修行
翌日の朝。
二人は再び森の中を進んでいった。五合目以降は植物による防壁はなかった。
「セレナ。どうして植物が少なくなったと思う?」
シャルは前を進みながら聞いた。
「…それを食べる者がいるからか。」
「ご名答。」
―キョエエェ!
「!」
シャルの言葉と同時に、不気味な声がした。
「ほら来たっ!」
―キィィイン…
シャルは魔法で獣を弾いた。
「なんだあれは!?うさぎか…?」
セレナも剣を抜き、構えた。目の前にいたのは、1メートルほどのうさぎ。
「むちゃくちゃな…」
「さぁセレナ。修行の本番だよ?」
シャルは、くるりと振り返ってふんわりと微笑んだ。
「たぁっ!」
セレナは素早くうさぎに攻撃を仕掛けた。うさぎも鋭い爪で攻撃してくる。セレナは落ち着いて身をかわす。
―ガンッ
「キェ!?」
セレナはうさぎの足を蹴って、体制を崩させた。
「せやぁー!」
うさぎに向かって剣を振りおろす。
―シュンッ
「あ!」
うさぎは地面についた途端にセレナの攻撃を回避した。瞬間、うさぎがセレナに突進してきた。
「くっ…!」
―キィィイン…
セレナの目の前でうさぎが跳ね返った。
「シャル!手出しは…」
「まだ倒してないよ、セレナ。」
起こるセレナに、シャルは意に返さないように答えた。
「たぁぁ!」
「キョェェエェ!」
セレナがうさぎに剣を振りおろした。うさぎは不気味な叫び声をあげた。
「セレナ、やったね!」
シャルが嬉しそうに言った。セレナは息を切らしながら剣をしまいシャルを睨んだ。
「修行だろう?…手出しはしないでくれ。」
「僕がバリアしなかったら、君はどうなっていたでしょう?」
「ぐ…」
シャルが楽しそうに言うと、セレナは眉をピクリと動かした。
「……。」
沈黙が二人を包み、睨み合った。セレナはじっと鋭い目線を送り、シャルは受け流すように柔らかに視線を送った。
「君の願いを叶えるのが、僕の役目なんだから、君がピンチの時は力を貸すに決まっているだろう?」
セレナはまだじっと睨みつけていたが、やがてゆっくりと瞳を閉じた。
「……守られるのが嫌なら…悔しかったら強くなれということか…。」
「セレナ……。」
シャルはセレナの言葉に、悲しいような表情をした。
―ガサッ
「!」
物音にセレナは剣に手をかけた。
「キョエェエェ!」
「な…またうさぎ・・・!?」
セレナが驚きの声を上げる。
「あぁ、あのうさぎは群れで生活するからね。」
シャルは何事もなかったように、うさぎの攻撃を避けながら言った。
「それを早く言え!」
セレナがうさぎを弾いた。
「確か…四、五十匹くらいの群れだったかな…」
「なんだと!?なぜ黙って…」
―パシッ
「は?」
いきなりシャルがセレナの手を取った。
「逃げるよ!セレナ!」
ぎゅっと手を握って、シャルが走り出す。
「おいっ!」
セレナも置いて行かれないよう、しっかりと手を握った。
二人は全力で走った。
うさぎたちはしばらく追ってきたが、だんだんとあきらめたように森へ戻っていった。
「はぁ…はぁ…。」
「…ここまでくれば…大丈夫みたいだね…。」
二人は息を切らしながら立ち止まった。森に静けさが広がり、二人の息づかいがより大きく感じられた。
「でも、逃げ切ることができてよかった。」
セレナを見て、シャルは安心したように言った。
「まったく…ああいった事は、先に言っておくべきだろう。」
そういってシャルを見ようとしたセレナは、手がつながれたままであることに気が付いた。
「!」
―パシッ
セレナは、シャルの手を払った。
(…!…手が…熱い…!)
鼓動が、自然と感じられるほどに大きくなった。
「これは…失礼…!」
シャルは少し焦ったようにハットを取って、謝った。
(シャル…?)
しかしそれは一瞬で、シャルはいつもの余裕ある微笑みに戻った。
「さ、行こ?セレナ。」
「あ、あぁ…」
セレナはシャルの後をついていった。
(あ…私…)
セレナはふと、手をつなぐなんていつもなら怒っていたのに、と自分で不思議に思った。
(女扱いなんて、嫌いなはずなのに…)
それから二人は、黙々と山頂を目指した。何匹か巨大な獣と出会い、セレナは必死に戦った。危険な場面では、シャルが助けていたが次第に助ける回数も少なくなっていた。
植物をかき分ける必要がないため、二人はどんどん進み、九合目も終盤に来ていた。
―ズゥゥン!
「セレナ、怪我は無い?」
「あぁ。」
セレナは剣をしまった。戦いを重ねてきたためか、セレナの髪や服は汚れてしまっていた。しかし、セレナはさっと金髪かきあげて、結い直した。
「あ…光が…」
前方にシャルの魔法ではない光が差し込んでいた。
「もしかして…」
―タッ!
セレナは走り出した。
「セレナ!」
シャルも後を追っていく。さっと太陽の光が差し込み山頂を照らしていた。
「ここは…!?」
セレナはその美しい瞳に景色を映した。
色とりどりの花がたくさん咲いている。まるで花のじゅうたんのようで、ふんわりとした甘い香りが漂う。その中心に、白く美しい噴水があった。
「ここが妖精の泉だよ。」
シャルは、ゆっくりと言った。
「美しい…」
セレナは、瞳をキラキラとさせて見回した。二人は中央の噴水に向かって歩いた。迎えるように、さわやかな風が吹きぬけた。白い噴水から湧いて出る水は清らかで、光を浴びてキラキラと輝いている。セレナは、心が癒されるような心地がした。
「たどり着いたな。シャル。」
「…そうだね。」
シャルは答えづらそうにして言った。
「これで…修行の旅は終わりだね。」
セレナは返事をしなかった。
(結局、私は…最後までシャルの助けを借りていた…しかし多くの戦いをしたことに変わりはない…)
黙り込んで、考える。
「シャル。私は…強くなれたのか……?」
セレナは、水色の美しい瞳で遠くを見つめた。
(〝君自身の力で〟願いを叶えるといっていたな…私の力では、ここまでということなのか…でも…)
「ありがとう。シャル。」
「!」
セレナは、美しく微笑んで言った。シャルは、切なそうに表情をゆがめた。
「私の力では…まだシャルの助けなしでは、この山に住む獣を倒せなかった。けれど、いつもの狩りをするくらいの力はついた。強く…なれたんだ。だから…。」
「セレナ…。」
「だから、ありがとう、シャル。」
「セレナ!」
シャルが大声で遮った。セレナは驚いて、言葉を止めた。
「シャル…?」
不思議そうな顔をして、セレナは下を向いているシャルを見上げた。
「僕の役目を、話す時が来たんだ。聞いて…くれるかい?」
シャルは、悲しそうにそっと笑った。
「役目…?」
「僕は君に嘘をついていた。」