頭の中に響く声
※主人公の名前を変更しました。ストーリーは同じです。
僕の名前は山田圭介。
私立 夏野高校に通う高校2年生だ。
成績は普通。運動も勉強も、あと見た目も普通。
どこにでも居る一般人、それが僕だ。
今日は7月最後の登校日、明日からは待ちに待った夏休みの始まりだ。
終業式も終わり、現在はホームルーム中。
先生が夏休みの注意事項を読み上げているが、
誰も先生の話なんて聞いていない。
既に皆は明日からの夏休みに思いを馳せ、浮き足立っている。
「夏休みか……何をしようかな」
自慢ではないが、我が家はごくごく普通の中流家庭。
お父さんは普通のサラリーマンで、お母さんはパートをしている。
そんな普通の家庭なので、海外旅行に行ったことはないし、
国内の旅行だってほとんど行かない。
せいぜい、お盆に祖母の家に遊びに行くぐらいだろう。
「はぁ……せめて彼女とか、いたらなぁ……」
彼女居ない暦イコール年齢。
夏休みと言っても、アニメや漫画のような劇的な日々になるわけでもない。
結局、今年もだらだらと過ごして終わりだろう。
そんな時、ふっと頭に声が響く。
『最近は学校のクラスごと異世界に転移するのが流行だよな』
「……?」
周囲を見回すが、特に異常は無い。
聞き間違いだろうか?
『主人公の名前は、山田圭介。
いやいや、駄目だ。
こんな平凡な名前じゃあ、受けないよ。
中二過ぎるぐらいがちょうど良いんだよね。
そうだな……神を斬る最狂の魔王。
神斬狂魔なんてどうだろう?』
なんだこれ?
僕の名前は『神斬狂魔』なんて名前じゃない。
神斬狂魔だ。
あれ?
あれ?
何……だ……これ……
『名前を決めたら、次に決めるのは主人公の境遇だよね。
普通の一般家庭では、つまらないな。
ふむ……神斬狂魔は、幼少時に交通事故で両親と死別しており、
現在は、両親の残した遺産で生活を送る、天涯孤独な少年である』
ふざけるな!!
僕のお父さんもお母さんも……僕が子供の時に亡くなった。
いや、こんな……おかしい。
そんなはずは……
『家庭環境は、こんなものかな。
次は学校での主人公の扱いだな。
やっぱりクラスごと転移するなら、クラスメイトへの復讐は外せない。
とすると……主人公の神斬狂魔はクラスで酷い虐めを受けていた。
クラスメイトだけではない、担任の先生も虐めに加担している』
そんな、僕は今まで一度も……
「がっ!!」
僕の思考は、突如として打ち切られた。
視界が揺らぎ、床に叩きつけられる。
頬が痛い。
なぜこうなったのかは理解できないが、
自分が殴られて、床に叩きつけられたということは理解できた。
「い、痛……
な、なんで……」
「おらぁ、神斬!
先生の話はそんなにつまらなかったか!
ああ!!」
さらに、自分の腹に2度、3度と蹴りが入れられる。
まるで、サッカーボールを蹴るみたいだ。
手加減なんて、まるでない。
「かっ!はっ!!
や、やめ……」
何とか身体を丸め、腹を守ろうとするが、
今度は自分の頭を踏みつけられる。
「あは、神斬のやつ、また先生に殴られてるー」
「うわ、だっせー」
「もう、男子ー。
そんなに笑っちゃ、かわいそうでしょー」
なんで……
周りのクラスメイト達は止めるどころか、
僕の事を指を指して、笑っている。
『神斬狂魔は、いつものように酷い虐めを受けていた。
そんな時、突然、学校中に放送が流れる』
ピンポンパンポーン!!!
頭に響く声の通りに、気の抜けた音が流れると、放送が始まる。
『……私の声が聞こえますか?
私は異世界の女神です。
今、私の世界は、悪魔によって滅ぼされようとしています。
どうか、どうか……私の世界をお助け下さい、勇者様!!』
異世界?
女神?
何を言っている?
訳が分からない……頭が痛い……
すると、1人の男子生徒が窓を指差して叫ぶ。
「おい、窓の外を見ろ!!」
「なんだあれ、ドラゴン?」
「こっちにくるぞ!!逃げろ!!」
「なんだ、ぐぁああ!!」
その瞬間、窓ガラスが割れ、巨大なドラゴンが僕達の教室に侵入した。
黒い鱗で全身を覆われたドラゴンは、体長が2メートル以上はある。
そのドラゴンは、口に何かを咥えていたが、まずそうに床に吐き捨てる。
ドラゴンが咥えていたもの……先生の上半身……は、
僕の目の前に落ちてきた。
「ひぃいいい!!」
床に倒れていた僕は、手足を必死に動かし、後ずさる。
見れば、先生だけではない。
僕の近くにいたクラスメイトも、ドラゴンの突進に巻き込まれていた。
ある者は頭が無く、ある者は手足が曲がり、
ある者は、ドラゴンの足の下で必死にもがく。
「痛い、痛い!!!
助けて、あっがあああ!!」
その生徒もドラゴンが足に力を入れたことで、
ぶちん、と床に落としたトマトのように潰れてしまった。
『さあ、主人公のピンチだ。
ここで主人公の隠された能力が覚醒する。
能力はどうしようか……刀が良いかな、銃も捨てがたい……
防御も大事だよね……バリアもあった方が良いかな。
うん、せっかくだから全部入れよう』
そんなふざけた声が頭の中に響くと、僕の両手には二丁の拳銃が握られていた。
「な、なんだよこれ……?
こんなもので、どうしろってんだよ!」
目の前のドラゴンの口がこちらを向く、その口の奥には炎が揺らめいている。
『ファイアブレス。
その漆黒の龍は、主人公に向けて紅蓮の炎を吐き出す』
ドラゴンの真っ赤な炎が視界一杯に広がるが、
その炎は僕には届かない。
僕の目の前に光の障壁が現れ、炎を防ぐ。
『盾の能力は、遮断。
空間ごと切り取る光のバリアは、物理も魔法も通さない』
「あああああつい、あつい!!!」
「助けてぇああ!!!」
頭の声を掻き消す様に、絶叫が響く。
光のバリアは僕を守ってくれたが、僕の周囲にいた生徒達は守らない。
彼らは、真っ黒い炭になって崩れ落ちた。
炎が効かないと分かったドラゴンは、ゆっくりと僕に近づいてくる。
ドラゴンが大きく口を開ける。
その口の中には、ずらりとナイフのような牙が並んでいる。
あんなものに噛まれたら、死んでしまう!!
「ぁあああああ!!」
無我夢中で手の中の拳銃の引き金を引く。
銃から放たれた弾丸は、すべて命中し、
ドラゴンの上半身を吹き飛ばした。
上半身がなくなったドラゴンは、力なく血の海に沈んでいく。
『拳銃の能力は、必殺。
狙った相手を、必ず殺す。
威力は拳銃のサイズで戦車の主砲すら上回る、さらに弾数は無限』
また、頭の中でそんな声が響く。
もう、何が何だが分からないが、それでも窮地は脱したみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
「か、神斬がやったのか……
た、助かったぁ……」
「でも、どうやって……って銃だ!!
神斬のやつ、銃を持ってるぞ!!」
「その銃があれば!!
神斬、俺にその銃を寄越せ!!」
ドラゴンを倒してほっとしたのも束の間。
クラスメイトが僕から銃を奪おうと、押し寄せる。
『ちょっとフラグ回収速いけど、ここで復讐もしておかないとね。
邪魔なクラスメイトは殺しておかなきゃ』
銃が消え、その代わりに僕の手の中に刀が現れる。
その切っ先は、クラスメイトの方を向いていた。
やめろ!
……いや、何で止める必要がある?
こいつらは、今まで僕をいじめてきたんだ。
挙句に僕に助けられたくせに、感謝をするどころか僕から銃を奪おうとしている。
憎い……殺してやる!!
「っぁあああああ!!」
手に持った刀を一閃する。
その刀は、何の抵抗も無く、クラスメイトの首をはねた。
『刀の能力は切断。
どんな物でも両断し、神さえも切り裂く、最強の刀だ。
刃こぼれはしないし、刀身の長さを自由に変えることも出来る』
そんな声が頭に響く中、
バタバタと周囲に血の雨を降らせ、クラスメイトだったものが倒れる。
ビクビクと痙攣しながら、首から噴水のように血を流す様は、
グロテスクを通り越して、いっそ滑稽だ。笑えてくる。
こいつらの最後には相応しい。
『そして、邪魔なクラスメイトを排除したならば、次はハーレム展開だよね。
戦う力の無い女子生徒たちは、これまでのことを謝罪し、
主人公に絶対の忠誠を誓う。
主人公はとても慈悲深いから、快く謝罪を受け入れる』
「神斬君、いえ、神斬様!!!」
クラス中の女子達は僕の前に跪くと、両手をつき、
額を床にこすりつける。
……所謂、土下座だ。
「今までのことは、どうか許して下さい。
だって、神斬様がこんなにすごいなんて、私知らなかったから……
私の身体、何をしてもいいから、だから許して下さい、お願いします」
そう言うと、女子生徒は制服の上着をはだけさせ、
僕の右腕に抱きつく。
僕の右腕に、柔らかい感触と暖かい体温が伝わる。
鼻腔をくすぐる良い香り、耳には女子生徒の息遣いが生々しく響く。
「ああ、ずるい。
ねぇ、その子より私を守ってよ。
ほら、私の胸、大きいでしょ?
この胸、あたなの好きにしていいのよ……」
別の女子生徒は負けじと、僕の左腕に抱きつくと胸を押し付ける。
その言葉の通り、こちらの女子生徒の胸は大きく、
僕の腕を挟んだ巨乳はグニグニと形を変える。
今までの人生でこんな風に女子生徒に迫られたことは無かった。
両腕に感じる感触の前に、全てがどうでも良くなってくる。
「い、いいよ。
べ、別に、気にしてないし」
「やったぁ、ありがとう。神斬様!!」
「ん、ちゅ……
私の初めてのキスなんだから……
せ、責任取ってよね!!」
『こうして、学校の女子生徒を従えハーレムを築いた神斬狂魔は、
この学校を拠点として、異世界に殴り込みをかける。
人間の国も、悪魔の国も支配下に治め、やがて自分をこの世界に送った女神さえも下僕にする。
……プロローグはこんなものかな』
頭の中に声が響くが、もう、どうでもいい。
多くの女生徒を跪かせ、両脇に控える女子生徒の胸を揉む。
その柔らかい感触を楽しみつつ思う。
「あん……」
「ああ、神斬さま……
もっと……」
彼女達は僕の、いや、俺のものだ。
そして、窓の外に広がる明らかに日本とは異なる大自然を見据える。
彼女達だけではない、この世界も俺のものだ。
「ククク……そうだ。
全部……全部、俺の物にしてやる!!
金も、権力も、女も、この世界のもの全部だ!!!
逆らう者は、皆殺しだ!!!!」
……もう、頭の声は聞こえない。
だが、そんなものは関係ない。
俺の名前は、『神斬狂魔』。
この世界を征服し、全てを手にいれる最狂の男だ。