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甘いカヌレをあなたに届けたい・Black sweet ・Canelé カヌレ  作者: さかき原枝都は
届かない願い 後編

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2.姿亡き友人◆幻想

土曜の夜もあって温泉は少し混んでいた。


 この時期、ここを利用するのは、ほとんど地元の人たちのようだ。


 僕は、脱衣所を出て洗い場の椅子に腰かけた。すると、後ろの方から


 「頼斗、なんじゃ、かえっとたんか」


 「おう、横田のじっちゃん、また酒飲んで入っとらんだろうな」

 「はは、何のほんの少しじゃ」


 「いい加減にしないと、そのうちおっ死んでしまうぞ」

 「なんの、まだ死んではおられんからのう、ぶぅはははは」



 先生は、僕の隣の椅子に座り、シャワーを頭からかけた。


 「ふう、気持ちいい」


 「ここにいる人たちは、殆ど俺が幼いころからの知り合いばかりだ。ちょっと土地柄気性は荒いが、みんないい人たちだ」


 「そうなんですか」

 「ああ」

 僕は体を洗い終わり、露天風呂へ入った。


 「温泉なんて、本当に久しぶりだなぁ」


 ふと見上げると、昨夜よりは幾分やせた月が、流れる薄雲から見え隠れしていた。


 この数か月、僕には本当に色んな事が起こった。


 湯ぶねにつかりながら、今までのことが頭の中で、出たり消えたりしていた。


 流れる薄雲に月の光が、見え隠れするように。


 しばらくすると、先生が露天風呂に入ってきた。


 「あぁ、やっぱ温泉はいいなあ」


 そう言って、足を広げ、腕を後ろの岩にやり、のけぞるように大の字になった。


 「なあ笹崎、幸子さん見てびっくりしたろ。


あれでも俺より7歳年上なんだ、俺も初めて親父から紹介されたとき、びっくりしたよ。俺よりはるかに年下だと思ったからな」


 「あはは、先生僕、本当は妹さんかと思いましたよ」


 「妹とはな、でも親父とはだいぶ歳の離れた嫁さんには変わりないな」


 「どうして知り合ったんですか?」


 「さぁな、俺はあんまり親父のこと穿鑿せんさくしないからな。昔から、何かと頑固で思い立ったらすぐ行動する人だったからな」


 「ああ、そういえば、幸子さんのサックスの音色に惚れた。なんて、柄でもないこと言ってたな」


 「幸子さんもサックスを」


 「ああうまかったなぁ、親父があんなこと言ったのが分かるよ。俺も聞き惚れてたしな」


 「それで響音さんもサックスをやっていたんですね」


 「そうだな、響音も、物心付いた頃には楽器がおもちゃだったからな。


多分二人のDNAをそのまま受け就いたんだろ。


でもな、幸子さん響音がいなくなってから、吹くの辞めてしまったよ。


辛いんだろうな、幸子さんも、それを聴いている親父も響音の音色を思い出してしまうから」


 僕は、恵美のサックスの音色を思い出していた。

 あの音色は、響音さんの音色なんだろうな。

 恵美はその音色を奏でることで響音さんと会っているんだろう。



 かなわない。



 僕はその時、恵美の響音さんを想う気持ちの強さを、痛いほど知ってしまったように思えた。


 「敵わない。恵美の心の中には、だって、まだ、響音さんが生きているんだから。僕だけが恵美にしてあげられる事、それがもし、あるんだったら、そっと見守っているしか・・・」



 先生は、薄雲に見え隠れする月を眺めながら


 「お前、入学前からあの河川敷で恵美を見ていたろ」


 「え、」


 「あの河川敷、俺も何度か行ってるんだよ。晴れた日曜の夕方に、お前が初めて現れる前から」


 「そんな」


 「お前を初めてあの河川敷で見かけたとき、びっくりしたよ。


響音だと思ってな。


こうして見ても響音とは、似ても似つかないけどその時は、確かに響音だと感じたよ」



 僕は初めて恵美に出会った河川敷の光景を思い浮かべていた。



 「どうして恵美を好きになったんだろう」



 あの時、道に迷い偶然に出た河川敷の公園。


 そこで耳にしたしたアルトサックスの音色。



 確かに恵美は、ほかの同年代の女性より美人だ、これはうちの学校の男どもが証明している。



 僕はその恵美の容姿に惚れたのか?



 「違う」


 あの、アルトサックスの音色に惚れたのか



 「それだけじゃない」



 それじゃ僕は、恵美の何に惚れたんだ。



 はっきりとは分からない。


 でもこれだけは言える。

 恵美の奏でるアルトサックスの音色を聴くと、心が


 「物凄く切ない」


 恵美の姿を見ているだけで


 「彼女が物凄く、愛しい」


 そして彼女の瞳はどこか悲しげで、本当に遠くの誰かを見つめているような。


 そんな彼女の瞳を、僕はまだまともに見つめることが出ない。


 今考えると、はっきりとしたものはなかった。


 響音さんは、この何十倍も恵美のこと思ってたんだろうな。


 「やっぱり、響音さんには、敵わないなぁ」


 でもどうして、先生は僕を響音さんだったと思ったんだろう。

 

 わからない。


 「先生」

 「あぁ、どうした」


 「どうしてその時、僕を響音さんと想ったんですか」


 「さあな、俺にも解らん、多分お前と響音が、だぶったんだろうな。俺もまた響音の事、あの場所に行って思い出したのかもな」


 「そっかぁ。でも、よくわかんないです」


 「俺もな、ははは」

 「のぼせてしまうな、上がるぞ」

 「はい」


 風呂から上がりスマホを見ると、恵美からショートメールが来ていた。


 「遅くなってごめんね、メアド送るね」


 恵美のメールアドレスが書かれている。

 そのあとに


 「ユーキ今、家にいないよね、どこにいるの」


 僕は返事をためらった、恵美に今北城先生と響音さんの墓参りに来ている事を知ったら、恵美はどう思うんだろう。


 自分の過去を知ってしまった僕を、恵美は嫌うんじゃないだろうか。


 そんな思いが湧き出てきた。


 「具合どう? 今、孝義の家にいる。今晩、孝義のところに泊まるから、ミリッツァには後で連絡しておくから心配しないで。


僕のメアド、このメールのアドレス。


それじゃ、また明日」


 恵美のメアドを住所録に登録してから送信した。

 

 ふと、後ろを見ると先生が僕のスマホを覗き見ていた。


 「な、なんですか、先生」

 「ふぅん、ようやくか」


 「いくら先生でも、プライバシーの侵害ですよ」

 「ぶぅはは、お前らのプライバシー?そんなもん俺の前じゃ無いからな」


 「そんなぁ」

 「冗談だ、帰るぞ」


 僕らは、売店でお酒とジュースを買って、先生の実家に戻った。



 途中、恵美から返信メールが来た。


 「メアド、ありがとう。熱もだいぶ下がったわ、いっぱい心配かけちゃったね ごめんね。


わかった、孝義君のところなのね 孝義君によろしく。それじゃ、また明日」



 後ろめたさが僕を覆い包む。




 そのあと、返信はしなかった。


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