旅立ち
次の日。
狩人の大半が、怪我を癒すために休養しているため、狩りは休みだった。しかしセレナは一人でどこかへ出かけて行った。
(みんなは見ていないと言っていた…でも昨日、私を手助けした少年は確かにいた…)
セレナは考えながら、森の中を進んでいく。目指しているのは、昨日の狩り場だ。
(ここへきて、もう一度会えるとは限らない…けれど、あの力は…)
セレナは、少年の不思議な力を思い出していた。
(人間ではない…母さんが教えてくれた、妖精の力かもしれないんだ…だから…)
昨日の狩り場へとたどり着いた。
(もう一度、あの少年に会わなければ…)
日の光がきらめいて、草木を照らしている。昨日の狩りが嘘のように、穏やかな森。
見回すと、人影が目に入った。
「お前…!」
「やぁ。」
光に金髪をきらきらと反射させ、少年は切り倒された木の幹に腰かけていた。森に不似合いなその装いに、黒のステッキが追加されていた。
「怪我をしたほかの狩人たちは大丈夫だったのかい?」
少年は、世間話でもするかのように問いかけた。
「あぁ……おかげで死人は出なかった…」
「それならよかった。」
セレナは距離をとったまま、静かに答えた。
「お前は…一体…?」
セレナは自然と口から核心を切り出した。
少年はゆっくりと立ち上がって、セレナの方へ歩き出した。
「!」
セレナはとっさに剣に手をかける。
―スタン…
「え……」
少年の行動に、セレナは驚きの声をもらした。少年はセレナにひざまずいたのだった。
「僕の名はシャルオット。この森にたった一人の妖精。人の願いを叶えるのが役目なんだ。だから、君の願いを教えてほしい…セレナ・ルーデン…」
「私の名を…!?」
少年―シャルオットは、そのまま静止している。セレナは剣から手を放し、シャルオットをじっと見つめた。
「本物…なのか…?」
セレナはゆっくりと言った。シャルオットはじっとしたまま言った。
「イエス…というより、君が昨日、目にしたものを思い出してもらった方が、説得力があると思うけど…」
シャルオットはセレナを見上げて笑い、立ち上がった。向かい合って見ると、シャルオットはセレナよりも身長が高く、170センチほどに思われる。シャルオットは、セレナの手を取った。
「なにを…」
「この手にかけた魔法を、どうか信じてもらえないだろうか…?」
深く美しい緑の瞳に、吸い込まれそうだとセレナは感じた。
じっと見つめあう。
「……!」
セレナは我に返って、握られている手を見たのち、照れたように手を払いのけた。
「女扱いはやめてもらおう!」
怒ったように言うと、セレナはシャルオットに背を向けた。
シャルオットはふんわりと笑った。
「本当に願いを叶えてくれるのか?」
背を向けたまま、セレナはつぶやいた。シャルオットは、一瞬きょとんとしてから答えた。
「君の願いは何だい…?」
「……。」
セレナは一呼吸おいてから、ゆっくり振り返った。
「私の願いは、強くなることだ。父のような狩人になるために。」
決意した瞳は、美しくきらめき、シャルオットを見つめた。シャルオットは真剣な表情になってセレナを見つめ返した。
「…どうして、お父さんのような狩人になりたいんだい?」
シャルオットの問いかけに、セレナはすぐには答えなかった。思い出すように空を見つめた瞳は、悲しみをかすかに映している。それからゆっくりと、シャルオットに視線を戻した。
「私の父は、私をかばって死んだ。」
鳥の声が響く森に、静かに言葉を発したセレナは、先ほどまでシャルオットが腰かけていた木に座った。
「村に獣が出たんだ。今回のような、巨大な熊だった。この森では、突然変異で巨大な獣が生まれることは、そうめずらしくない…父は私をかばって大怪我をしたんだ。でも…死ぬ直前に言っていたんだ。『セレナ…強く…』と。」
淡々と説明するセレナの美しい顔は、何の表情も映してはいなかった。いつの間にかセレナから人一人分開けたところに座っていたシャルオットは、じっとセレナを見つめていた。
「きっと父は、私に『強くなれ』と言いたかったんだ。だから、私をかばって死んだ父さんの願いを叶えるためにも…女だからって守られたくはない。危険な獣とだって戦う。…強くなりたいんだ。」
セレナの宝石のような瞳は、シャルオットをまっすぐ見つめた。
沈黙が二人を包んだ。
「……」
「…それじゃあ、妖精の泉を目指して修行の旅に出るのはどうだい?」
「……は?」
突然の提案に、セレナは間の抜けた返事を返した。
「ふふっ!僕の力で君を強い狩人にすると思ったのかい?」
「…!だって、願いを叶えるって…」
セレナは余裕たっぷりのシャルオットの微笑みに、きまりが悪そうに口ごもった。
「叶えるさ、君自身の力でね。僕は、そのお手伝い役のようなものと思ってくれればいい。」
シャルオットは再びセレナと向き合うように立ち、右手を差し出していった。
「さぁ、行こう?」
屈託のない笑みに、戸惑っていたセレナは、さらに照れたように目線をそらして、シャルオットの手にパシッ叩くようにして、自分の手をのせた。
「…よろしく頼む。シャルオット。」
名前を呼ばれたことに少し驚いたシャルオットだったが、様子をうかがうようなセレナの視線に気づいて、優しく言った。
「シャルでいーよ。セレナ。」
明朝。
セレナは、出発を約束した場所へ向かっていた。セレナは旅に行くことを母に告げ、出発していた。セレナの母はおっとりとした性格で、セレナのことをよく信頼していたので、「気を付けて」と心からのひとことをかけただけだった。
「やぁ、セレナ。早かったね。」
昨日、シャルに会った場所へ行くと、もう彼の姿があった。
「そうでもない。」
そっけなく答えたセレナに、シャルはにっこりと笑った。
「…ところで妖精の泉とは、どこにあるのだ?…聞いたことのない場所なのだが…」
セレナは、不審そうに聞いた。
「知らないのも無理ないよ…そこは、僕たち妖精にしか知られていない場所なんだ…というのも、人間だけではたどり着けないほどに険しい道と言われていてね…」
シャルは、おもむろに歩き出した。自然とセレナも付いていく。
「この森を抜けると、山がある。ここらでは一番標高が高くて、ふつうは誰も登らないんだ。」
「…その山の頂上を目指すというわけか…」
察しの良いセレナは、シャルの言葉を引き継いだ。
「そういうこと♪」
急に楽しそうに答えた。
「?」
セレナがシャルを見上げると、シャルはにっこりと笑った。
「なんだ…?」
「つまり、この森でする修行は無いってことさ!ちょっと失礼!」
―ひょいっ
「おいっ!」
シャルは、軽々とセレナを姫のように抱き上げた。セレナは抗議の声を上げる。
「なんだこれは!?女扱いは嫌だと…」
「そんなこと言わないで、セレナ。このほうが早いから、我慢してくれないかなぁ?」
そういって笑ったシャルは、軽く地面を蹴った。
―ぶわっ
「う…?」
セレナを抱いたシャルは、木よりも高く跳ね上がった。
「ほら見えた。あの山だよ。」
「!」
セレナは前方に見えた高い高い山をじっと見た。一瞬ののち視界が
不自然に動いた。
「……って…落ちてないか?」
「僕は空を飛べるわけではないからね♪」
「え……」
セレナの美しい金髪が風になびいた。
「…!」
「ははっ!大丈夫さ。」
―トンッ
木のてっぺんの枝を次々に軽く蹴って、シャルは山に向かって猛スピードでかけ向けていく。セレナは通り過ぎていく景色を目で追うことなく、一心に修行の舞台となる山を見つめていた。