1-2 イナズマ・ターン!!
「うーん、ここか……」
オレはスマホも持ってないし、見知らぬ人に道を尋ねるほどのコミュ力もない。
だから、電柱の番地表示を頼りにチラシの住所を探しまわった。
交番で聞けよ、とツッコまれるかもしれないが、よく考えてみろよ。
髪は伸び放題、長年日に当っていない不健康極まりない顔色の薄汚れたトレンチコートの男がそんなことしたら、
「ところで、キミ名前は? 住所は? 仕事はなにしてるの?」
って職質モードに突入するの確定的に明らかじゃねーか。
こういう仕事熱心なお巡りさんたちのおかげで日本の治安は守られてるんだ。感謝感謝。
だからって、気弱そうなヲタをターゲットにして点数稼ぎするのは止めような。そういうの違法だって判例あるからな。
ちなみに、あまりしつこい場合は110番すればいいってネットに書いてあったですしおすし。
結局、たっぷり三時間は歩いた。
もちろん、時計なんていう贅沢品はもちろん持ってない。
あくまでオレの体感でだ。
それも長年のニート生活で完全に壊れきった体内時計だから全く当てにならんかも知らん。
ニートしてると時間とかまったく気にしなくなるからな。
予定なんかなにもないし。眠くなったら寝る。起きたくなったら起きる。それだけだ。
結局、チラシに書かれていた住所にたどり着いたのは日も暮れかけた夕時だった。
そこには『ワキト荘』の名にぴったりの、いかにも昭和臭全開の古びて朽ち果てつつある二階建ての木造アパートが建っていた。しかも、漂っているネガティブ・オーラがパない。
――小学生の頃によく遊んだ公園。
そこのベンチに日がな一日座っている小汚いオッサンがいた。
オレたちはヤベちゃんって呼んでた。
ヤベちゃんはなにをするでもなくベンチに腰掛けてボーッと地面を見つめていた。
時折、訳の分からない奇声を上げたり、落ち武者みたいなざんばら髪を掻き毟ったりしてただけだ。
子供たちはみんな「近づいちゃいけません」って親から言われていたが、そう言われると余計にちょっかいを出したくなるのがワルガキってもんだ。
そんな時ヤベちゃんは大声で叫びながら、真っ赤な顔して髪振り乱してワルガキどもを追いかけた。
でも、直ぐに息が上がってしまうヤベちゃんはいつもワルガキを捕まえられず、そのことでさらにからかわれていた――。
そんなヤベちゃんをつい思い出してしまうほどの淀み具合だった。
なにこの「人生の終着駅(負け犬コース)」みたいな場所……。
さすがに長時間歩き回って少しは冷静になってたオレは、そのままUターンして帰りかけたが、三歩進んでからどこにも帰る場所なんかないことに気付いて、もう一度向き返り、ボロアパートをしばし眺めた。
「…………。しゃーねー、行くしかねーか」
よく考えりゃ、今のオレにはぴったりじゃねーか。
ここから去ったところで、どっちみちヤベちゃんになるくらいしかオレには残されてないじゃねーか。
そう思い直したオレはワキト荘に向かって再び歩き出した。
こういう場合はなんて言うんだ? Nターン? Zターン?
いや、なんか格好良さそうだからイナズマ・ターンと呼んでおこう。
というわけで、オレは新たな道を求めて華麗にイナズマ・ターンを決めた――。