お金ないのに~
大学祭の終わった後の虚脱感、なんでだろう。
金村君と団長と翔と敦、そして私。
ラグビー部の部室に集まった。
「昨日は本当にすみませんでした」
金村君と団長が深々と頭を下げる。
「実は応援団の開いた喫茶は赤字で、計画していた俺がいけなかったんです」
その横で団長も口を開いた。
「本当に申し訳ない。こいつだけが悪いんじゃないんだ。みんなで協力していたつもりだったけど。ラグビーが儲かっているのを見て魔が差したようなんだ」
「僕たちは金が戻って、謝罪してくれたらそれでいいよ」
翔が話すと、敦も私も頷いた。
「学校に知られると退学になるんだ。許してくれ」
金村君は目に涙をためていた。本当にもういい。彼の気持ちもわかるもの。
「じゃ、これをお返しします。確かめてください」
封筒には確かに五万円あった。
「うん、確かに受け取ったよ」
敦はにっこり笑っていた。顔は青あざが残っていたけど、それも見慣れると男の勲章のようだった。部室から二人が去ると、敦が私に向かって言った。
「華、俺の顔で遊んだだろう」
「え?」
「あれから家に帰る間、人がやたらと見るからそんなにひどい怪我なのかと思ったら、おふくろに爆笑された」
「なんだよ、華、何したんだよ」
翔が楽しそうに聞くけど、敦は口をとがらせて怒ってる。
「うーん、別に傷に貼ってたらああなっただけ」
「嘘つけ!」
顔にスキと書いたなんて言えない。母親の爆笑した姿が想像してもおかしくて、我ながら吹き出した。
「なんだよ、二人で盛り上がって。言えよ、敦」
翔が敦をつっつくと、敦ったらにやけちゃって。もう知らない! 二人が仲良くするのは気分が悪い。
「じゃ、池田さんに払ってくるから」
「敦、俺、今日バイクで来たから乗せていくよ」
「おう、サンキュー。じゃ、華、またな」
二人が仲良く歩き出すものだからすごい孤独な気分。
「敦、あとでメールして」
「おう」
二人が大学の並木道を肩を並べて歩く。その後ろに美人がいるのにと呟いてみる。
「どうして、私が一人なのよ。普通男と女でしょう」
あーあ、とため息をつきながら歩く。後ろから川村弥生に声を掛けられた。同じクラスの気の合う子。
「華、私のコンサートに来て」
随分豪華な話じゃないの、私のコンサートって。
「どうしたの。弥生は何か習ってたの?」
「ううん、何も」
「じゃ、コンサートって何よ」
「うん、マネージャーやってるグリークラブのコンサート」
「えーっ、グリークラブか、興味ないなあ」
「チケット売れなくて困ってるのよ」
「いくら」
「一枚千円」
「高いよ、うちのグリークラブなんて全然有名じゃないもん」
「あら、ひどいわねえ。ラグビーに売ってよ」
「無理。ラグビーだってお金ないもん」
「ああ、私立なのにお金ない人多すぎよ」
「それはそうよ、この不景気なのに」
束になってるチケットを恨めしそうに見るものだから、仕方なく二枚買うことにした。
「二枚だけよ」
「お願い、四枚買って」
「無理よ、お小遣いないもん」
「だって、私なんか三〇枚も売らないといけないんだから」
拝み倒されて四枚買った。敦たちに買ってもらうしかない。日付は来週の土曜日。
「あ~っ、土曜日じゃないの」
「そうよ、どうせデートもないでしょ」
「失礼ね。みんなに誘われてるけど、断ってるの」
「はいはい、じゃ、その男たちの分も買ってよ」
「ダメ。じゃあね」
こういう時は逃げるに限る。弥生も私を通り越して、隣のクラスの男子たちに売りに行った。
チケットを眺めながら、土曜日にグリークラブのコンサートなんてどこの若者が行くだろうか。翔も新も行きそうもない。敦はいつも土曜日は家の手伝いだった。彼の家はしゃれた北欧家具の店を開いていて、土日は彼も仕事を手伝っている。
私もときどきバイトに雇ってもらうくらいだが、あの値段のものをさっと買う人もいることに結構驚いてしまう。そんな敦を誘ってグリークラブなんて無理だろうなあ。
敦と翔は義理で買ってもらったって、新は兄弟も多いし無理は言えないなあ。
チケットをひらひらさせながら歩いていると、本当に手からひらりとチケット一枚が飛んだ。
「あ、チケット」
走って追いかけると、一人の青年の足もとに落ちた。
拾い上げた青年の手は美しく、髪はサラサラの栗色ヘア。
「それ、私のです」
「これ? グリークラブのだね」
「ええ」
「僕、グリークラブの上条恒夫です」
「あ、そうなんですか」
爽やかな笑顔は胸きゅんとなりそうだが、私には敦がいる。恋人ではないけど。
「弥生から買ったんです」
「ありがとう。いやになるほど売れないんですよ」
「そうですよね、あ、いえ、失礼」
恒夫は面白そうにけらけらと笑う。いい感じの男じゃないか。弥生、こんな男もグリークラブにいたのか。なるほど、マネージャーになるのもわかるわ。
「ぜひ、コンサートに来てください。あの、お名前は」
「松風華です」
「豪華な名前ですね」
嫌味な名前なんだけど、彼が言うといやではないわね。
「これから練習なんですけど、一度覗いてみませんか。それとも急いでますか」
「いえ、別に。今日は暇です」
本当はずっと暇だけど、プライドが邪魔するの。彼の後をついて大学の第二音楽堂へ行く。そこには、グリークラブの部員二十八名がずらりと舞台に並んでいた。予想していたのは太ったサラリーマン風だと思っていたら、とんでもなくイケメンが多い。しかも、口髭なんか生やした今風もいる。
「あら、ブレザーは?」
「着ないですよ」
「普通、着るでしょう」
「ええ、でも金もないし。衣装は安くポロとチノパンです」
これって、いいかもしれない。でも、問題は歌声よね。すると、彼はみんなの前に立ってタクトを持った。
彼は指揮者なのか。
こんなにも声量があって、きれいな歌声、聞いたことがなかった。
男性の歌声って、めちゃめちゃきれい。
思わず、泣けてきちゃった。
鼻水の音がホールに響く。すみません。