きよし その夜
深夜のテレビ番組でジングルベルが鳴り響く中、私は一人膝を抱える。
今日の恒夫の言葉が頭の中でこだまする。
時計はすでに四時を超えた。
眠れない。
告白されちゃった。
でもなあ、私には好きな人がいる、いるはず。だのに、この状況ってどう。ヒロインみたいよ。
敦からメールが来た。
「翔のところは男ばっかりで超盛り上がり。何してる?」
「恋してる」
メールで返す。
電話が鳴る。
敦だ。
「どういうこと、一体なんだよ。誰に」
「うーん、いろいろとあって。疲れてるの」
「何それ、その言い方、華じゃないみたいだよ」
「うん、モテモテなの私。クリスマスだからいろんなことがあったのよ。クリスマスだし」
と、妙にクリスマスを強調する。
「あーっ、今まで誰かとクリスマスってわけ?」
「それはそうでしょう。敦は楽しくクリスマスしたんでしょう。私もよ。いいお店に行ったの」
「どんな店?」
矢継ぎ早に尋ねる敦。
「夜のゲイバー。青いリンゴ」
ちょっと上から目線で応える私。
「はあ? なんでそんな店に行ったんだよ」
「別にいいでしょう。誘われたんだから」
「誰に」
「素敵な人。恋の告白もされたわ」
絶句してる敦。
そうよ、敦の知らない私だってあるんだから。
「とにかく、今日は疲れてるの。おやすみ」
勝手に電話を切る。
疲れているのは事実。よく働いたんだもの。カウンターの中で。
心地よいジャズも聞いたしグラスも洗ったし。うとうとしているうちに熟睡してしまった。
夢の中で私は男性に囲まれていた。
クリスマスツリーの下、いつのまにか、みっちゃんやマサルさんも。敦と恒夫でいいのに。その光景は決して美しいものではなかった。
トントン。部屋をノックするのは誰。
「華、敦君よ。まだ寝てるって言ったら外で待ってるって言うけど寒いし入ってって言うのにいいって。喧嘩したの?」
なんだ、母だ。
「ううん、でもまだ眠いなあ。今何時?」
「九時よ」
「えーっ、なんなのよ、もう。まだ、四時間しか寝てないのに」
いやいや起きて、窓から見ると、敦が電信柱にもたれてる。ちょっと憂いがかっていい男に見える。なるほど、昨日の電話が気になるのね。ちょっといい感じよ、私。
歯を磨いて軽く髪をとかして、フリースのハウスウエアを着る。白のもこもこした感じがとても可愛い。リップだけ薄く塗る。
ドアを開けて手を振る。
「おはよう。メリークリスマス」
「うん、メリークリスマス」
敦はなんだか照れくさそうに袋を差し出す。
「なあに?」
袋にはお菓子入りのクリスマスブーツ。
「あはは、こんなのもらうの大人になって初めて」
「だろう? 考えたら僕は一回もない」
「そうなの?」
「ああ、でも、今日は華に買ってみた」
「じゃ、二人で見てみよう。うちで見よう。寒いから」
「うん」
「家に入って待ってたらよかったのに」
「だけど、朝早くから悪いなって」
「それを言うなら、午後でもよかったじゃない」
「だけど、このクリスマスブーツは朝じゃないと」
「まあね」
家に入ると、母は暖かいココアと卵トーストを作っていた。
「敦君もどうぞ」
「おいしそう。いただきます」
私たちは並んで卵トーストを頬張りながら、ココアをすする。
「あら、懐かしいわね。クリスマスブーツ」
「うん、敦にもらった」
「まあ、華はプレゼントあるの?」
確かにそうだ。本当はあった。でも、渡してないの。
「え? あるの?」
不思議そうに敦が聞く。あるわよ。だけど、どうしようかな。これは恋人とかではなくて友だちへのものなんだからね。二階へあがってクローゼットを開ける。
大きな袋。
「はい」
「わあ、でっかい袋」
中からは雪だるまの形をしたごみ箱? いや、小物入れ。
「すごいなあ。サンキュー」
うれしそうな敦の顔。そうよ、その顔が見たくてこの前からずっといいものないか探してたんだ。
「どこにあったの?」
「大学の近くのおしゃれな雑貨店があるでしょう」
「ああ、あの大判焼きの店の隣か」
「うん」
「クリスマスブーツも開けてよ」
そうだった、忘れるところだった。どんなお菓子が入ってるんだろう。
懐かしい駄菓子や風船まであった。そしてクリスマスブーツのそこに小さなブルーの箱に白いリボン。これはもしかして誰もが好きなあのアクセサリー。
ドキドキしながら箱を開けるとオープンハートのシルバーのペンダント。
「わあ、すごい」
「あら、華は雪だるまなのに敦君悪いわねえ」
母は横から口をはさむ。
「あっち行ってて」
母を追い払うと、敦に正面から向き直った。
「ありがとう」
「ああ。華はこれ欲しがってただろ」
そうか、忘れてなかったのね。二人で見たショーウインドーに飾ってあった。
オープンハートってことは。
「華は親友だからね。これぐらいは当然さ」
一気にテンションが下がった。
ステディではなくて、ベストフレンドなのか。
やばい、涙がこぼれそう。
「ママ、ココアもう一杯ちょうだい」
そう言いながら席を立った。
なんというクリスマス、クルシミマス。