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レモン  作者: 河 美子
3/12

お金ないのに~

 大学祭の終わった後の虚脱感、なんでだろう。

 金村君と団長と翔と敦、そして私。

 ラグビー部の部室に集まった。

「昨日は本当にすみませんでした」

 金村君と団長が深々と頭を下げる。

「実は応援団の開いた喫茶は赤字で、計画していた俺がいけなかったんです」

 その横で団長も口を開いた。

「本当に申し訳ない。こいつだけが悪いんじゃないんだ。みんなで協力していたつもりだったけど。ラグビーが儲かっているのを見て魔が差したようなんだ」

「僕たちは金が戻って、謝罪してくれたらそれでいいよ」

 翔が話すと、敦も私も頷いた。

「学校に知られると退学になるんだ。許してくれ」

 金村君は目に涙をためていた。本当にもういい。彼の気持ちもわかるもの。

「じゃ、これをお返しします。確かめてください」

 封筒には確かに五万円あった。

「うん、確かに受け取ったよ」

 敦はにっこり笑っていた。顔は青あざが残っていたけど、それも見慣れると男の勲章のようだった。部室から二人が去ると、敦が私に向かって言った。

「華、俺の顔で遊んだだろう」

「え?」

「あれから家に帰る間、人がやたらと見るからそんなにひどい怪我なのかと思ったら、おふくろに爆笑された」

「なんだよ、華、何したんだよ」

 翔が楽しそうに聞くけど、敦は口をとがらせて怒ってる。

「うーん、別に傷に貼ってたらああなっただけ」

「嘘つけ!」

 顔にスキと書いたなんて言えない。母親の爆笑した姿が想像してもおかしくて、我ながら吹き出した。

「なんだよ、二人で盛り上がって。言えよ、敦」

 翔が敦をつっつくと、敦ったらにやけちゃって。もう知らない! 二人が仲良くするのは気分が悪い。

「じゃ、池田さんに払ってくるから」

「敦、俺、今日バイクで来たから乗せていくよ」

「おう、サンキュー。じゃ、華、またな」

 二人が仲良く歩き出すものだからすごい孤独な気分。

「敦、あとでメールして」

「おう」

 二人が大学の並木道を肩を並べて歩く。その後ろに美人がいるのにと呟いてみる。

「どうして、私が一人なのよ。普通男と女でしょう」

 あーあ、とため息をつきながら歩く。後ろから川村弥生に声を掛けられた。同じクラスの気の合う子。

「華、私のコンサートに来て」

 随分豪華な話じゃないの、私のコンサートって。

「どうしたの。弥生は何か習ってたの?」

「ううん、何も」

「じゃ、コンサートって何よ」

「うん、マネージャーやってるグリークラブのコンサート」

「えーっ、グリークラブか、興味ないなあ」

「チケット売れなくて困ってるのよ」

「いくら」

「一枚千円」

「高いよ、うちのグリークラブなんて全然有名じゃないもん」

「あら、ひどいわねえ。ラグビーに売ってよ」

「無理。ラグビーだってお金ないもん」

「ああ、私立なのにお金ない人多すぎよ」

「それはそうよ、この不景気なのに」

 束になってるチケットを恨めしそうに見るものだから、仕方なく二枚買うことにした。

「二枚だけよ」

「お願い、四枚買って」

「無理よ、お小遣いないもん」

「だって、私なんか三〇枚も売らないといけないんだから」

 拝み倒されて四枚買った。敦たちに買ってもらうしかない。日付は来週の土曜日。

「あ~っ、土曜日じゃないの」

「そうよ、どうせデートもないでしょ」

「失礼ね。みんなに誘われてるけど、断ってるの」

「はいはい、じゃ、その男たちの分も買ってよ」

「ダメ。じゃあね」

 こういう時は逃げるに限る。弥生も私を通り越して、隣のクラスの男子たちに売りに行った。

 チケットを眺めながら、土曜日にグリークラブのコンサートなんてどこの若者が行くだろうか。翔も新も行きそうもない。敦はいつも土曜日は家の手伝いだった。彼の家はしゃれた北欧家具の店を開いていて、土日は彼も仕事を手伝っている。

 私もときどきバイトに雇ってもらうくらいだが、あの値段のものをさっと買う人もいることに結構驚いてしまう。そんな敦を誘ってグリークラブなんて無理だろうなあ。

 敦と翔は義理で買ってもらったって、新は兄弟も多いし無理は言えないなあ。

 チケットをひらひらさせながら歩いていると、本当に手からひらりとチケット一枚が飛んだ。

「あ、チケット」

 走って追いかけると、一人の青年の足もとに落ちた。

 拾い上げた青年の手は美しく、髪はサラサラの栗色ヘア。

「それ、私のです」

「これ? グリークラブのだね」

「ええ」

「僕、グリークラブの上条恒夫です」

「あ、そうなんですか」

 爽やかな笑顔は胸きゅんとなりそうだが、私には敦がいる。恋人ではないけど。

「弥生から買ったんです」

「ありがとう。いやになるほど売れないんですよ」

「そうですよね、あ、いえ、失礼」

 恒夫は面白そうにけらけらと笑う。いい感じの男じゃないか。弥生、こんな男もグリークラブにいたのか。なるほど、マネージャーになるのもわかるわ。

「ぜひ、コンサートに来てください。あの、お名前は」

「松風華です」

「豪華な名前ですね」

 嫌味な名前なんだけど、彼が言うといやではないわね。

「これから練習なんですけど、一度覗いてみませんか。それとも急いでますか」

「いえ、別に。今日は暇です」

 本当はずっと暇だけど、プライドが邪魔するの。彼の後をついて大学の第二音楽堂へ行く。そこには、グリークラブの部員二十八名がずらりと舞台に並んでいた。予想していたのは太ったサラリーマン風だと思っていたら、とんでもなくイケメンが多い。しかも、口髭なんか生やした今風もいる。

「あら、ブレザーは?」

「着ないですよ」

「普通、着るでしょう」

「ええ、でも金もないし。衣装は安くポロとチノパンです」

 これって、いいかもしれない。でも、問題は歌声よね。すると、彼はみんなの前に立ってタクトを持った。

 彼は指揮者なのか。

 こんなにも声量があって、きれいな歌声、聞いたことがなかった。

 男性の歌声って、めちゃめちゃきれい。

 思わず、泣けてきちゃった。

 鼻水の音がホールに響く。すみません。

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