1-1 勇者募集中!
十二月の木枯らしが吹きすさぶ街中。
トレンチコートの立てた襟に顔をうずめながら、オレはあてどもなく彷徨い歩いていた。
ポケットの中を弄り、溜息を一つ。
オレの過去は詮索しないでくれ。
男には他人に知られたくない過去があるものだ……。
――ぎゅるるるるるるるぅ。
ハードボイルドを気取るオレの腹が大きく鳴った。
武士は食わねど高楊枝。
空腹こそハードボイルドだ。
そうカッコつけていたいけど、あまりにも腹減りすぎてもう無理だ。限界だ。
ハードボイルドごっこ終了~。
オレは真野勇作30歳。
職業無職。住所不定。童貞。所持金38円。
本日デビュー仕立てのホヤホヤのホームレスだ。
昨日までも似たような立場だったが、それでも屋根の下で眠ることができた。
でも、今日からはそれも叶わない本物のホームレスだ。いぇい!
――そもそもの始まりは三ヶ月前のことだ。
それまで実家で長年引きこもりニートをやっていたんだけど、いつまでも変わらないオレに対し、ついに両親の堪忍袋の緒がブチ切れた。
オレは自室にバリケードを築いて徹底抗戦したけど、両親プラス弟アンド妹連合軍の前に呆気なく陥落。
三十歳の誕生日プレゼント代わりに、十万円の手切れ金だけで着の身着のままで実家を叩き出された。
オレはしょうがなく、ネカフェに転がり込んだ。
この時にやる気を出していたら、また違った結果になったんだろう……。
でも、家を追い出されたくらいでやる気になれるんなら、最初からニートなんかやってない。
三ヶ月間、ネカフェにこもって、マンガ読んで、ネットして、ゲームして、現実逃避していたら、所持金が無くなった――。
そういうわけで、今着ている服と38円だけが全財産のホームレスにジョブチェンジ。
ちなみに、このトレンチコートは、ネカフェの店長さんが客の忘れ物をお情けでくれたものだ。
紙みたいにペラッペラな安物のうえ、前の持ち主の加齢臭が漂う、ハードボイルドからは程遠いやつだが、それでもこれ一枚あるだけで大分寒さをしのげる。
店長さんには感謝している。この恩は必ず返そう…… 出世払いで。
はあああああああ。
ホントどうしよう。
マジで人生終了のお知らせだ。
――トボトボと地面を見ながら歩いていたら、
ゴチン、
思わず顔を上げると、目の前には電柱。
いてえなあ。
電柱までオレをバカにしてるのかよ。
やってらんねえよ。
もうほんとに死んじゃおうかなあ。
そんな事を考えながら電柱を睨みつけたオレは、そこに一枚の張り紙を発見した。
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おいおい、オレをナメるなよ!
こちとら、ダテに三ヶ月もネットで職探ししてたわけじゃないんだぞ!
求人票の見分け方くらいちゃんと分かってんだよ!
分かりすぎてどんな求人票からでも応募しない理由を見つけ出せるレベルだぜ。
「このチラシ、ブラック求人のテンプレまんまじゃねーか!!!」
しかも、勇者とか魔王とか異世界とかふざけんなよ!
普段の俺だったら確実にスルーだ。
けど、この時の俺は腹が空き過ぎていたせいか、頭をぶつけたせいか、逆にオモシレーと思ってしまった。ただ単にヤケになっていただけかもしれんが。
どのみちやることもないし、金もない。その上、今夜寝る場所すらないのナイナイづくしだ。
「――しゃーねーな。オレが勇者になってやんよ。世界を救ってやるよ」
そう意気込んで、張り紙を電柱から力任せに剥ぎ取った――。
つもりだったんだけど、思ってた以上にしっかりと糊づけされていて、角の数センチがちぎれただけだった……。
えー、ナイっしょー?