手を入れて引き上げた。その瞬間、佐久は俺の腕を振り払った。

 俺は割れた皿を目視して、ほうきとちりとりを取りに行った。皿って割れると広範囲に広がる。ほら、こんな遠くまで……俺はほうきを動かして軽く掃除を始めた。

 埃がたつから、とりあえず割れた皿だけ拾って新聞紙に包んだ。

「大丈夫か? 手でも滑った?」

「彼女……できたんだ」

「ん? ああ、そうそう。今日ね、学校でこくられた。マジ人生初なんだけど」

「誰?」

「隣のクラスの未希さん、知ってる? いやーー、ブラバンの子だよ? 何で俺って思わない? 俺は思ったねー」

「可愛い子じゃん」

「そうなんだよ、クラスでも上位系じゃない? なんか俺さ、模擬店出したじゃん、今年。クラスで、お好み焼きを70枚くらい焼き続けただろ? あんとき一番手伝ってくれたのか未希さんだったみたいで、好きになりました!……とか言われたら、ええええ……おっけぇですってなるだろ?」

 俺は割れた皿を包んだ新聞紙をビニール袋に入れながら叫んだ。

「ごちそうさまでした」

 チャリンと佐久はお金を置いた。

「え? もう帰るの? ゲームしてかねえの?」

 今日は金曜日で、まだ8時。こういう時はいつも佐久は俺の部屋でゲームをしていく。

 今日も絶対するんだと思ってたけど。

「もう、チャーハンもいいわ」

「え?!」

 俺は叫んだ。俺の唯一の客が佐久なのに。

「ゲームもしない」

「ええええ……なんだよ、どうしたんだよ」

 俺は床の皿を拾うのをやめて佐久のほうを向いた。佐久の目からポロポロと涙が流れ落ちていた。

 え……? 佐久……? 俺は言葉を失った。どうしたんだよ、俺、何かした?

「もう、こういうこと、しないほうがいい」

「何がだよ」

「彼女が出来たなら、その子につくってやれよ、俺みたいな他の女にやってんじゃーよ、ゲームとか部屋にあげるとか馬鹿だろ、彼女じゃない他の女を!!」

「他の女って……」

 そこまで言って俺は大きく開いた口を閉じた。


 そうだ、今年の春、源佐久は、性転換病で男から女になった、正真正銘の女だ。


「でも、佐久は佐久じゃねーか。なんだよ散々『俺を女扱いするな!』とか『何も変わらない』とか言っといて、突然女とか言い出して、何なんだよ!!」

 佐久は流れる涙をギュッと拭いて立ち上がった。

「知らねーよ、俺も今お前に彼女が出来たって聞いたら、すげーーーイヤな気持ちになって、涙がとまらねーんだよ! わかんねーよ!!」

 俺と佐久は向かいあったまま、見つめあった。

 いつも通りの佐久、そうなんだろ? 

 佐久の表情がクシャッ……と崩れた。

「俺さ、裕也のこと好きだったんだな」

「え……」

「分かってたけど、言えなかった。気持ち悪いじゃん、こんな男女」

「佐久!!」

「彼女にチャーハン作ってやれよ、俺は、もう来ない」

 佐久はカバンを掴んで店から出て行った。

「なんだよ……なんなんだよ……」

 俺は立ち尽くした。佐久が俺のこと好きって……何なんだよ……。


「学校いきたくねえ……」

 俺は韓国のりを口に挟んだままモゴモゴと言った。

 母カツヨが目の前にドスンと味噌汁を置く。

「昨日なんだったの」

 俺は何も言えない。それに母カツヨは昔から佐久に甘いんだ。

 性転換病になったって聞いた時も「裕也が守ってあげなさいよ」とか言って、佐久のほうが「キモ!!」って叫んでた。

 そうだよ、佐久は佐久で、守られないとダメな弱い存在なんかじゃない。

 味噌汁を食べようと思って箸を伸ばしたら、中には大量のさつまいも……。

 俺さつまいもの味噌汁、嫌いなんだけど。チラリと母カツヨを見ると

「佐久ちゃんが持ってきたサツマイモ食えないの?? ああん?」

 と睨む。ああこれ、佐久の家の。もうそんな時期か。

佐久には小学生の妹がいて、その小学校は毎年芋ほりがある。そこで大量のサツマイモを持ってくるので、毎年貰っている。

 ならたべるしかない。俺は塩っ辛い味噌の中にうかぶ甘いサツマイモを口に入れた。

「……甘いのか、塩っ辛いのか……わかんねえ……」

「そこが美味しいところでしょ!」

機嫌が悪い母カツヨの言葉を無視して朝食を終えて俺は家を出ることにした。

 ちらりと時計をみると、いつも通りの時間。でもこの時間に出ると角で佐久に会う。……いや、俺わるいことしてないから! 鞄を持って立ち上がった。

 

 結局角のところで佐久には会わず、俺はひとりで登校した。安心するやら、気が抜けるやら。

「おい裕也、未希さんと付き合い始めたってマジ?」

 耳が早いのはクラスの情報通の宮田だ。

「おう、昨日から」

「マジかー。未希さん割といいじゃん、裕也のどこがいーんだよ」

 宮田は俺の前の席にガタンと座ってため息をついた。

「なんか文化祭での俺がカッコ良かったみたいよ?」

「マジで? 俺もナンパばっかりしてないでお好み焼き焼けば良かった」

「いやほんと、手伝うべきだったろ」

 お好み焼きなんて無理、ひっくり返せない、無理。宮田はホワホワと首を振った。

「おはよう、本橋くん」

 声をかけられた方向を探すと、廊下に未希さんが立っていた。おう、と手を挙げて廊下に向かう。なんだか昨日の今日で恥ずかしいし、未希さん今日は髪の毛がふわふわしていて、格別に女の子っぽい。佐久はこういう髪型にしないからなあ。未希さんは髪の毛を耳にかけながら

「えっと。昨日は……告白するだけして逃げ出して……連絡先も交換できなかったから……」

 告白。そんな言葉を聞くだけで俺の頬は少し熱くなったし、後ろから宮田の視線をビンビンに感じた。俺たちは連絡先の交換をした。あれ、このアイコンの写真って

「あ、気が付いた? これ、本橋くんの焼いたお好み焼きだよ」

 アイコンはマヨネーズでバラの絵を書いたお好み焼きだった。

「これ見てすごいなーって思ったから写メったし、これがきっかけかも知れない。本橋くんに興味持ったの。それでもしよかったら、今日一緒に帰らない?」

「お、おう。いいよ」

 じゃあ連絡する! 未希さんは廊下を去って、隣の教室に入って行った。

 俺は画面をみて考え込む。


 この花の絵を書いたお好み焼きは、佐久のために作ったものだった。


「ねえねえ、あとで買いに来るから、俺のために一つ取っといてくれよ、お好み焼き」

 文化祭の日、佐久は文化祭委員会で忙しそうに走り回っていた。お昼食べる時間もないけど、裕也の作ったお好み焼きだけは絶対食べるから! と言い残して消えて行った。

 仕方ねえなあ、佐久特製にしてやるよと俺はマヨネーズペンを取り出して、それは見事なバラを書いた。佐久がバラを好きとか全くない。ただの嫌がらせだ。

 佐久とのLINEにもそれが残ってる。俺がとったバラのお好み焼きの写真と共に「佐久のキープしたぜ?」ってメッセージ。「なんだよこれキモイ! でも旨そう、腹減った!」

 その時屋台のそばに未希さんがいて、写真を撮ったんだろう。

 俺はなんとなく「アイコン変えてくれねーかな」と思った。

 なんだか居心地が悪い。佐久のために書いた絵をアイコンにしている未希さん。


 弁当を教室で広げていたら、パンを持った宮田が来た。

「お前またチャーハン? 毎日チャーハンで飽きないの?」

「チャーハンは奥が深いぞ」

 俺はいつも弁当を自分で作っている。というか、自営で飯屋してたら、昨日の売れ残りがそのままお弁当だ。今日も売れ残りのギョウザとシュウマイ。でもご飯たけは自分で炒めている。それもこれも、佐久が俺のチャーハンを食べてくれるから練習したいわけで。

 俺は小さく廊下に目をやった。

 来ないな。

 いつもパンを買った佐久が廊下を歩く時間で、手を振ってくれるから、なんとなく返してたんだけど。

「てか意外。裕也は源佐久と付き合ってるんだと思ってた」

 ウゴ! 俺は咳き込んだ。考えてたことを見透かされていたようで、叫んだ。何言ってるんだ宮田お前、適当なこと外でペラペラ言ってんじゃないのか?!


「加藤、打ち上げ、駅前のカラオケでいい?」


 その時佐久の声がして、俺はハッと入り口を見た。そして言葉を失った。

 同じクラスの加藤と佐久は何やら話している。そして大きな笑い声をあげて佐久は俺のほうを一度も見ずに出て行った。

 クラスにざわりとした声が残る。

 すすす……と宮田が近づいてきて

「ほら、さ。あれ見ても何とも思わないの? 絶対裕也に彼女が出来たからだよ」

「関係ねーだろ……」

 俺はバクバク動く心臓を誤魔化すようにチャーハンを飲み込んだ。

 

佐久は、女になってはじめて、スカートで登校していた。

 

 うちの学校はズボンとスカート両方あって、女子もズボン登校が許されている。

 まあそんな人見たこと無かったけれど。

佐久は今年の春に性転換病になり女になったけど、男の期間が長いし、てか本人も「何も変わらないよ!」と言っていたからズボン登校だったのに。

脳裏にスカート姿の佐久が焼き付いてしまった。

「わりと似合ってたし、そもそも佐久は顔がきれいだよな。可愛いじゃん」

 かわいい?! 佐久が?!

 そんな言葉、俺は言えない。

 ずっと友達でやってきたんだ。かわいいなんて簡単に言えない。

 それにあいつは「カッコイイ」んだよ。


 佐久の家は母親がいない。俺は小学生の時に一度会ったきりだ。

 病気で亡くなって、父親はずっと仕事をしている。

 佐久は一人で妹の面倒をみてるんだけど、中二の時、妹の看病をしてたら、その風邪を貰った。熱も高くてしんどそうだったのに、弓道の大会に出て優勝したんだ。でも佐久は最後まで熱があることをつたえず、大会を乗り切った。

 まあ大会後すぐに倒れて寝込んだんだけど。

 うちの母カツヨが家に運び込んで面倒みてたけど、ずっと妹の心配してて……。

 佐久は可愛いんじゃない、カッコイイんだよ。

 カッコイイ、お人よしの、バカなんだ。


「えっとじゃあ、改めて、よろしくお願いします」

 未希さん待ち合わせの下駄箱横で頭を下げた。

 そのつむじを見て、佐久はつむじが二つあることを思い出した。

 やっぱりあれは珍しいんだろうか。

 未希さんはこっそりと俺の家の中華屋に来てラーメンを食べたことがあると言った。

 感想を聞くと「量が多くて食べきれなかった」と謝った。

 そうだよな、うちの店の商品はどれも量が多い。

 脳裏にパクパクと何でもたべる佐久が浮かんで、それを頭から追い払う。

 俺たちが一緒に歩いていると、横をパンツが見えそうな自転車が走り抜けていった。

「佐久!!」

 俺は叫んだ。

 佐久が所属している弓道部の弓道場はお寺にあるものを借りていて、いつも弓道場まで自転車で移動している。佐久は俺の声など聞こえないようで、パンツが見えそうな状態でシャーっと坂道を下っていく。この先は信号で、確認すると赤になりそうだ。俺は走って佐久の所まで行った。

「佐久!! お前、パンツ見えるぞ、その自転車の、乗り方!!」

 俺は息も切れ切れになりながら、叫んだ。佐久は肩越しにチラリと俺を見て

「男のパンツみて興奮してんの? へーんたい!」

と青になった瞬間に自転車を踏み込んで消えて行った。

なんだよ、そういうことじゃねーよ、てか女子でも男子でもパンツみせて自転車乗るとかアウトだろ!!

「わー、追いついた。裕也くん足はやいね」

 振り向くと息をきらした未希さんが立っていた。

 うわ、佐久を追うのに必死で、置いてきぼりにしてた。謝る俺に未希さんは

「かわいいよね、源さん」

 か、かわいい……俺は言葉が出ない。

「女の子になったんだから、スカートいいと思う。特権だし!」

 そうなんだけど、いやパンツが見えてそうな状態で自転車乗るのは女の子なのか?

 言えなくて黙る俺の腕を未希さんが握った。

「でも……置いて行かないでほしい」

 小さな声をふり絞って言っているのが俺にも分かって、うわ……かわいいと素直に思った。ごめん、と謝って俺たちはぎこちなく駅に向かった。


「裕也、今日華絵はなえちゃんの学校公開なんだけど、行ってもらえる?」

「お、いいよ」

 俺はカバンを置いて小学校へ向かった。

 源華絵みなもとはなえは、佐久の年が離れた妹で、小学生だ。近所の小学校は授業参観に代わりに学校公開という時間があり、保護者が自由に学校を見学できる。

 でも佐久の家は母親死去、父不在、佐久は部活で遅いので、家族ぐるみで付き合いのある我が家の誰かが見に行っている。

 俺は小学校に行くのが嫌いじゃない。

 商店街から抜けた一番奥にある小学校は俺と佐久も卒業したところで、比較的新しい校舎で校庭も広い。

「克己ラーメンの兄ちゃん、まったねー」

「気を付けて帰れよー」

 俺は帰り道の低学年に声をかける。小学生はみんな元気だし、ランドセルを投げ捨てて遊びにいく姿をみると小学生の時の俺と佐久を思い出して笑えてくる。

 どうしてたった10mがんばってランドセルを家に持って行けないのか分からないが、俺はいつも家の前の道路にランドセルを投げ捨てて佐久と遊びに行っていた。

 教室に入ると華絵ちゃんが勉強していた。俺に気がついて目を細めたので、俺も口元で答えた。

 授業が終わって、ランドセルを背負った華絵ちゃんと校内を歩く。

 壁に貼られた習字、置かれたままの自由研究に、時間割。何もかもが懐かしい。

 華絵ちゃんはクルリと俺の前で回って

「ねえねえ、佐久のスカートどう思った?」

 と聞いてきた。口元はニヤニヤしている。俺は見えていた太ももとか、振り向いた笑顔とか思い出してドキリとしたが、冷静に

「いや反応困るだろ」

 といった。すると華絵ちゃんはあからさまにブーと不満げな表情になり

「その反応サイテー」

 と言って俺を蹴とばした。んだよ! と叫ぶと

「佐久がどんだけ勇気だしてスカート履いたかとか、考えない?」

 と睨まれた。そんなの……俺は何も言えない。

「裕也!」

 呼ばれて振り向くと佐久だった。髪の毛もグチャグチャで部活を終えて自転車で走って来たようで、息も荒い。

「華絵ごめんね、急いだけど間に合わなかった」

 佐久は乱れた髪の毛を手櫛でまとめはじめた。そのしぐさが、今まで見てきた佐久じゃなくて……ドキドキして視線を外すと

「裕也、あのさ、もうこういうのいいから。もう関わらないで、裕也はデートだったんじゃないの?」

「でーとお?! 誰と?!」

 華絵ちゃんが反対側で叫ぶ。俺と佐久はにらみ合う。

「デートじゃなくて、一緒に帰っただけだよ」

「女の子は、それをデートって言うの! 本当にデリカシーがないバカサル」

 完全にかちんときて「んだよ、俺たち家族みたいに付き合ってきただろ!と叫ぶと

佐久は「あのさあ!」と大声で遮った。そして息を吐いて落ち着いて顔を上げた。


「裕也を、好きだって言ったじゃん。それを聞いても何とも思わないのかよ、俺は変わるよ、変わらないと、変わらない。お前と俺の関係を変えたいから、俺は変わる」


二人は俺を置いて帰っていった。

関係を変えたい。そう言い切った佐久の表情は決意に溢れていた。

お腹の真ん中に何かがあるんだけれど、それはきっと佐久が望んでいる答えじゃない。

 それがはっきりしなくて、言葉が見つからなくて、俺は口をつぐみ、頭をガシガシと掻いた。




「いらっしゃい!」

 店のドアが開いたのを見て声をかけると、そこには未希さんが立っていた。

 今日はバイトさんが入れなかったので、俺は早めに帰って奥で皿を洗ったり、掃除をしたりしていた。未希さんは

「えへへ、来ちゃった」

 と笑った。その言い方と言葉に母カツヨが俺のほうをチラリとみて「おお?」という表情をする。そしてチャーハンつくるように手を動かして「あんた作るの?」伝えてきた。いや、作らないよ。俺は静かに首をふった。

 先日一緒に帰った時、俺、店でチャーハン作ったりしてるんだよ! と言ったら「それって色んな法律に引っかかりそうだけど……大丈夫?」って真顔で言われた。

 そうだよなあ、そりゃそうだ。正しいです、圧倒的に。

 佐久が変なんだ。素人のチャーハンたべるようなヤツが。

 未希さんは「半分の半分でいいです」と母カツヨに頼んでチャーハンを頼んだ。

 そして少量頼んだわりには大きな口を開けてチャーハンを口に運んだ。

「おいしいです!」

 とほほ笑んだ。

 その時、俺の頭の奥で何かが弾けた。

 未希さんに告白されて、なんで簡単にオッケーしたのか。


 そうだ、未希さんは俺のお好み焼きを大きな口で美味しそうに食べてたんだ。

 佐久とおなじように。


 お腹の真ん中にあった塊がほどけるのを感じた。

 


 バイトを終えてから、俺は佐久の家の前で座って待った。

 1時間……2時間をすぎた頃、佐久が帰ってきた。

「え?! 何?!」

「チャーハンつくるから、来い」

「だから、もうそれはダメだって」

「いいから!」

 俺は佐久を引きずって商店街を歩き、いつもの席に座らせた。そして調理台に立つ。

 ああ、そうだ、俺は……。

 心臓の中心が痛くなって涙が出そうになる。

 佐久は居心地悪そうに、水を飲んでいるが、俺はいつものチャーハンを作り、目の前に置いた。佐久は「なんだよ……もう……もったいないから食べるけどさあ……」と言ってチャーハンを食べた。その瞬間にやっぱりニッコリ笑顔になって「いやあ、でも旨くて好きだわ、裕也のチャーハン」と笑った。そしてパクパクと凄い勢いで食べた。


「佐久、俺、逃げてたわ。お前から逃げてた」

 佐久はチャーハンを食べながら、何も言わない。

俺は続ける。

「まずは、逃げないで、佐久と向き合う」

 そう言って、横に席に移動した。昼間未希さんが座っていた席。

 大きな口をあけてチャーハンを食べていた未希さん。


俺は未希さんと佐久が似てるから、いいなあと思ったんだ。

 無意識にずっと、いや、最初から、俺は未希さんの中に「佐久と似てるから大丈夫、好きになれる」場所を探していた。

 佐久じゃないのにな。

 佐久に向かい合うのが怖くて、佐久に似た人を探してたんだな。


「俺の真ん中にさ、佐久はいるんだ。でもさ、これが何なのか、全くわかんねぇ。ただ俺がここに立ってチャーハンつくってる時に目の前に佐久がいるのが嬉しい。佐久が大きな口で飯食ったりするの見るの好きだし、なにより、お前が俺のチャーハン食べてくれなくて、淋しかった。今はそれしかわかんねぇ」


 素直に吐き出した。

 そして未希さんに謝って別れたことも。

 未希さんは「納得はできないけど、違うって思うなら仕方ないね」と淋しそうに微笑んだ。

 その笑顔がほんとうにキレイで、俺は全然未希さん本人を見てなかったなあと心底謝った。

 

 佐久は「しかたねえから、ちょこっとだけ食べに来てやるよ」と右手の人さし指と親指をくっ付けて『ちょこっと』を作った。

「ちょこっと?」

「そう、ちょこっと」

俺が聞くと佐久は左手も同じように人差し指と親指をくっ付けて『ちょこっと』を作った。

そして右手と左手のちょこっとをつなげて∞マークを作った。

 それをメガネのように目の前に持ってきて

「∞(むげん)に来てやるよ」

「ふは!」

 俺は噴き出した。


 これから∞(むげん)に続く俺たちの、いや、俺と佐久の小さな一歩。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] さわやかで気持ちのよい素敵な短編でした。 ありがとうございます。 [一言] サツマイモのお味噌汁の話、良いですね、印象的でした。
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