本当の願い
ざぁっと風が吹き、花びらが舞った。セレナの美しい金髪が舞い上がって、さらさらと元に戻る。
「シャル、何を…」
セレナは戸惑って、声が震えた。
「僕の本当の役目は、君の父親の願いを叶えることなんだ。」
「!?」
シャルの告白に、セレナは驚いて瞳を丸くした。呼吸もうまくできない気がした。
(父さんの…願い…?)
シャルは、言葉を続けた。
「君の父親が亡くなるとき、強い願いを感じたんだ。…だから、僕は、君に父親の最後の言葉を伝えに来たんだ。」
「なにを…だって最後の言葉は…。」
「続きがあるんだ…。」
次々に出てくるシャルの言葉に、セレナは頭が追い付かなかった。
「君をずっと見ていたから、強くなりたいのは知っていたよ。…君は強くなるためなら、自分がどんな危険な目にあってもいいと思っているだろう?…そして、守られるのは嫌だと思っている。」
「それは…」
セレナは、自分の心を見透かされたようで驚いた。
「君の父親の最後の言葉は、『セレナ、強く生きて、幸せになってくれ』だよ。」
シャルの声に一瞬だけ、父親の声が重なって聞こえた。
「…!」
セレナの瞳に自然と涙がたまった。
「父さん……」
セレナは膝をついて、大粒の涙をこぼした。いっぱいに咲いている花の上に、涙が降り注いだ。
「君は強くなりたいって想いが強かった。だから、すぐにこの言葉を伝えるよりも、この景色を見せて、美しいものを美しいと思うことができる君の心の美しさを知ってほしかった…それからでも遅くないと思ったんだ…。」
シャルはゆっくりと、セレナの前に近づいてひざまづいた。
―ぽんっ
「…!」
泣いているセレナの頭をシャルは優しくなでた。
「ごめん、セレナ…。」
シャルが申し訳なさそうに言った。するとセレナはゆっくりと顔を上げた。
「…ありがとう。」
「!」
セレナの言葉にシャルは驚いた。セレナはじっとシャルを見上げる。
「父さんの本当の願いを知ることができてよかった。私は…父さんが守ってくれた私を、大切にするべきだったんだな…。」
「セレナ…。」
シャルはゆっくりと笑った。
(その言葉で僕は、救われたよ…。)
―ふわっ
「!…シャル?」
突然シャルの体が、白く光り始めた。
「どうした…?…魔法か…?」
セレナは思わず、シャルの服の袖をつかんだ。根拠のない不安がセレナを襲う。シャルは両手を伸ばして、セレナの頬を包んだ。
「よく聞いて?セレナ。」
優しく語り掛けるシャルの声。セレナはじっと見つめる。
「僕たち妖精は、〝願いを叶えると役目を終える〟んだって。どうやら…消えてしまうみたいだね。」
シャルはいつも通りの笑顔で言った。
「消えるって…そんな…シャル!」
「もう時間がない。セレナ、これは願いとは関係ない、僕だけの気持ち…。」
さらに光が強くなる。
「君は魅力ある女性だ…僕は君に恋をした。」
「シャル…?」
セレナはシャルに顔を近づける。
「…好きだよ。セレナ。」
「!」
ぱぁっと光が舞って、セレナは一瞬、目を閉じた。
「…シャル?」
瞳をあけると、そこにはセレナしかいなかった。
「シャ…ル…」
光となってシャルは消えてしまったのだ。
「嘘…だろう…?シャル…」
すると、光の粒がセレナの周りに集まってきた。
「なんだ、これ…」
再びセレナが目を開けると、そこは、山の入り口だった。
「あれ…?ここは………シャル…うぅっ…」
セレナは再び涙があふれてきた。
(シャル…シャル…)
セレナの頭に、シャルとの記憶がよみがえる。
『…好きだよ、セレナ。』
セレナは、地面に伏すようにして泣いた。
(何をやっていたんだ…私は…。)
シャルの笑顔が浮かんだ。
(私はとっくに…シャルのことが…。)
セレナはひとしきり泣いた。涙で水たまりができるのでは、と思うほどに泣いた。
(シャルは…もう…?)
「あ……。」
そのとき、セレナは何かに気が付いた。
「言い伝えは…『村の隣の森に、願いを叶えてくれる妖精がいるの。その妖精は、願いを叶えると…』続き…続きは……そうだっ!」
セレナは急に走り始めた。どんどん走って、石につまずきながらも必死に走った。
(シャル…!)
―バンッ
「母さん!」
「あら?おかえりなさい、セレナ。」
そこはセレナの自宅だった。
「母さん!今すぐあの言い伝えをもう一度教えてくれ!」
「?…どうしたの?」
「いいから!」
「?…いいわ。『村の隣の森に、願いを叶えてくれる妖精がいる。その妖精は願いを叶えると…役目を終えて、最後にともにいた者と初めて会った場所で、人間として戻ってくる』よ。最後にともにいた人って、ほとんどは願った人なんでしょうけど…。」
(出会った場所…?)
セレナは希望が見えた気がして、扉に向かった。
「母さん、ありがとう!」
「えぇ…」
セレナが出て行ったあと、母親はきょとんとしてから微笑んだ。
(シャル…!)
呼吸ができないほどに走った。
(言い伝え通りになるとは限らない…でも…!)
走って走って、そして、シャルに出会った森の中へたどり着いた。
「はぁ…はぁ…。」
セレナは肩で息をする。
(頼む…!)
必死にあたりを見回すも、探している姿は見当たらない。
(ダメなのか…?もう、会えないのか…?)
セレナは下を向いた。
「もう…会えないのか…?」
また、涙が出てきた。ぽたぽたと地面を濡らす。
「…セレナ?」
「!」
聞きなれた声に顔を上げる。
「大丈夫?泣いてるの?」
目の前にいたシャルは、ひざまづいてセレナの涙をぬぐった。
「…シャル!」
セレナは思わずシャルに抱き付いた。
「セレナ…?」
泣きじゃくるセレナをなぐさめるように、シャルは頭をなでて優しく抱きしめた。
「う…ぅぅ…」
「セレナ…僕は一体どうしたんだろうね…?」
シャルは不思議そうに言った。
「消えてしまったと思ったのに…?」
「人間になったんだ。…言い伝え…母さんに聞いてきた。正しい言い伝えは『村の隣の森に、願いを叶えてくれる妖精がいる。その妖精は願いを叶えると…役目を終えて、最後にともにいた者と初めて会った場所で、人間として戻ってくる』だったんだ。だから…シャルがここにいるかもって思って…。」
シャルは緑にきらめく瞳を丸くした。
「僕が人間に…?」
思わずシャルは、試すように手を動かしてみた。
「シャル、私はシャルに伝えたいことがあって…。」
セレナはシャルに向き合って、じっと見つめた。シャルも、ゆっくりと微笑んだ。
「なに…?」
セレナは震える唇でそっと囁いた。
「シャルに二度と会えなくなるかもって思って、やっと気づいた。私もずっと…ずっとシャルを好きだったんだ。」
二人はじっと見つめあった。
「セレナ…」
そういうとシャルはそっとセレナに口づけした。
「!」
セレナは驚いたが、静かに瞳を閉じた。
「私の家で共に暮らそう、シャル。ずっと一緒に…。」
セレナが言うと、シャルは驚いてから微笑んだ。
「そのプロポーズ、お受けいたしましょう。セレナ姫。」
「なっ…!プロポーズ!?」
「あれ?違うの?」
照れて焦るセレナにシャルは悪戯っぽく微笑んで見せた。
「それは…その…!」
「さ、連れて行ってよ。セレナの家に…。」
差し出されたシャルの手に、セレナはおずおずと手を重ねて、握った。
二人は仲良く村に戻っていく。
女狩人と妖精の不思議な出会いの物語。
二人の願いが、一つになった。
(ずっと一緒にいよう…大切な君と。)