新春大売出しに行ってみれば
別に何もないまま日が過ぎていく。
恒夫はメールをくれたり電話をくれたりするけど、そっとしておいてくれるから心地よい。
敦は敦で忙しそう。私も暇というわけではないけど、さすがに勉強しないと授業が始まっても何もわかんなくなりそう。
あわてて勉強しようとするけど、昔から真面目に勉強しようとすると睡魔が襲ってくるタイプなの。
「華、ちょっと買い物に行かない」
誘惑する母。
「何を買いに行くの? 私にも買ってくれる?」
「まあね、一枚くらい安いのをね」
「じゃ、行く」
二人で並んで出かけると、デパートは新春大売出しの真っ最中。
「ねえ、私の服を先に見て」
母に連れられ、ミセスファッションのコーナーへ。
どれも黒やらグレーで面白くないな。
「シックはいいけど地味はダメよ」
「その違いって何?」
「ただ暗い色ではセンスがないわ」
「ふーん、そうかなあ」
「ちょっとデザインに新しさがほしいのよ」
「あら、どこに着ていくつもりなの」
「友だちと一泊箱根旅行に行くの」
「えー、いつもの林さん?」
林さんは母と幼馴染でご主人は病気で早くに亡くなっている。娘が一人いるけどおとなしくて可愛いと思っていたら、二十歳になる前にできちゃった結婚した。世の中わからない。今、妊娠中の娘さんが出産に帰って来る前に箱根へ行くんだって。
それにしても二人の繋がりは小学校からというからすごいわ。
私も近くにこんな友だちがいたらいいけど、みんな結構バラバラになって。
母は赤のストライプの入ったジャケットとストレッチの効いたパンツを買った。若向きの売り場に行くと、急にカラフルになって気持ちも華やぐ。
「これなんてどう?」
私は母の勧めるセーターには見向きもしないで、マキシのワンピースを見る。
「あら、安いセーターくらいにしてよ」
「これも、セーターより安いわ」
「嘘ばっかり」
母はぶつぶつ言うけど、自分は二枚も買ったのであきらめたようだ。マキシのワンピースは今年の流行よ。少し裾にプリーツがかかった薄いパープルのグラデーションが素敵。
「ちょっと着てみる」
試着室に入って合わせるとぴったり。冬は肌が少し白いからパープルも似合うわ。
「ほら」
試着室のドアを開けるとそこにいたのは敦。
「おう、似合うじゃないか」
「なんであなたがそこにいるのよ」
「お母さんは食品売り場に行ったよ」
「えーっ、信じられない」
「お金は預かってるよ。はい」
渡されたのはセーター代だけ。もう、千円足りないじゃん。ずるい。
「どうしてここにいるの?」
「僕はエスカレーターから降りてきてたら、君のお母さんが見えたから」
「え、敦も買い物?」
「ううん、上のレストランで翔たちと食べてた」
「翔は?」
「もう行ったよ」
なんだか、みんな最後の冬休みを消化してるみたい。
そのまま話していたら、試着してることすっかり忘れていた。
「あのう、お客様、そちらのワンピースお求めですか」
「あ、ああ、そうです。脱ぎます。いえ、買います」
そのやり取りを見て、敦は涙が出るほど笑っていた。
でも、そのワンピースを似合うと言われたことはしっかり心にキャッチできて嬉しかった。
「これからどうするの?」
「別にない。でも荷物が多いようなら母と帰らないと。敦は?」
「五時から店の品物の搬入を手伝えって言われてる。来ない? バイトにどう? 荷物運びだけど」
「女の子にそんな仕事誘う?」
「バイト代いいよ」
「行く!」
「ち、ゲンキンな奴」
二人で食品売り場を覗くと、母がカートにたくさんのセール処分品を入れてる。この時の母の顔はまるでいたずらっ子のようだ。
「どう、半額以下よ」
「ママ、こんなに買ったら賞味期限内に食べられないわよ」
「大丈夫よ。そんなことよりタクシー乗り場まで運んでね」
「一緒に帰らなくていいの?」
「ええ、車に乗ったらこっちのもんよ」
こっちもどっちも関係ないみたいだけど。敦も一緒に缶詰の重い袋をさりげなく運んでくれる。
「敦君みたいな人がうちの子だったらいいのに」
「どういう意味よ」
「華よりずっとやさしいもん」
「どうせ、私は冷たいですよ」
母は笑いながらも敦にありがとうと言ってタクシーに乗り込んだ。
「華、遅くならないようにね。敦君悪いわね」
「僕が送りますから、心配しないでください」
「はいはい、ありがとうね」
完全に敦を信じ切ってる母の顔。
「敦がうちの子なんてだって」
「なろうかな、華の家の子に」
「え?」
ドキッとする一言。
いたずらっぽく笑って敦がケータイを取り出した。
「親父、今から華も手伝ってくれるって」
向こうから機嫌のいい敦のお父さんの声が聞こえてくる。
「おお、頼むよ。翔君もいるぞ」
「あ、そう」
翔も来るんだ。
「さっきは行けないって言ったのに。都合がついたんだな」
今までのふわふわ気分が急激にしぼんでいく気がした。




