11-15 純粋な理由
「ねえ、ゆーさく。こっち向いて」
「……はい、なんでしょう?」
不安と恐れ、そして、ちょっとした期待。
顔を上げると、そこにはやはり美しいひろちゃんが。
せっかく治まりかけていたのが、また少し復活する。
「ツラい?」
「はい。ツラいっす。ものすごくツラいっす」
今のオレは、本能を理性で強引に押さえつけている状況だ。
生物としての極めて不自然な状態。
ツラいわけがない。
「そうだよね。ツラいよね」
「……うん」
「ガマンできる?」
「…………」
どう答えるべきか、すぐには分からなかった。
さっきよりは多少落ち着いてきた現状、ガマンできないことはない。
でも、もしかして「できない」って言ったら許してくれるかも……。
「不公平だと思わない?」
「…………??」
なにが?
血液が過疎気味の脳みそを懸命に働かせる。
オレだけがツラい思いしてる、って意味か?
その意味では、おっしゃる通り、不公平だ。
でも、そういうことじゃないんだろう。
では、なにが?
「あのね――」
質問の意図をはかりかねていると、ひろちゃんは語りだした。
「ずっとガマンしたんだよ」
「…………」
「ゆーさくは途中で酔いつぶれちゃったけど、それでも、『早く、目を覚まさないかなー』って期待してたんだよ」
「えっ!?」
「ワタシだって、一晩中ずっとガマンしてたんだからね」
もしかしてっ!!!
オレは勘違いしていたのか?
うん。そうだ。
今のひろこちゃんの言葉だと、それ以外ないじゃないか。
オレをラブホに連れ込んで素っ裸にすること――その理由を、どうやらオレはまったくの誤解をしていたんだ。
デートの途中で酔いつぶれたことへの仕返しのイタズラでこんなことをしたんだと思い込んでいた。
いつも突拍子もないイタズラをする彼女のことだから、スッポンポンにする理由も特になく、どうせ「オレが驚く顔が見たくて」くらいに考えていた。
だけど、違ったんだ。
別にひろちゃんは、イジワルしたわけじゃない。
単に、もしオレが夜中に起きたら、デートの続きができるようにって――そういう純粋な理由だったんだ。
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うぎゃーーーーーーー!!!!!!!
なに、朝まで眠りこけてんだよッ!!!!!!!!
ばかばかばかばかばかばかばかばか!!!!!!!!
なんて、もったいないことしてんだよーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
自分のマヌケさ加減に死にたくなる…………。
「だから、今度はゆーさくの番。ガマンできるよね?」
「……は、はい」
今度は疑問の形を借りた命令だった。
一晩期待して待っていてくれたひろちゃんのことを思うと、オレには選択肢はなかった……。
「じゃあ、お・あ・ず・け」
「…………はい」
正座しているオレの頭を、ひろちゃんが優しく撫でてくれる。
上から見下ろす彼女の笑顔は慈母のようで、なぜか、そのせいでビンビンになってしまった。
「帰ろっか」
「……うん」
ひろちゃんにうながされ、オレは立ち上がる。
すごい立ちづらかった。どっかが立ってるせいで。
そのどっかをひろちゃんがじっと見つめる。
「次の機会があるときまで、いっぱいガマンしといてね」
ひろちゃんが意地悪そうにニヤリと笑う。
これ、ほんとツラいよ…………。