気分がいいはずだったのに、なぜこうなるの?
駅前に立っていると、いつも誰かに見られてる気がする。
そんなことを家族に話すと、自意識過剰だと一蹴された。
「ううん、そんなことはない」
だって、視線って感じるものだもの。
そんなことを敦に話す。
「ああ、それは防犯カメラの仕業かもな」
「防犯カメラ?」
「ほら、あれ」
指差す方んは確かにカメラがある。あれで歩行者のトラブルや犯罪の抑止力があるとか。
「ねえ、あれを見ている人が私に興味があるのかもしれないよね」
「ああ、万が一そうであっても、普通は防犯カメラの視線なんか感じないだろうな」
「何よ、その言い方」
「華はいいよねえ、なんだか地球上で自分が中心って思ってるだろ」
「そんなことはないわ」
といいつつも、そうかもしれないとも思う。でも、ほとんどの人がそうじゃないのかしら。自分の生活が中心なんだから。
「それより、今日のワンピースどう?」
「ああ、珍しいねスカート」
「珍しいじゃなくて、何か別の言葉なあい?」
「ああ、よく似合ってる」
やっと聞けたわ、そういうセリフ。今日のワンピースは別珍でパープルのパフスリーブ。ハイウエストのデザインで切り替えのところには黒のリボン。もうこれ以上のクリスマスパーティーはないでしょう。上には羽織ってるボレロはオーガンジー。
敦は黒のコーデュロイのパンツに白のざっくりセーター。もう素敵すぎてめまいがするわ。
「こんなにおしゃれして出かけるの、久しぶりだなあ」
「ホント、グリークラブのコンサートを見たらお食事よ」
グリークラブが主ではない。お食事が主なのだから。このお食事というのは敦のパパがパーティー券をくれたもので、経済界の名士がホテルで集まるらしい。敦は全然乗り気じゃなかったけど、バイトに行った時にこれが余ってるんだと渡してくれた。
途中で行われるくじ引きの景品がやたらといいよと言うので、二人で景品目当てに行くのだ。当たる確率が高くて来場者にはコンビニで使えるカードも粗品でくれるとか。こんな粗品はありがたいわ。
ルンルン気分でまずはグリークラブのコンサート。満員で驚いた。
「この指揮者素敵よ」
前の女子高生がささやいている。それは恒夫よ、と言いたいのをぐっとこらえる。
「どうしたの、その恰好」
弥生が目をぱちくりしながら私たちに声を掛ける。
「あなたは切符のもぎりね」
「いやあね、その言い方」
弥生は受付でプログラム等を渡している。
「しまった、花束忘れた」
すっかり自分のワンピースに夢中で、恒夫に渡すプレゼントがないことに気が付いた。
「敦、ちょっと待ってて。私、花束買ってくる」
「別にいいじゃない、期待してないだろう、華からのプレゼントなんて」
「あら、ちょっと言葉に棘があるわね」
「そんなことないさ」
敦は近くのベンチに腰掛け、待ってるから買ってきたらと言った。弥生に声を掛けて会場を出る。
近所に花屋はない。
「ああ、もう」
走っていると、向こうから恒夫がやって来た。
「やあ、来てくれたの」
「あら、もう入ってるのかと思ったのに」
「ああ、くしゃみが止まらなくてあわてて薬を買ってきたんだ」
「風邪なの?」
「いや、アレルギー」
「まあ、大変ね」
「うん、埃っぽいから。どこ行くの?」
「ちょっと」
「じゃ、あとでね。そのドレスよく似合ってるよ」
「ありがとう」
こういうところがたまらないわね。
敦に教えてあげて。やっと見つけた花屋で小さな花束を作ってもらう。カスミソウと小さなピンクのバラで。でも、値段が三千七百円って、ちっとも可愛くないわね。学生には高すぎだわ。
でも、菊の花束だったら葬式みたいだし。
赤と緑のクリスマスカラーのリボンで店員さんは素敵に作ってくれた。持っているだけでおしゃれだわ。フンフンと鼻歌交じりで受付に。
「あら、華。それ、私に?」
「ううん、違う。指揮者よ」
「あら、それはそれは」
花束を指揮者に渡すようにカウンターで名前を書く。
弥生の興味津々の視線を感じながら客席へ行く。敦が隣の女性と仲良さそうに話しているのが見えた。あの人は誰だっけ。見たことあるわ。黒のニットのワンピースが体の線を見せつける。お腹も出てなくてスタイルのいい彼女。
そうだ、今年のミスキャンパス、由良純だ。確か、ピアノが得意だとブログに書いてたなあ。
「あ、買ってきた?」
「うん」
敦がにこっと笑う。彼女が会釈する。私もにこっと返す。でも、どことなく顔がひきつる。彼女は今日一段と美しかった。
「由良さんだよね」
「あ、よろしく。松風さんですよね」
ああ、この名前って、みんなが覚えるよね。派手だから。由良純の手にはあの流行のビーズバッグがあった。高くてオーダーなのよねえ。私がクリスマスにほしかったバッグ。そのためにバイトしてきたんだけど、買う気が失せたわ。