1-7 通報しますた
「ひーろーちゃ~ん、たっだいま~♪」
玄関のドアを開けたのは、小学生高学年くらいの女の子だった。
あの年頃の女の子に特有の、子供時代を終える直前の無邪気な活発さが感じられる。
片手に下げたビニール袋を振り回しそうな勢いで揺らしながら、ルンルン気分で帰ってきたその子は、部屋の中にオレという不純物を発見し、口と目を大きく開いて硬直した。オレの動きも止まった。部屋の空気が重苦しく固まる。
あー、知ってますよ。この先の展開。
通報しますた、ってやつですね?
女の子はビニール袋を取り落とし、両手で頭を抱えてしゃがみ込み、「きゃー、助けてーーーー」と絶叫して、それを聞きつけた隣人が110番して、駆けつけた巡回中のポリスメンがオレの両手を拘束して、署まで連行、オレの言い分なんかまったく聞き入れられず、デッチ上げ100パーセントの調書が作成されて、四面楚歌の法廷で公開レイプされて、「住居不法侵入、器物損壊、暴行、公然わいせつ、強制わいせつ、強姦未遂、未成年者略取」の数え役満で二十年以上も臭い飯を食らうはめになって、人生終了のお知らせ、ってルートですよね?
いつものオレだったら、テンパッてキョドって「あ、や、ちょ、くぁwせdrftgyふじこlp」ってなって、さらに不審感が増すだけだ。
けど、今は酔っ払いすぎてるせいか、もうすでに人生終了しているからか、他人事みたいに「あ、ども、おじゃましてます」と冷静に挨拶できたのが、自分でも不思議だった。
オレの挨拶で未知との遭遇の衝撃から立ち直ったのか、女の子は手荷物を取り落とすこともなく、口を開いた。
「うわっ、ひろちゃんがおとこ連れ込んでるー!? ふけつだー!! ふじゅんいせーこーゆーだあーー!!!」
ああ、そうだよな。
動転してすっかり忘れていたけど、ここにはもう一人いたんだった。
自分の部屋に 「見知らぬオッサンが一人いる」のと「知り合いと見知らぬオッサンの二人がいる」のとじゃあ、全然違う状況だよな。
女の子の矛先は比呂子さんに向けられたようで、通報ルートは無事回避でセフセフ。
「ちげーよ、アホ。こいつはオマエんとこのアレだよ」
比呂子さんの説明はまったく説明になってない。それで通じるのか?
案の定、女の子はキョトンとして顔でオレの方を見た。
が、その視線はすぐにこたつの方へ。
「って、ぎゃあーー、わたしのみかんがーーー!!!」
「ごっそさん。美味かったぞ」
ツマミ代わりにパクパクいってたから、山積みになってたやつ全部食べちゃった。ヒロコさんも良いって言ってたし。一週間くらいロクに食べてなかったし。しゃーないよな。
「みかんかえせー!!!」
「もう食べちゃったから返せませーん」
「うぎゃーーーー!!!」
「比呂子さん、この躾のなってないガキんちょなんすか?」
「だれががきんちょよ!!!」
「すまんすまん、間違えたチンチクリン」
「むぎゃー、ばかー、あほー、のーちきりん!!!」
最初のイメージとはまったく違って、中身はただのおこちゃまだった。
なにが「無邪気な活発さ」だよ。少女に対して幻想持ちすぎだろ、オレ。L○の読みすぎだ。
そんなのと同レベルで言い争っているオレもオレだけど。
子ども二人の口喧嘩に比呂子さんが割り込んできた。
「勇作、からかうのもそれくらいにしとけ」
つい悪ノリしちゃったかな。
酔っ払ってるからしゃーないな。
「悪かったな、お嬢ちゃん。でも、食べて良いってヒロコさんが言ってたから」
これが「謝っているように思えて、実際は他人のせいにしてるだけ」というオレの三大得意技のうちの一つだ。
「悪かったな」ってのは、「運が悪かったな」って意味で、オレ自身はこれっぽっちも悪かったと思ってないから、オレのプライドも傷つかないし、相手も勘違いして納得する。万事オッケーだ。
ちなみに残りの二つは「体調のせいにする」と「社会のせいにする」だ。
「勇作、オマエやっぱ良い性格してんな。ゴッチンもミカンくらいまた買ってやるから」
あ、オレの得意技なんか比呂子さんはお見通しだった。
けど、その言葉でゴッチンとやらも多少は落ち着いたようだ。
「てゆーか、あんたいったいなんなのよ?」
「あー、ゴッチン、お父さんかお母さんは何時頃帰ってくる?」
「ごっちんゆうなー、それと、こどもあつかいすんなー!!!」
「…………」
いや、どっから見ても小五ロリだが。
まあ、メンド臭くなってきたのでスルーで。
「バイト募集の張り紙見たんだけど」
「あんたがー!?」
「だから最初にそう説明しただろが」
目を見開く少女にヒロコさんが呆れ顔でツッコんだ。
代名詞だらけのあれで説明したつもりだったんだ……。