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レモン  作者: 河 美子
8/12

ちょっとすごいクリスマスよ!

 ジャズセッションが終わると、一斉に拍手と注文が飛び込んでくる。

「こっちにビールとフルーツね」

「私はジンフィーズとカンパリソーダ二つ」

「なんか食べるものなあい?」

 あちらこちらからオーダーされて、カウンター内は大忙し。

 恒夫だけでなく、ママも私もみっちゃんも額に汗してクリスマスはどこへやら。

「悪いわね、お友達まで巻き込んじゃって」

「いえいえ、楽しいです」

「あら、こんな店を楽しむのはまだ早いわよ」

「あ、そうか」 

 恒夫のママはあっさりして実に楽しい雰囲気の人だ。そのママを慕ってたくさんのファンが来るのだろう。マサルさんは煙草が欠かせない人のようで、さっきからもう五,六本は吸っている。灰皿を取り換える。

「あら、あんた気が利くじゃないの」

「そうですか」

「ふーん、店で働くのは初めてなの?」

「ええ、インテリアの店ではバイトしたりしますけど」

「そう、それはいい心がけね」

「そうでしょうか」

「そうよ、今時バイトも何もしないで彼氏におごってもらうことばかり考えるような子はダメよ」

 こんなご時世だから、そんな子も少ないとは思うけど、私の周りにも数人はいる。でも、ゲイバーで働く子は私の知り合いにはいない。多分親の知り合いにも。

「灰皿はね、溜まった吸殻を捨ててくれるところはあるけど、取り換えてくれるところは滅多にないわ。だって、洗ったりすると濡れるでしょ、煙草も濡れちゃうし。じゃ、捨てるだけだと灰が残って汚いし。こうやって取り換えるのが一番だけど、忙しいときは面倒でしょう」

 そういうところを見てるんだと、なんだかマサルさんのすごいところを知った気分だ。褒められて嬉しいからかも。

「次は私の出番」

 マサルさんは立ち上がるとトランペットを持ち出した。

 その凛々しい姿から、物悲しくもとてもきれいなトランペットのメロディーを奏でることに驚いてしまった。

「この曲はなあに」

 恒夫にそっと尋ねる。

「酒とバラの日々」

「へえ、よく聞くけど映画なの?」

「ああ、昔だけど。いい映画だよ。またマサルさんが上手いんだよ」

「ホントねえ。ここってすごい店ね。生演奏が次々あって」

「ああ、いい店だろう」

「うん、最高」

「バイト代もらわないとね」

「いらないわ。こんな素敵な曲を聞かせてもらえるんだもん」

 曲が終わると、腰が九十度折れるほどの礼をするマサルさん。

 観客も総立ちで鳴り止まないほどの拍手を送る。

「はあ、暑い。ビールをちょうだい」

 恒夫は冷蔵庫からジョッキを出して、生ビールを注ぐ。

「ありがとう。気持ちいいわ」

「素晴らしいです」

「あら、そう?」

「はい、もう、泣きそうです」

「今の子って言葉が足りないわねえ」

「え?」

「こういう時は感動したとか、心が震えるとかでしょ。泣きそうって、あんたねえ」

 そういいながらも満更でもない様子のマサルさん。

「遅れてごめんなさい」

 謝りながら入ってきたのは二人の女性? スタイルもよくて、髪もロングのストレート。

「遅いわよ、二人ともどこでサボってるのよ」

「違うのよ、ママに頼まれてケーキ作りよ」

「え? そうなの?」

 彼女たちは、いえ、彼らはママに頼まれてとてつもなく大きな箱を持ってきた。

「私たち、料理学校に通ってるでしょ、だから、ケーキを作って来いってママに頼まれてたのよ」

「へえ、できたの?」

 すると、大きな白い箱を開けると、中にはチョコたっぷりのケーキが出てきた。メリークリスマスと書かれた生チョコのケーキ。

「わーい、ママごちそう様!」

 客たちが一斉に喜んでいる。

「今日でこの店ができて二十周年なの。みんなで祝ってね」

 ママがにっこりしながら言うと、恒夫とみっちゃんが紙ふぶきを撒いた。

 店内のボルテージはますます上がり、誰も帰りそうもない。ふと、時計を見ると十二時を過ぎていた。恒夫もママもみっちゃんもあちこちのテーブルに走り回っていた。ケーキは美しく切られ始めた。

「私、ごめん。帰らないと」

 恒夫に悪くて、マサルさんにこっそりと言った。

「あの人たちが来たから、もうカウンターもいいでしょう」

「うん、わかった。気を付けて帰りなさい。ママたちには言っておくから」

「はい。失礼します」

 エプロンを外し、こっそり出ると満天の星。この東京にもこんなに星が輝く日もあるんだって感動してしまう。

「華さん」

 振り返ると、恒夫だった。

「あ、忙しいのにごめんなさい。私、一応門限が十二時なの」

「いや、何も謝らないでよ。僕こそ、パーティーと言っておきながら、手伝いばかりさせてしまって」

「ううん、最高の一日よ。早くお店に戻って」

「いや、タクシーを捕まえるまで」

 肝心のタクシーもさすがにクリスマスには捕まらない。

「大丈夫だから」

「いや、それでも僕が心配だから。僕の大事な人だから」

 それって。

「君が敦のこと好きなのは知ってるさ。でも、彼のものではないだろう?」

「あ、あの」

「全然焦ってないさ。急がないんだ、僕は。もっとじっくり友人として付き合うところから始めない?」

「う、うん」

 抱きしめられるかと思った。

 ちょっとがっかりしてる自分がいる。

 私って、いい加減ね。

「タクシー」

 呼び止められたタクシーに乗る。

 何度も振り返ると、恒夫が手を振っている。映画のワンシーンみたい。私も思い切り振る。


 すごい日だわ、今年のクリスマスって。

 

 敦、私ってモテるのよ。知ってる? 私も知らなかったけど。

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