あの花束を君に~もうひとつのレジェント 人狼視点
とある狼好き様、作品です。
――雪。
それは、儚い物。
春になると、消えてしまう物……。
――俺は、雪が溶けた春の雪山に立っていた。
涼しい風が吹く。
――……目の前に、棺があった。
回りには、沢山の勿忘草が生えている。
――彼女の、好きだった花だ。
俺は棺に書いてある消えかけた文字―――『SNOW』……、その文字の横に、シオンとミヤコワスレの花束を手向けた。
「……10年ぶり、だな。」
俺は棺に向かって、獣の口を開き、そう言った。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
――彼女と初めて出逢ったのは、寒い、雪の日だった。
彼女は、雪の中立っていた。
……その姿は、あまりにも美しく、幻想的で、儚く見えた。
――俺は、かつて起こった大きな戦争によって撒き散らされた放射能によって生まれた人狼で……、人間じゃ無いから、生き残った少数の人々からは忌み嫌われ、謙遜されていた。
――彼女は、アンドロイドだった。
――『ANDOROID・UN・MODER ・Gー8ー990-100・PROTO-TI P E』
……戦闘用アンドロイド『Gシリーズ』の実験試作機。
……それが、彼女だった。
彼女は、俺の人とは違う頭を見ても、何も驚かなかった。
……嬉しかったんだ、それが。
彼女と過ごした時は、とても大切な記憶として、俺の胸に刻まれている。
――初めていつもと違う、女の子らしい服を着た彼女。
――俺の言葉を不思議そうに聴く彼女。
――命令を破り、俺と崩れた研究施設を出ると自身で決めた彼女の、ぎこちない笑顔。
……あれほどに美しい物は、恐らくこの世界には存在しない。
――彼女と一緒にいたい。
それは俺にとって、初めての感情であった。
――しかし……。
彼女は山を出てしばらくして、少しずつ元気を無くしていった。
「顔色が悪いよ。」
ふとした俺のその言葉に彼女はこう答えた。
「バッテリーがそろそろ切れる。」
「人狼さんだけは、生き残って。」
……と。
俺は彼女に聞いた。
「バッテリーを補充するにはどうしたらいいんだ?」
……と。
それには、あの隔離地域に戻らないと行けなかった。
「また、あの隔離地域でまた戦闘用アンドロイドとして生きるのか?」
――……何故、あの時あんな事を言ってしまったのだろう?
怖かったのだ。あそこに戻ると、彼女が感情の無い頃に、戻ってしまう気がして……。
……山の下の小さな茶色い家、俺は彼女とそこでささやかな生活を送っていた。
――隣に彼女が居る。それだけで幸せだった。
「私の命が尽きるまで一緒にいて。」
彼女はそう言った。
俺はその言葉に答える事が出来なかった。
――……俺と彼女に残された時間が、あまりにも短い事を思い知らされたからだ。
……彼女は、急によろけた。
「おい!大丈夫か!?」
俺は彼女を受け止める。
「あと少し……。せめて、あと少しだけ、一緒にいたい。」
彼女は俺にそう言った。
「それが君にとって一番の幸せなら。」
……俺は、彼女のその願いを、叶えようと思った。
これがきっと、彼女の最初で最後の願いで……、俺自身、彼女と共に居たいと思ったからだ。
――彼女は、不思議そうな顔をする。
それから、彼女は弱々しく俺に喋る。
「最後に一言だけ言わせて。
バッテリーが切れて、人の言う言葉で<愛してる>と。」
――……泣きたくなった。
悲しくて、嬉しくて。
「君は……。」
――『人間だよ』、そう言おうと思ったが、言葉が出ない。
俺は、ふとあることを思い出した。
「俺が名前を付けてやるよ。」
――自分には名前は無いのにな。そう心の中で苦笑う。
「どんな名前?」
「雪。」
――彼女と出逢ったのも雪の山奥だったから。
そんな理由だった。
彼女はゆっくりと口を開いて―――、言った。
「愛してる。」
――俺は、獣の様な金色の目を見開いた。
ここまで、俺みたいな奴を愛してくれた―――……。
「俺もだよ。」
俺は微笑う。……そうしなければ、涙が零れてしまうからだ。
「愛してる。」
――彼女はその言葉を、何度も繰り返した。
彼女は、俺の瞳を見つめる。
はっきりとした意思を持った瞳……。
「私のバッテリーが切れたら。
また、あの雪山に勿忘草と一緒に葬って。」
彼女の瞳から、涙の雫が流れる。
――俺は言った。
「ああ。君の思い通りにするよ。」
すると彼女は、
「そして、勿忘草を見たらもう一度、私のことを想い出して。」
そう俺に願うように言った。
「ああ。」
彼女をギュッ、と抱き締める。
このぬくもりを、この感触を、忘れない為に―――……。
「人狼さん。」
また、お願いかな?
そう思った俺は、予想外の言葉に驚いた。
「私はきっと雪の女王かもね。」
そして、くすり、と笑った。
俺も、何だかおかしくて、くすり、と笑った。
――雪の女王か……。心がここまで暖かい雪の女王とはね……。
――しばらくの沈黙の後、彼女は、
「あと、3時間でバッテリーが切れるわ。
人狼さんはどうしたい?」
そう彼女は聞いてきた。
俺は、本当に考え、こう言った。
「kiss。」
――彼女は困惑した表情を浮かべ、その後、
「うん、3時間kissしよう。」
と言った。
俺は、
「3時間もkissできるか!?」
と言う。
――やっぱり彼女は変わらないなぁ。
そう俺は思う。
一方の彼女は不思議そうな顔で、
「そうなの?」
と聞いてきた。だから俺は、
「kissは一回だよ、普通。」
と教えると、彼女は、
「そう。」
と言って。
……そして、彼女は俺の顔に近づき、目を閉じた。
彼女の柔なかな唇と、俺の薄く、毛むくじゃらな唇が触れ合う。
「うん。
ありがとう。最後に人の心を持てたわ。」
唇を離した後、彼女はそう俺に言った。
――……君はずっと、人間だったよ。
そう心の中で呟きながら、俺は、
「そうか。」
と言うのが、精一杯だった。
――……そして。 3時間が過ぎる頃。
「じゃ、私は眠るね。」
彼女は、俺の腕の中で、眠るように瞳を閉じて……。
「……雪っ!」
俺は彼女の身体を抱き締め……、泣いた。
「……ありがとうっ、ありがとう……。」
そう何度も俺は、繰り返していた……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
――今日は、彼女の命日だ。
俺は、彼女が亡くなって10年たった今も、彼女の事を愛している。
これは、永遠に変わらないだろう。
――ふと、つむじ風が吹く。
振り返ると、そこには、雪が立っていた。
雪は微笑みながら、その身体は陽炎の様に揺らぎ、消えて行く。
――俺は、空を見上げる。
雲ひとつない青空。
一羽の鳥が飛んでいた。
俺は棺を撫でる。
「……また、来るな。」
そう言って俺は墓に背を向け、歩き出す。
……雪は確かに、儚く消えてしまう。
――でも、消える事は無いのだ。
心の中で永遠に、雪は生き続ける。
――「愛してる。」
遠くで、雪の声が聴こえた気がした。
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