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その2 発達障害は1人1人オリジナル障害なのです!(私の発達障害紹介)

 こんにちは、その1のアクセスが意外に伸びててびっくりしている旅硝子です。

 ツイッターで宣伝したらなんか日刊ADHD新聞紙さんだかに取り上げられてるし、新しい人からフォロー来るし、もしかして発達障害って現代のトレンドなんでしょうか。発達障害ナウいってことなんですか。

 もしも、もしもですよ!

 合コンで「私、発達障害なんです」って言ったらモテモテになる時代が待っていたら!

 女子高生が「あたし、ハッショー(発達障害)なんだけど」「うわマジ!? かっちょいー!」なんて会話を電車の中でしていたら!

 うーん、でもよく考えたらこれはあんましよくないですね。発達障害は基本的に生まれ持っての障害なんですから、後から身に着けることは出来ないわけです。つまり「※ただしイケメンに限る」と根本的に変わらない。世の中、努力しても身につかないものを基準に人を判別するようになってはいけないと私は思うのです。

 というわけで理想はこれですね。

「私の趣味は読書で、特技はさくらんぼのヘタを口の中で結ぶことです」と同じくらいのノリで、「私は発達障害です」って自己紹介して、「へーそうなんだー(拍手)」くらいの反応をもらうことですね。

 そして「読書が好きなんだよね、この本貸してあげようか?」と同じくらいのノリで「この仕事大変なんだよね、あっちの仕事をやってもらえる?」とか言ってもらえると素晴らしいと思います。


 というわけで、今回は『私の』発達障害について書いてみたいと思います。

 なぜ『私の』なんて強調するかというと、発達障害というのは非常に個人差が広い障害だからです。

 私のクリニックの先生曰く、発達障害は程度が軽いほど症状が多岐にわたるそうです。逆に重度の自閉症とかだと、だいたい同じような症状になるそうな。

 なので、私に当てはまることが他の人にも絶対当てはまるとは思わないで下さいね!


 前置きが長くなりましたが、『私』の発達障害。

 まず、予定変更がすごく苦手です。自分の意思で予定を変更するのはそこまでじゃないですが、外部要因(同行者の都合とか、時間が足りないとか)で予定が変わるのはとっても苦手です。

 食事のメニューが急に変わると不機嫌になるのは、大抵これが原因です。だから私の予定では、そのカレーライスはシチューだったはずなんだって!

「予定変更する可能性がある」ということがわかっていれば、ある程度は大丈夫です。「カレーかシチューになる」って言っておいてもらえれば、こっちも心の準備ができるんです。

 あと、どうしても予定変更が必要な時は、不機嫌になりながらも「予定はこっちになりました、予定はこっちになりました」と頭の中で一生懸命変更しているので、こっちが不機嫌なのを見て「やっぱり予定通りにしよう」とか言われると「せっかく変更しているのに頭の中が混乱しちゃうじゃない、むぎゃー!」って怒ります。


 よく自閉症の話になると出てくる「こだわり」は、あんましありません。

 本当は発達障害の診断基準にもなっていて、物の位置とか同じじゃないと直したりするってありますけど、私はどこに何が置いてあってもあまり気にしない方です。ちょっと並べる時に床の線と平行にしたりするくらいです。

 しかし、「逆こだわり」は結構強いです。

「逆こだわり」とは何か。私の造語です。

「これをやるっ!」ってことにこだわるんじゃなくて、「これは絶対やんないっ!」ってことにこだわります。

 基本的に現代ものの本は読まない、とか、掃除は極力しない、とか。

 あと、私は自己分析というものがどうも苦手で、なるべく近づかないようにしています。たぶんそれも逆こだわり。

 一応こだわりといえば、同じ本を何度も読むのが結構好きですけど、これってこだわりと言えるのかなぁ。

 ストーリーが全部わかってる本を読むのって、安心するんです。

 あ、でもそれと同じ理由で、食べ物は一度これと決めると、次に同じ場所に来ても同じものを頼むことが多いです。特に創作料理のような、メニュー名から味が想像できないものはその傾向が強いかもしれないです。ワインは名前が覚えられないのでいつも違うのを頼んでいるかもしれません。どうせ銘柄ごとの味の違いなんてわからないのです。私の味覚は割と鈍感です。


 それから私は超絶方向音痴です。

 発達障害の人の中には、地図読むのが好きで得意な人とか、とてもしっかり道を覚えられる人とかいますが、私は全くだめ。 コンビニに入って何かして、コンビニから出てくるともうどっちから来たのかわからなくなります。

 学生時代の数学でも、図形がかなり苦手だったので(とくに立体図形になるともうもう! もう!)、空間把握能力とやらが圧倒的に不足しているのではないでしょうか。ちなみに画面酔いもかなりひどくて、ハンディカメラのぶれとかにも結構敏感です。乗り物酔いもありますがなぜか船には酔いません。不思議!

 つまり私は目で空間を把握する能力が、三半規管の過敏さと釣り合ってないのかもしれません。


 想像力は多分豊かな方です。3歳くらいの頃から、空想することは私のもうひとつの世界でした。残念なことに中学でBLにハマった結果、自分を主役にした空想には縁がなくなり、男の子とか女体化とか女の子とかが妄想世界を乱舞するようになりましたが、もしかしたら自己と切り離した妄想こそが今の私の創作意欲の源流かもしれません。

 ですがこの想像力、私自身制御ができません。ホラー小説を読んでいれば部屋の暗がりやトイレから何かおぞましいものが出てくる想像をし、夜道どころかトイレに行けなくなり、グロ系の話は緻密に想像して気持ち悪くなります。昔はちょっと無理矢理系のえっちい小説を読んだだけで、その日1日ショックでふわふわ過ごしたりしてました。しかしそれでも私の想像力にはスイッチはありません。常にアクセル全開で、主に読んだものを具現化して脳内に繰り広げ続けます。考えている映像を表示できる機械があったら、私はそれに映像を表示し続けるだけで多分食べていけます。

 さらに、これはちょっと私にも解明しようがないし証明もできないことなのですが。

 私は、どうも自分に存在しない器官の感覚を、想像できるようなのです。もしかしたら他の人も「全然余裕でできるぜバッチコーイ」なのかもしれませんが。

 例えば、翼に触れられる感触。尻尾を掴まれる感触。嘴が木に激突する感触。あとはちょっと人には言いづらいですが、男性器があったらこのようだろうという感覚。それが本物かはわかりませんが、割と容易に想像できます。

 これについては、他の方がどうなのかすごく意見を聞きたいですね。これ投稿したら、感想欄を小説家になろうのユーザーさん以外にも解放しようと思うのでご意見ください。

 ――しかし私の想像力は、人の気持ちを表情から推測する、この言葉を言われたらどう思うか想像する、などについては割とお手上げです。いや想像しようと頑張りますが、人の表情は全然読めませんし、言葉は口から出たあとに「あっこれやっべ」と思ってくよくよします。

 あれは9歳くらいの頃でした。伯父からプレゼントに可愛い櫛をいただいた私は、それよりも男の子達がもらっていたおもちゃのデジタル時計が羨ましく、あろうことか「誰か交換して!」と叫んだのです。伯父は黙ってデジタル時計も買ってくれました。未だに思い出しては伯父の気持ちを思って頭を抱えて転げ回りたくなります。伯父も故人となり、時計はどこかに行ってしまいましたが、櫛はまだそっと手元にあります。結局、ちゃんと謝れないまま伯父は逝ってしまいました。


 このように、心に焼き付いた苦しい感情が時々フラッシュバックを起こすのも、発達障害の特徴だそうです。それも大きな事件だけではなく、日常のほんのちょっとしたことで。

 私も主に学生時代のゲーム会社でのアルバイトと卒業後の介護施設就職、2回の就労で嫌な思い出をたっぷり溜め込み、夜ベッドで思い出してのたうち回ることが月に何度か、くらいあります。あとは本当にちょっとした、ちょっとしたことなんですが、後輩相手にとんちんかんなやり取りをしたことを思い出してやっぱりのたうち回ります。

 あとはあまり関係ないかもしれませんが、精神的に追い詰められると、薄い紙で指とかの先端を切られているみたいな感覚を感じることがあります。いまいち何なのかよくわかりませんが、体を押さえてもごもごしたりします。本物じゃないとはわかっているので、多分幻覚とは違いそうです。


 そしてこの嫌な思い出は、大抵叱られたり怒られたりしたことから来ています。怒られるのは、私が非常に苦手とするところです。

 まず、注意されるということ、うっかりすると発言に対して「それは違う」と言われることすらも、苦手です。なぜ苦手なのかはよくわかりませんが、常に自己評価が0か100かで考えてしまうことに関係あるかもしれません。あとは、私の人格に対して攻撃されたと思ってしまうのかもしれないです。発言内容を否定されるだけで落ち込んだり不機嫌になったりするのは厄介だとは思います。私自身もて余しています。

 さらに、私は怒鳴り声が非常に苦手です。自分に向けられたものだけならまだしも、その場にいる他の人にでも、電話に向かってでも、挙げ句テレビドラマや国会中継でも、怒鳴り声が飛び交うのは本当に嫌いです。さらには怒気を孕んだ静かな声も結構苦手です。

 ここまででもうかなり怒られるの苦手っぷりが伝わると思いますが、さらに私は過呼吸持ちです。気持ちが昂ると涙が出て、さらに追い詰められると過呼吸の発作を起こします。泣かないでって言われると悪化します。ここを見ている皆さんは、過呼吸を起こしている人に会ったら、そっとビニール袋を手渡してあとは遠くから見守ってあげてください。たぶんこの処置は過呼吸起こす人みんなに共通です。どのくらいの距離にいてほしいかは人それぞれですが。

 この過呼吸のせいで、保育園時代から介護施設での日々までいかに苦労したか。「泣くためにここに来てるんじゃないでしょ?」って言われても、こっちも苦しいし肌は荒れるし目は痛いし、決して好きで泣いてはいないのです。

 話題は派手にずれましたが、とにかく怒られると、内容を理解するより先に体と心が萎縮するのです。「期待しているから叱るんだ」と言われても、怖いものは怖いのです。この恐怖をなだめる方法お待ちしてます。


 好奇心はかなり強いですが、視野はとても狭いです。

 好奇心が発揮されるのは、主に文字に対して。お医者さんに診察を受けたら、カルテが気になります。診断書もすごく読みたいです(あれって、患者は読んじゃいけないのかしら?)。電車では広告をあっという間に読み終えて暇をもて余します。人が携帯電話を弄っているときは覗き込まないように必死です。

 あとは新しい場所とか、羽根のない扇風機とかも好奇心で目がきらきらします。美術館も好きですね。鑑真像をすぐ近くで見ることができたときは、30分以上ぐるぐる回って見ていました。今思い返しても幸せです……。

 ただし、視野が狭いので親とか同級生とかに、あっという間に置いていかれたりします。さらに好奇心の対象があると、すれ違う人や車が見えなくなったりしてよく危ないと怒られます。


 視野が狭いついでに、衝動性も強いです。見知らぬ場所に来たら、同行者がいなければ適当に――いちおう、自己判断で「こっちに行くべきかな?」と思った方向に歩き始めます。道に迷ったら、信号が青の方に向かいます。地図は持っていくことが多いですが、歩くときに周りをあまり見ないため、地図を見ても割と迷います。それでも地図がある方が、ないよりは迷いません。たぶん。

 ちなみにこれは明らかに父親からの遺伝です。父は目的地がわからなかったらとりあえず直進します。母が引き戻そうとしますがたまに失敗します。

 会話に関しても、かなり衝動的です。私は、自分の声を録音してショックを受けるくらい早口ですし、明らかに関係無さそうな話題に話がよくジャンプします。おそらく思考速度に追い付くように話すと早口になるのでしょうし、また「胸のサイズの話」をしている最中に「胸のサイズ→AB→エビ」と連想ゲームのように瞬時に考えが移って「そういえばエビフライのことなんだけど」と口に出すから、話題がジャンプしたように思われるのでしょう。自分では会話が繋がっているつもりなのが厄介です。


 こんな感じでとりあえず思い付く限り、私の発達障害についてまとめてみましたがいかがでしょうか?

 次回はたぶん、小さい頃からの生きづらさまとめという名目で、思い出を語ってみたいと思います。

 ご読了ありがとうございました!

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