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レモン  作者: 河 美子
11/12

ああ、私って……

 「あ、敦」

 思わず、棒立ちになった私と敦。恒夫はにっこり笑って招き入れた。

 

「ちょっと、そこまで来たから」

「あ、そうなの」

 恒夫はびっくりした様子もなく、『コーヒーでもどう?』とか言ってカウンターの中に入った。

 私はどんな顔をしていいかよくわからなくて、たぶん顔面蒼白だったとは思うけど。

 敦は色白がさらに青みがかっていた。別に恋している相手は私ではないだろうから、びっくりしただけなんでしょうけど。

「あのさあ、華、今日はもう帰るの?」

 敦がぶっきらぼうに言う。

「うん、もう大体済んだから帰るわよ」

 すると、恒夫がコーヒーを出しながら、こう言いだした。

「ちょうどよかった。僕、華さんとお付き合いしたいと思ってるんだ。君がいちばん仲良しみたいだから言うけど」

 そんなこと、今ここで言わなくてもと、都合のいいことしか考えない私。

 私と恒夫を交互に見ながら、驚くべきことを敦が言った。

「それはどうかなあ」

 はい? それってどういう意味?

「僕も仲は良いけど、キスまではしないよ。ただ」

 ただ?

「ただ、僕はノリでキスしたりはしないよ」

 ああ、穴があったら入りたい。

 バカなことをした私。

 頭がパニックになって、思わずそこから飛び出した私。

 走って走って、寒いことに気付いた。コートも手袋もバッグまで持たずに出てきてしまった。誰も追いかけては来ない。普通はヒロインを追いかけるでしょう、だのに、誰も追いかけてこない。

 みじめな私。軽い私。

 なぜ、今日に限って店に来るの?

 しかも、好きでないなら私のことなど放っておいてほしいのに。

 恒夫も恒夫でしょう。

 敦に言うかな、そんなこと。二人で取り合いしているならいいけど、敦にその気はないんだから、ああいう言い方はないんじゃないの。わかってないなあ、恒夫。しかも、ピントが外れた敦の答えったら、何よ。ノリでキスしたりしないって、悪かったわね、キスして。

 ああ、もう何が何だかよくわかんない。

 走って走って駅の改札口まで来て、何にも持ってないから家にも帰れないことに気付いた。カードもなければお金もない。

 しかも寒い。

 立ち尽くしていると、敦がのんびりやって来た。私にはそう見えた。

「これがないと、帰れないね」

 ああ、私のバッグ。差し出す敦から仕方なくありがとうと言い受け取った。コートも手袋も持ってきてくれた。

「寒いのに着ないと風邪ひくぞ」

 なら、もっと早く追いかけてよ。

「結構重いんだよ。こんなもの持って走れないよ」

 私の不服そうな顔を見ながら、心まで見透かした敦が言う。

「ごめん」

「なんで怒ってるのさ」

「だって、ノリでだなんて」

「じゃ、本気なの?」

「え?」

 確かによくわからない。

「華じゃないさ、恒夫に言ったのさ」

 そうなんだ、私かと思った。でも、それならなぜ?

「ちょっと付き合ってよ、そこまで。急いで帰ることないんだろ?」

「うん」

 ああ、私って決まらないなあ。それでも、友だちなんだからまあいいか。勝手だよね、友だちって言葉。

 華やかなブティックが並んだ通りを一本入ると、小さな公園へと続く道がある。

 二人で黙って歩く。

 自分のいい加減さに腹が立つ。

 恒夫は好き?

 敦も好き?

 私ってなんなの?

 敦はゆっくり歩く。隣にいるのはいつものことなのに、なぜかぎこちない。こんな二人になりたかったわけではないのに。ずーっと仲良くいられないのか、というか、お互いに好きな人ができたらいい友だちとは言えなくなるのかな。

「あのね、僕は華がそばにいた時は何をしても楽しかったんだ」

「うん」

 私もそうだよ。

「それでね、翔のこと憧れててさ」

「うん、知ってる」

「知ってたのか」

「敦が恋してるって思った」

「うん、僕もそうだと思った」

 こんな告白聞きたくないな。

 寒いからか、鼻水がすーっと出てきた。普通は涙でしょう。

 鼻をすすってると、敦が自動販売機で暖かいココアを買った。こんな時に限って、当たりが出て場違いなファンファーレが鳴る。

「当たった」

 にっこり笑ってココアを差し出す敦。

「よかったね」

「なんかムードないな」

「別にムードはいらないでしょ」

「そうだけど。翔に彼女できてね、誰だと思う? 弥生だよ」

「うっそ!」

「ホント。だからフラれたのさ。でも、全然心が痛まないのさ」

「ふーん、本気じゃなかったってこと?」

「わかんない。それなのに、さっき華がキスしたじゃない」

 ああ、その話か、やだな。ココアを飲みきって自動販売機の隣のごみ箱に入れると、ブランコに向かって走り出す。思わず靴のまま立ち漕ぎをする。こんなことするとあとの人が座れませんって小学校の先生に叱られたけど、あとで拭くから今日は立ち漕ぎ。

「ほら、私ブランコって上手なんだから」

 敦の話を遮ってブランコを大きく漕ぐ。

 敦も仕方なくブランコに乗る。

「ねえ、どっちが高く漕げるか競争よ」

「よーし」


 二人で夢中になって漕ぐ。

 

 ごめん、敦。


 今は考えのない行動を叱るのやめて。


 


 

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