心
「着いたよ。」
丁寧にセレナを下したシャルは、山道の入り口を見た。セレナはシャルの視線を追った。
山道の入り口には、白く太い柱が、二本立っている。
「暗いな…」
うっそうと茂る木々に、セレナはつぶやいた。
「この山ではね、妖精の泉の不思議な力で、生物の成長が急速に進んでいるんだ。」
「…だから、人の力のみでの突破は不可能というわけか…。」
「そういうこと!」
シャルは、白い柱に触れる。
―ふわっ
「…柱が……!」
柱が青白く光った。セレナは、瞳にきらきらと光を映した。
「なんだ、これは…!?」
「僕が来たことを知らせたのさ。…そして、ほら…。」
ぽうっと鮮やかな光が、木々に実がなるように宿った。
「森が明るく…?」
「真っ暗なままじゃ、進めないからね。…それに、綺麗でしょ?」
シャルは笑っていった。
「あぁ…美しいな…」
シャルの言葉に、森を見渡したセレナは、かすかに微笑んでいった。それはとても優しくて、美しい表情で、シャルは驚いて見つめた。
「?…どうした?シャル…?」
セレナは、無表情に戻って聞いた。
「え…あぁ。何でもないよ。それじゃ、行こうか。」
驚いたことを隠すでもなく、シャルは再び笑い返して、セレナを見た。二人は山の中に入っていった。
二人は、何時間も何時間も登って行った。
―ガサッ…ガサガサ…
「おい…」
「セレナ、大丈夫…?」
「こんな道だとは聞いていないっ!」
セレナは大声で言った。二人が進んでいる道はセレナの胸の高さまで成長した植物がうっそうと茂っていた。セレナは植物をかき分けて必死に進んでいった。
一方、シャルは身長がセレナより20センチほど高いので、気に留めずに進んでいける。
「…ごめんね。こんなに成長していると思わなかったんだ。」
振り返って申し訳なさそうにしているシャルに、セレナはなんだか決まりが悪くなって、目線をそむけた。
「…ま、まぁ、お前が謝ることではない…その…すまない…」
(私の修行に付き合ってもらっているのだった…文句を言っている場合ではない…)
セレナはそっと、シャルを見上げた。すると、シャルは笑って言った。
「大丈夫だよ、セレナ。僕は君の願いを叶えるのが役目なんだから。…僕は何があっても君と一緒にいる。」
―ぽんっ
「!」
シャルは、優しくセレナの頭をなでた。
「さ、頑張ろう?セレナ。」
「……。あぁ。」
セレナは撫でられたことに驚いて、反抗できなかった。
(なんなんだ…あいつは…)
シャルの手があった場所を自分の手で触れてみる。
「女扱いするなと言ったのに…」
ほんの少しだけ、セレナの頬が赤くなっていた。
「セレナ!見て!」
「?」
シャルのほうを見ると、木の札が立っていた。
「五合目…。」
「やっと…半分…だね!」
ぱぁっと表情を明るくさせて、二人は顔を見合わせた。
「セレナ、頑張ったね!」
「!…いいや…そんなことは…」
シャルの笑顔に、セレナは急に真っ赤になった。
(?……こいつの笑顔は…苦手だ…!)
セレナは、シャルから顔をそむけた。シャルは不思議そうにセレナを見ていた。
「セレナ、今日はこの辺で休もう?…こんな森の中じゃ時間なんてわからないけれど、実はもう夜にになる頃だよ。」
「もっ、もうそんな時間なのか…?」
セレナは驚いて言った。
「あぁ、もうこの森の気温も下がってくるはずだよ…あの木の中で休もうか。」
シャルはそう言って、木の中へと入っていった。そこは、巨大な木のうろになっていて、休むには丁度良い大きさであった。セレナもシャルに続いて木の中に入る。
「さぁセレナ。何が食べたい?」
シャルは、ステッキを取り出して楽しそうに言った。
「何って…私は、パンと果物しか持ち合わせていないぞ…?」
不審そうにセレナが聞くと、シャルは悪戯っ子のように笑った。
「妖精の力を忘れたかい?」
―くるっ
シャルがステッキを振ると、小さめのテーブルとイス、そして毛布が出てきた。
「こんなこともできるんだな…」
「これは僕の持ち物さ。魔法で取り出すことができる。…じゃあ、夕食は…。」
シャルは外に向かってステッキを振った。
「何が起こるんだ…?」
セレナが問うと、シャルは外を指さした。
「?…なんだあれは!?」
穴の中に向かって、いくつかの果物が飛んできた。
「この森には果物が豊富でね…呼び寄せただけさ。野菜も呼んでみようか?」
次々に食料が運び込まれ、セレナは驚くばかりであった。シャルは次々にステッキを振る。
「すごい…。」
野菜も果物も、踊るようにカットされ、皿に乗るものスープの、鍋に入るもの、様々だった。セレナは、シャルのステッキと不思議な空間をうっとりと見つめていた。
「セレナ。おまたせ。スープ出来たよ。…セレナ?」
「美しいな…」
セレナは突然、シャルに言った。それは、シャルにとっては予想外の言葉であった。
「…シャルの力は美しいよ。」
セレナは瞳をキラキラとさせて、シャルを見つめる。
(セレナ…)
シャルはきょとんとして見つめ返す。そして、ふんわりと笑った。
「ありがとう、セレナ。」
夕食をとった二人は、毛布を用意して寝る準備をする。
「くしゅんっ!」
「セレナ、大丈夫?」
セレナは寒そうにしながら、毛布にくるまった。
「さすがに夜は寒いな…」
―ふわっ
セレナにもう一枚毛布をかけると、シャルは心配そうに言った。
「セレナ、薄着だったもんね…ごめんね、気が付かなくて…」
「いやっ…でも、これではシャルが…」
セレナはシャルの言葉に戸惑って、答える。
「僕は大丈夫だよ。セレナ、ちゃんとくるまって…?」
「あ…あぁ…」
セレナは毛布にくるまりながら、ちらりとシャルを見た。シャルは目を閉じて、ステッキにもたれかかるようにして寝始めていた。
(……。)
セレナは少し考えるようにしてから、すっと立ち上がった。
「……?どうしたの…セレナ…?」
気配を感じ取ったのか、シャルが目を開いた。
「う…その……。」
驚いたセレナは、少しおどおどしながらもシャルの隣に座った。
「さ……寒いだろう…」
やっと絞り出した一言に、セレナは変にどぎまぎする。
(なんで…こんなに緊張するんだ…続き…続きを言わないと…)
そんなセレナを見て、シャルは察したように笑う。
「ありがとう、セレナ。」
そして、体の半分だけ毛布に入った。
「……。」
二人は並んで毛布にくるまる。
(なんなのだろう…この気持ちは…)
セレナはじっと固まったように動かず考えた。
(最近…不思議なことばかりだったから…落ち着かないのかもしれないな…)
セレナはそっと瞳を閉じた。