お魚の恋
私は鮎、今恋をしています。
その日私は海を彷徨っていました。産卵も終え、ただただ毎日を送っていた私は刺激を求めていたのでしょう、川の流れに身を任せ、いつしか海にいたのです。
その時ですカツオさん、あなたに出会ったのは。
あなたのたくましく泳ぐ姿に、私はいつしか忘れかけていたメスとしての本能が蘇ったのです。いつしか時を忘れ、私はあなたと一緒に泳いでいました。このまま時が止まればいい、そう思っていました。
…でも、そんな事は出来るはずもありません。私には子供がいます。今は行方もわかりませんが夫もいます。鮎妻です。そんな私があなたといつまでもいてはいけません。住む環境も魚種も違います。感情に流される前に、私は川へと戻りました。
でも、川に戻ってもカツオさんの事が忘れられるはずもありません。あぁ…一度でもいい、あの方のヒレの中で眠りたい…
「なあ、俺と遊ぼうよ。俺はずっと前から君の事好きだったんだよ。」
そんな時に話しかけてきたのは鯉です。私は鯉が嫌いです。なんでも食べる悪食、軽いオスです。私はひたすら無視しました。
「なんだよ冷たいな!ふんっ!」
私の心はカツオさん、あなたでいっぱいです。鯉なんて目にも入りません。まさに(こいは盲目)です。…なんちゃって…
そんな時、不意に目の前に美味しそうな餌が現れたのです。あぁ…恋はしていても、お腹は減るものなのですね…私は目の前の餌に喰いつきました。
「ザパァッ!」
口に激痛が走ったかと思った瞬間、私は地上へと上がっていました。そしてそのまま、私は何処かへ搬送されていきました。
これか…幼い頃から教えられてはいましたが、私は釣られたのですね。一度釣られた魚はもう帰ってくる事はない。私の仲間達も釣りの被害を受けていました。私は自分の運命を呪いました。こんな事になるのなら、あのままカツオさんと一緒に海に居れば良かった。
カツオさん…私はもう一度あなたに会いたい。
私は気がつくと、色々な魚と共に泳いでいました。ここは一体…そんな事を考えていると、隣にいたスズキが話しかけてきました。
「ここは水槽の中だよ。これからうちらは人間に食われちまうんだ。俺はここに来てなんとか逃げてはいるが、捕まるのも時間の問題よ。」
…わかっていた事だけど、やっぱり私は元の場所には戻れないんだ。食べられるという事よりも、カツオさんにもう会えない…そんな気持ちの方が強かった。
あぁ…カツオさん…カツオさん…
「見ろよ、あっちの水槽は海水魚みたいだぜ。なんかやっぱり同じ魚でも違うもんだな。」
スズキさん、ちょっと黙っててください。もう私には何もないんです…
「ほら、あのカツオなんてめっちゃ泳いで元気だな。」
…!
私はスズキさんの言う水槽を目を向けた。
カツオさん?…カツオさんだ!
あぁ…あなたも釣られていたのですね。もう二度と見る事がないと思われていた姿を見つけ、私は嬉しさを隠す事が出来なかった。あなたには私のぶんだけ生きてほしかったけど、こうして会えた嬉しさには嘘はつけない。
でも、こうなると欲は出るもの。せめて最期…せめて最期だけ、あなたと共に泳ぎたい。私には迷っている暇はありませんでした。勢いをつけ、最後の力を振り絞り、私はカツオさんのいる水槽目掛けて飛び出しました。
あなたが好きです。カツオさん…
「へいお待ち!カツオのタタキと鮎の塩焼きだ。この鮎なんて水槽から飛び出したぐらい活きが良かったから美味いぞきっと!」
私は幸せです。
だって、最期にあなたと一つになれたのですから。
最後まで読んでくださりまして、ありがとうございました。鮎共々、深く感謝致します。