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甘いカヌレをあなたに届けたい・Black sweet ・Canelé カヌレ  作者: さかき原枝都は
 届かない願い 前篇

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1.月あかりの落ち葉

 僕らの通う私立 森ケ崎高校は、昭和の始め頃に創立された歴史のある高校だ。 


鉄筋コンクリート三階建ての新校舎と木造2階建ての旧校舎がある。


僕ら2年と1年は新校舎で学校生活をおくる。


 3年に進級すると皆、新校舎を離れ旧校舎へ移り、残りの1年を過ごす。これはこの学校の昔からの方針らしい。


 新校舎が完成した時、歴代のOBたちが想いで深い旧校舎の取り壊しに反対して多くの署名を集めたようだ。その甲斐あって取り壊しは中止となり、OB有志の寄付によりリフォームまで行ったそうだ。


 「古きを慈しみ 新しきを磨け」


 これは校訓ではない。歴代の学校OB関係者が、創り上げたこの学校のしきたりのようなものだ。その言葉の通り、3年生は旧校舎で古きを慈しみ、目標である自分の未来のために勉学を磨けとのことだ。


 いずれ僕たちも、あの旧校舎へ移る日がくるのだろう。

 だが、僕にはまだその実感がない。それは遠い未来のことのようにしか感じえないから。


 今、僕が住んでいる「カフェ・カヌレ」から駅までは徒歩でおよそ10分、そうあの高架橋と共にある駅だ。

 そこから学校のある駅までは二駅だ。


 たった二駅、


でもあなどるなかれ歩いて行くとなると、かるく40分は架かる道のりだ。まして、学校の駅から校舎にたどり着くには、さらに10分の道のりを歩かなければならい。


 それは学校が山側の小高い斜面にあるからだ。


 路線バスもあるのだが、僕と彼女「恵美」はなぜか電車派だ。


だが恵美は学校のある駅からバスで、森ケ崎高校正門前の停留所で降り立つ。


 そして僕は、坂道を上りながら10分の徒歩コースで正門に向かう。


 どうしてもあの、同じ高校の生徒しか乗らないバスに乗る気はしないからだ。


 僕が電車通学にこだわるのには、もう一つ理由がある。


この土地が海に近いからだ。


 ほんの少しだが、電車は海の近くを走る。


そのほんの少しの時間、電車から海を眺めるのが僕の日課なっているからだ。




 僕と恵美は同じ時間に家を出ることはほとんどない。


 彼女、恵美が先に出かけ、その後しばらくしてから僕は家を出る。


当然のことながら、彼女は3本早い電車に乗り、僕は彼女の3本後の電車に乗る。


 僕の乗る電車には、幼馴染の「村本 孝義」が乗車している。

 孝義とは入学以来この時間の電車に乗っている。

僕が三浦家に移り住んでからは、孝義が乗る電車を僕が待つことになった。


 「おー」

 「うぃっす」


 朝、孝義との会話はあまりない。


僕は、出口付近のポールに寄りかかり、車窓を眺めている。


 電車を降り、改札にスマホをかざしゲート抜けると、同じ制服を着た生徒たちが同じ方向を目指し移動している。


 バスプールに集まっている生徒たちを横目に、僕と孝義は高架線路の下を通り、駅裏から学校を目指し歩き始める。


 「おーさびー」

 孝義が肩を震わせる。


 「今朝は冷えたからな」

 「ああもう11月だもんな」

 「おう、もうじき雪降ってくるぜ」

 「まだ11月だぜ、それに雪なんて・・・」



 「おはよう」



 彼女は僕と孝義の間に後ろから割り込むように入ってきた


 「なんだよ、真純 割り込むなよ」


 戸鞠とまり 真純ますみ彼女は僕、孝義と同じクラスの2年生。


 性格は明るく、スポーツ、特にテニが大好きなクラスメイト。


 「あはは、手でもつないでいた?」


 「おいおい、俺はそんな趣味ないぞぅ」


 「手をつなぐなら可愛い彼女、いくら結城が幼馴染といえ、手をつないで登校はせんぞぉ。あ、幼稚園のときは手つないで行ってたかな」


 「なーにばか言ってんだ孝義、そんな彼女なんかいないくせに」


 「ほんと、あなた達って仲いいのね。嫉妬しちゃうわよ」


 「んーそうか、そうか、真純もようやく俺のよさをわかってきたか」


 孝義が自慢げに言うと、戸鞠は顔のしたくらいで手を振り



 「あはは、ありえなーーい」



 そう言うと、


 「じゃ、先行くね、早くしないと遅刻しちゃうよ」


 彼女は「いそげぇ」と、微笑みながら叫んだ。


 僕らはその声に引き寄せられるように、彼女の後を追った。




 恵美とは学年は同じだがクラスが違う。


学校内の授業や活動などは、大抵クラスごとに行われる。


だからよく話をしたりする友達は、ほとんどがクラスの中の生徒だ。


 恵美は、休み時間廊下ですれ違っても笑顔一つ見せない。


そう言う僕もまた、彼女に対しては同じなのだが・・・


 僕が三浦家に移る前、担任と挨拶をかねた面談をしていた。



 担任、「北城 頼斗 きたしろ らいと」30代半ばくらい、なかなかのイケメンだ。去年、僕らとともにこの学校に赴任してきた。


 ここに来る前は、千葉の房総半島のあたりにいたらしい。


そして彼は、この学校の吹奏楽部の指導顧問をしている。


 森ケ崎高校吹奏楽部、以前は全国大会連覇の経験を持つ強豪吹奏楽部だった。だがここ数年は、よくて県大会で終わっている。


 今年は、県大会金賞、いわゆる「だめ金」だった。


 「落ち着いたか?」


 「はい。お葬式のとき来ていただいてありがとうございます」


 「いや、担任だからな。よく頑張ったな、今は苦しいが頑張って乗り越えるしかない」


 「ありがとうございます」


 「まーそれはそうと、これからのことなんだが、もしかして、転校しなきゃならんのか」


 「そのことなんですが、父の知り合いの方のところに行くことになりました」


 「そうか、で 北の方か、南の方か?やっぱ転校か」



 「ちょっと待ってください」

 「はい、これどうぞ 新しい住民票です」

 僕は茶封筒を先生に手渡した。


 先生は、住民票を見て


 「お、よかったな、わりと近くじゃないか、えーとOO市OOO町・・・。おい笹崎、OOO町ってあの橋と一緒になってる駅か」


 「そうですけど、先生知ってるんですか?」


 「ああ、ちょっとな」


 そしてもう一枚の書類を見るなり


 「おい笹崎、保護者欄に「三浦 政樹」ってあるけど、もしかしてあの「カヌレ」の三浦 政樹か」


 「そうです、先生「カヌレ」がどうかしましたか」


 「おれ、そこによく行くんだよ。あの「カヌレ」が好きでな、ということはお前、「三浦 恵美」と住むということか?」


 「そうなります」


 先生は腕を組みしばらく沈黙した。


 「笹崎、お前が三浦のところに行くのを知っているのは、この学校に何人いる」


 「多分、孝義だけだと思います」


 「そうか、孝義にはこのこは秘密だと言っておけ。変な噂がたってお前らが大変になるは避けたいからな」



 確かに、恵美と一つ屋根の下暮らしているなんて他の男子に知れ渡ったら、僕の命は多分いくつあっても足りないだろう。



 「こちらでも十分に配慮はする。お前らもその事については十分にきおつけてくれ。三浦には、俺からも話をしておく」


 「はい、お願いします」


 先生はすべての書類を確認した。


 「よし、必要な書類は揃っているな、手続きには問題はなさそうだ」


 「笹崎、いつから登校できる」


 「もうじき引っ越しする予定ですので、何とか2学期からいけると思います」


 「そうか、大変だけど、あまり無理はするなよ、困った事があったらいつでも俺んとこに来い」


 「はい、有難うございます」


 そして僕らは、談話室を出た。



 先生は、僕を生徒玄関まで見送るため二人で、夏季休業中の廊下を歩いた。



静かな校舎の中にセミの声だけが響いていた。


 生徒玄関口で僕が下駄箱に向かうと、先生は想いためらったように



 「なあ笹崎、あいつ恵美から何か訊いてないか」



 先生が、恵美と呼び捨てにしたのが気になったが


 「何もないですよ。先生何かあるんですか」


 「いや、何でもない。訊いていないんだったらいい」


 僕が問いかけようとするのを防ぐように


 「今日も暑いな、きーつけてな、新学期待ってるからな」


 そう言って先生は、すたすたと職員室の方に向かった。

 


 こうして僕は、新学期から今までとは違う環境の中、学校へ行くこととなった。



 この二か月の間、僕と恵美のことに気付いた奴はだれもいなかった。


それもそのはず、学校では恵美とは接点がほとんどないからだ。


いやそれを言うならば、初めて彼女と出会ったあの日から、学校の中では親しくすることはなかった。



唯一あるとするならば、あのハチャメチャな告白だけだろう。



 また、彼女自身も気を使ってくれているんだと思う。

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