1-6 カミングアウト
バイト募集主の神野さんとやらは全然帰ってこなかった。
けど、当初の目的なんかどうでもよくなってたから、そんなことまったく気にならなかった。
もともとこの先のプランなんかなんにもないし、帰るべき場所もない。すべては成り行き任せだ。
それに、彼女との会話をオレ自身結構楽しんでいた。
結局、小一時間ほどこたつに入ってビール飲みながら、ゲームしてる彼女とダラダラ会話して過ごした。
名前は恩納比呂子。
オレより年下。
ありえないくらい胸がデカイ。
彼女について分かったのはそれくらいだ。
だらしない格好とダメ人間オーラのせいで、最初は気づかなかったけど、落ちついてじっくりと眺めてみたら、滅茶苦茶美人さんだった。
すっきりとした輪郭の顔にキリッとした吊り目で、綺麗というより凛々しくてカッコいい。年下なんだけど貫禄があって、思わず敬語になっちゃう。
過去の人生でこんな美人さんと会話したことなんかもちろんない。
というか、女性と話した経験すらほとんどない。
けど、なぜか緊張したりせず普通に話せた自分に驚きだ。
数年ぶりに酔っ払ってるせいかもしれん。
比呂子さんは自分のことはほとんど話してくれなかったので、オレが一方的にしゃべってた。
最初のうちは、聞き流されてたけど、オレの境遇や世間への愚痴を語っているうちに、同じダメ人間臭を嗅ぎとってくれたのか、だんだん相槌を打ったり、一言二言返してくれたりするようになり、気づいたら結構親しげに話し込んでいた。相変わらず彼女はゲームしながらだったけど。
会話の盛り上がりに合わせて、最初はみかんをツマミにチビチビと舐めるように飲んでいたビールも段々とペースが上がっていき、オレは結構酔っ払ってしまった。比呂子さんは終始変わらず浴びるように煽りっぱなしだったけど、これっぽっちも酔っ払ってるようには見えなかった。
何度か冷蔵庫にビールを取りに行ったが、冷蔵庫にはビールがギッシリと詰まっていた。他にはなにも入っていなかった。
取っても取っても、冷蔵庫の中のビールが減っていない気がしたけど……。
うん、きっと、酔ってるせいだな。オレの気のせいに違いない。
深く考えるのはやめておこう……。
そんなわけで、比呂子さんが話しやすい相手だからか、オレが酔っ払いすぎたからか、ついつい余計なことまでカミングアウトしてしまった……。
「なんか、比呂子さんって話しやすいですよね」
「そうか?」
「オレ、女性と話すのあんま得意じゃないんですけど、比呂子さんはなんか平気なんすよね」
比呂子さんは咥えてたタバコを揉み消し、コントローラを置いて、オレの方へ身体ごと向き直った。
そして、オレの目を射抜くようにまじまじと見つめた。今まで、チラチラとこっちに顔を向けることは何度かあったが、こんなに凝視されたことはなかった。
初めて彼女の顔を真正面からちゃんと観察できた。
やっぱり、客観的には相当な美形だ。ちゃんとした格好をすれば、モデルさんって言って通用する。
「それは俺に女の魅力がないって意味か?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「勇作、オマエ童貞だろ」
「えっ、ちがっ」
「ん?」
とっさに誤魔化そうとしたけど、比呂子さんの鋭い視線には逆らえなかった。
「……ち、ちがいません」
なんでわかったし。
さては魔法使いか?
って魔法使いなのはオレの方だった……。
神野さんとの関係やバイト内容なんかについても聞いてみた。
でも、それについては全く話してくれなかった。
ただ一言だけ「あー、オマエ素質あるから、大丈夫だ」だって。
引きこもりのホームレスニート童貞にどんな素質があんだよ。
なにが大丈夫なんだよ。ホントに魔法が使えるようになったのか?
そう思ったけど、どうせ聞いても応えてくれないだろうからオレは黙り込むしかなかった。
ちょうど手持ちの缶が空になったので、もう一本取ってくるかと腰を上げキッチンに向かったところで、玄関のドアが開き、
「ひーろーちゃ~ん、たっだいま~♪」
小学生高学年くらいの女の子と目が合った――。