青いリンゴって素敵かも
どうしてこの二人なんだろう。
クリスマスのイルミネーションで飾られた庭園を眺める。
「どうしたの」
「ううん」
「本当は敦夫と過ごす予定だったんだろ?」
「ううん、くじ引きまでの話だから」
と言いながらもみじめな自分につつーっと、涙がこぼれちゃった。
「わー、わかりやすいね華さんって」
「失礼ね、別に悲しくなんかないわよ」
強がったところでこの状況のおかしさは否めない。
「今日は僕の好きな店に行かない?」
「クリスマスに予約なしで行けれる所ってあるの?」
「うん、僕の母の店だし」
「えっ、お母さんはどんな店してるの?」
「ゲイバー」
「うっそ!」
そういう店なら興味あるある。
「行く行く」
思わず二つ返事で行くことにした。
恒夫は笑いながら歩き出した。彼のお母さんという想像の中にゲイバーはなかったわ。その店は名前は「青いリンゴ」と言うんだって。それもまたびっくりなネーミング。
二人で話しながら歩くと、私たちも立派なカップルと世間の人は見ると思う。それはそれでうれしい。だって、今日は一人ぼっちになりたくないもの。
おっとびっくり、と言いたくなるような毛深い女性がいるかと思うと、これまた絶世の美女もいるこの界隈。
「恒夫ちゃん、元気?」
怖いような低音で話しかけられた。
「ああ、みっちゃん。元気だよ。ママいる?」
「ええ、でも満席よ」
「そっか、でもいいさ。カウンターに入ればいいし」
「ありがとう、今日は助かるわ」
その低音のみっちゃんは、金髪で色白、足も手も細いけど、骨格が立派。そう、背が百八十センチはあると思う。彼女の後をついていくと、青いリンゴが見えてきた。
青いリンゴと書かれた店は、大きな木のドアで開けると薄暗くジャズが聞こえてきた。
中はボックス席が四つほど、カウンターには五人座っていた。クリスマスツリーが店の中央にあり、その陰からママが出てきた。
「いらっしゃい。手伝って。ビールが四つ、おつまみが二つ」
「うん」
恒夫がさっさとカウンターに入るから、私はどうするのと言いかけたところで、彼が手を引っ張った。
「ママ、この子も手伝う。エプロン貸して」
「裏にあるわ。サンキュー」
わからないままに白いフリルがたくさんのエプロンを着せられた。
「あら、可愛いわね。でも、女の子はいらないわよ」
と、ハスキーな声で客に言われた。
「まあまあ、そう言わないで。ママだけじゃ今日は手が足りないんだから」
「あーら、恒夫ちゃんがそう言うならいいわあ」
「マサルさん、今日はお店休みなの?」
マサルと言われた人は、にこっと笑いながら煙草に火をつけた。
「ええ、これからよ。この店で飽きた人を連れて行くの」
「あら、ずるいわね」
恒夫のママが後ろから声を掛けた。おつまみは柿ピーとキッスチョコ。恒夫は更にキッチンペーパーをさっと折り、その上に盛った。手慣れた様子で、ビールも注ぐ。
「恒夫ちゃん、こっちにはハイボール」
「はい、ちょっと待ってね」
「うん、いつまでも待つわ。閉店まででも」
マサルさんは本気の顔だ。ちょっと怖い。
「華さん、そのおつまみ、あそこのボックス席に持って行ってくれる」
「はい」
よくわからないけど、この雰囲気は好き。この店も好き。ママもいい感じ。何より恒夫はかっこいい。さりげなく客たちと交わす会話も楽しいし、気をそらさないいい人だ。
「お待たせしました」
ボックス席に届けると、そこのサラリーマンたちがはやし立てる。
「可愛いねえ。ママ、こういう人もいるんだね」
「失礼ね、みっちゃんはうちの花形なのよ」
「そりゃ、みっちゃんはいいけど。この子みたいな可愛いのがいいなあ」
肩をぐっと掴まれた。みっちゃんだ。
「この細い肩では男をあしらえないわよ。私みたいなのでないと」
筋肉が盛り上がるみっちゃん。すごいわ。すると、みっちゃんは耳元でこういった。
「恒夫ちゃんと付き合ってるの?」
「いえいえ、そんな」
「まあ、いいわ。あの子はいい子だから泣かしたら許さないわよ」
ううう、この人ににらまれることは避けたい。この体力では負けてしまう。
「華さん、ビール」
「はい」
気を利かして呼んでくれた恒夫。
「みっちゃんはいい人だよ」
「そうね、とっても」
それ以上は言えない。
「このチョコをそのグラスに入れて」
「はい」
氷と棒チョコを入れると、ちょうどミラーボールが回りだして反射して美しい。
「次は恒夫が弾くわ」
ママが有線のスイッチを止めると、恒夫を呼んでいる。ピアノが見える。
「へえ、弾くのね」
「ちょっとね」
恒夫は腕をまくりながら舞台へ進む。
客席からテープが飛んだ。マサルさんだ。
「いいわああ、恒夫ちゃあん」
曲はトルコ行進曲。だけど、ジャズっぽくアレンジしてとても素敵。こんなトルコ行進曲聞いたことがない。髪がキラキラして先ほどの紙テープを私が投げたいほどいい感じ。
すると、ママが恒夫の隣に立って連弾を始めた。
「わああああ!!」
マサルもみっちゃんも興奮のるつぼ。もちろん、私も。こんなセッション大感激。
思わずテーブルにあったビール、飲んじゃった。
「こら、それ私のビールよ」
マサルさんが怒ったように言ったけど、顔は笑っていた。
「いいでしょ、この親子」
「うん、最高」
私のボルテージは勝手に上がっていった。