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レモン  作者: 河 美子
2/12

そんなところがいいの

 大学祭の後は打ち上げコンパと決まってる。

「おーい、居酒屋はっちゃんに六時集合」

「無理。私、足が棒になっちゃって」

「そんなあ、華が来ないならつまんないよ」

 翔と新が声をそろえて言う。

「あら、そんなにモテるのね」

 気分は悪くないが、敦は何も言わない。それがつまんない。敦が困ったように周りの袋を探している。

「どうしたのよ」

「集金した金が足りないよ」

「え、どうして」

「わかんない。さっきまでぴったりあったのに」

「うん。間違って別の袋に入れてるかもしれないね。みんなちょっと見てあげて」

 お金が絡むと人間関係にヒビが入る。あわてて探すが五万足りない。

「それぞれの袋に小分けして、業者に払うようにしてたのに。鉄板の借り賃と燃料代の五万がないんだ」

「池田さんに払う分ね」

「ああ」

「他のはあるの?」

「うん」

 そう言って他の封筒を見せる敦。だが、さっき一人来たことを思い出した。人を簡単に疑ってはいけないが、あの金村礼二かねむられいじという応援団の男。

「今日はかなりの人だったからだいぶ儲かったんじゃないか」

 さっきそう言いながら来た。翔と新がテントを運んでいるときに。敦は運営委員に呼ばれていなかった。いたのは私だけ。彼に確かめないと。でも、盗んだのかとは言えない。現場を見てないんだから。

 敦と翔がお金を無造作にスポーツバッグに入れていた。チャックはしたかどうか覚えてない。ただ、取られるなんて考えてもいなかった。

 甘かった。敦は真っ青になっていた。

「ねえ、応援団の金村君があなた方がいなかったときに来たの」

「え?」

「うん、でも彼が盗んだとかそういうのは見てないの」

「そういうことは軽々しく言うなよ」

 周囲に目を配りながら敦が言う。

「うん、誰にも言ってない」

 そこへ翔たちがテントを運んで戻ってきた。

「どうした? 片づけすんだらコンパだ」

「あの、ごめん。俺、お金をなくしちゃって」

「えーっ、さっき確かめたじゃないか」

「ああ、だけど、池田燃料店に払う金がない」

「おいおい、探そうよ。あの時、スポーツバッグに入れたじゃないか」

「うん。何回も探した」

「でも、よくあるよ、他の奴の目で見たら入ってるってこと。どれどれ」

 翔がスポーツバッグの中の物を並べる。袋がいくつか出てきた。だが、池田さんに払う分がない。

「どうしたんだろう。誰か来たのか」

 みんなそれを考えていた。考えたくなかったが現実問題として金が消えた。

「私が一人でいるときに応援団の金村君が」

「あいつか」

「でも、私もこの辺を掃除していたから、彼がスポーツバッグの中に手を入れたかどうか見ていないの」

「そういうことははっきりしてないと聞けないよなあ」

 さっきまでのコンパの軽い雰囲気は消えて、四人は暗い気持ちになった。

「まあ、一度聞いてみる」

 翔はそう言ったが敦の顔はさえない。

「そうか、でも後で気まずくなったら困るだろう。ラグビーは応援団とつながりあるし。やっぱり俺の責任だからとりあえず金を用意するわ」

「私も留守番してたんだから一緒よ。待ってて」

「俺が頼んだんだし、俺が出すから。でも、やはり金村にも聞いてくる」

 翔は出かけて行った。

 先ほどまで楽しい気持ちは吹っ飛んで、今更ながら自分がいたにもかかわらず、金がなくなったという事実は情けなく悲しかった。

「本当にごめんなさい。大人として恥ずかしいわ」

「いいんだよ。誰のせいでもないさ」

「とにかく、翔が戻って来るまでは待つしかないよ」

 翔は三十分ほどして戻ってきた。

「うん、金村も気づかなかったって」

 答えはわかっていたけどみんな落胆の色は隠せない。

「だけど、とりあえず池田さんに払う分は儲けから出しておくよ」

 翔はそう言った。

「僕が預かっていたのにごめん。後で用意するから」

「まあ、焦るなよ。敦や華の気持ちはわかるけど、俺たちラグビー部のためにしてくれたんだから」

 新はラグビー部に事情を話せば、カンパで集まるよと言った。

 だが、私も敦もそれはさせたくなかった。

「なあ、今日はとりあえずコンパだ。グラウンドでイベントしてくれた部員や客引きをしてくれたものも疲れてるし労わないとな」

 翔は笑いながらそう言った。彼はやはり敦が惚れるだけの男だった。

 だが、そのコンパで思わぬできごとがあった。

 居酒屋はっちゃんは、大学生で大賑わいだった。応援団もラグビーも同じ会場だったのだ。金村にも会ったがお互い目を合わさないようにした。

「さあ、みんなお疲れさん」

 あのことを知らない部員たちは大騒ぎで楽しく盛り上がっていた。

 トイレに立った私は、入り口付近であの封筒から居酒屋の主人に金を払う金村を見た。

 バタバタと部屋に戻った私は敦に耳打ちした。

 敦は金村に詰め寄った。

「おい、その封筒は俺たちの金だろ」

「変な言いがかりは止めろよ。どこにでも封筒はあるもんだろ」

「違うわ、それは、裏を見て。私のマーク入りよ」

「え?」

 金村はポケットに封筒を押し込むと、店を出ようとした。敦はその金村の肩に触ると、金村は振り向きざまに敦を殴った。敦はテーブルに倒れこんだ。

「きゃあああ」

 私は悲鳴を上げながら敦にすがった。敦は額をテーブルで打ち、殴られた口からも血が出ていた。

 店の主人は外でやってくれよと怒鳴った。

 その騒ぎに気付いて翔たちが出てきた。そして、応援団の部員も。

「どうしたんだよ」

「その金村のポケットにある封筒は俺たちの金だ」

 敦のその声に応援団の団長は金村のポケットに手を入れた。封筒は私が持ってきたもので、オーダーメイドの通販のものなのだ。だから、他では売ってない。

「翔、悪いが今日のことは必ず報告するから、頼む。明日部室に行くから」

 団長は金村をつれて出て行った。

 残された私たちは、見つかったことの安堵感と怪我した敦への思いでもやもやしていた。

 敦を連れて私は店を出た。翔や新は他の部員もいるし、部屋に帰った。

「あってよかったね」

「うん。でもどうしてかなあ」

「何が?」

「金を盗むなんて。人の信用を一番なくすのに」

「そうね」

 殴った金村のほうが痛そうな顔をしていたっけ。敦は私が持っていた傷テープを素直に貼らせるものだから、つい花柄の傷テープを六枚使って、額にスと口元にキと貼った。

「いっぱい貼るね」

「ええ、テープ小さいからね」

 そう言いながらも、花柄で顔にスキと貼られてることも知らない敦が可愛かった。

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