間章1-2 体験バイトの後で2
先ほどから一時間以上、六畳間には会話もなく、比呂子がプレイするゲームの8bitエフェクト音が時おり響くのみ。
ゴッド子の視線はブラウン管テレビに向けられているが、ゲームを観ているわけではなかった。彼女の脳裏みに映し出されていたのは異世界――今、まさに勇者体験中の勇作の姿だった。
『異世界、勇者、魔王』
三題噺ではないが、ほとんどの人がこの3つのキーワードから思い浮かべるのは、いわゆるテンプレ的な『剣と魔法のファンタジー風世界』だろう。
だが、勇作はそうではなかった。異世界は勇者の意識に強く影響を受けて創造される。砂場で幼女魔王と遊ぶ勇者――それが勇作の抱いたイメージを一番抽象化させた異世界だった。
これはゴッド子にとっても驚きだった。第一印象からしてヘンな奴だったが、比呂子の言葉もあって、ひょっとして勇作ならば――と期待させるだけのなにかを感じた。感じてしまった。
勇作以前にもこの部屋に来たのは十人くらいいた。だが、彼らはみな『体験バイト』を突破できなかった。
それに……その前のことを思い出すのはゴッド子にとって、今でもツラいことだ――。
「あっ」
「終わったか?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと様子見てくるわ」
「うん、ひろちゃんお願い」
それにしても、ひろちゃんがいる日でよかったな、と風呂場へと向かう比呂子を見送りながらゴッド子は改めてそう思った――。
「うわっ」
風呂場の方から比呂子の大きな声がした。
「どっ、どうしたの?」
「ごっちん、こっちに来てみ」
「えっ!?」
ゴッド子は慌てて立ち上がり、風呂場へと向かった。
浴槽に入ったままの勇作は意識をなくしたまま、静かに涙を流していた。
「さわってみ」
「うっ! 冷たっ!」
湯気の立ち上る浴槽に浸かっているのに、勇作の身体は芯から冷え切っている。
あっちの世界でずぶ濡れになったからだ――ゴッド子はすぐに思い当たった。確かに、あっちの世界での出来事はこっちの身体にも影響を与える。それにしても、ここまでのレベルは普通考えられない。
「俺が運ぶから、ごっちんは蒲団の用意しな」
「う、うん。お願い」
ゴッド子はこたつを片づけ、蒲団を敷いた。
宿泊客は想定していなかったので、蒲団は一組しかない。
今夜どうしようかと悩んでいると、比呂子が勇作を運んできた。女性なのに、お姫様抱っこがやたらと似合っている。
そっと蒲団に降ろされた勇作に掛け布団を掛けようとして、ゴッド子の指が勇作の肌に触れた。その冷たさに、思わず手を引いてしまう。
「ごっちん、いいこと教えてやろうか?」
「えっ、なに?」
「雪山で遭難したときは人肌で暖め合うらしいぜ」
「えっ!? ちょっ!?」
「んじゃ、帰るわ。後はよろしくー」
「ちょっと、ひろちゃん――」
ゴッド子は比呂子の提案にうろたえているが、当の比呂子は「んじゃ、ばいばーい」と後ろ向きで手を振りながら立ち去ろうとする。
「あ、そうだ。ごっちん――」
今さら思い出したかのように振り返って切り出した比呂子は、今までとは違って真剣な表情をしていた。
「な、なにかな?」
「アイツのことは、もう割り切ったのか?」
「――――」
ゴッド子はハッと息をのんだ。
「大切なのは過去じゃなくて今だぜ、ごっちん」
「――――」
「んじゃな」
比呂子は、今度こそ躊躇もなく部屋を出ていった――――。




