はい、大晦日です
あああああ、片付かない。
ヒロインのはずなのに、モテるようでモテない私。一体どうしてなの。
クリスマスの日からも、一向に進歩がない。
ケータイの着信がホワイトクリスマス。これは恒夫だ。
「はい、華です」
「やあ、どうしてる」
「うん、部屋の模様替え」
「へえ、すっきりさせてるのか」
「うん、でも、一つも進まない」
私の心も部屋もおんなじ。いっぱいに出してるのは着ない服と着る服に分けてるところなの。
「朝からずっとやってるんだけど、これは着ないって決めても、袋に入れると急にいいものに見えてきちゃって」
「ははは、じゃ、片付かないね」
「うん、恒夫は何してるの」
「ピアノの調律を頼んでいたから、店に来てる」
「あ、そうなの」
「ああ、店もいっぱいでね。片づけたら一万円とお袋に言われて」
「わあ、店はもっと大変ね」
「ああ、でも、昼にはピザを作って来るっていうから、それまでにやってしまわないと」
「手伝おうか?」
「だって、部屋の模様替えするんだろ?」
「いいの、もう明日にする。頭を切り替えないと」
「じゃ、待ってる」
顔を洗って化粧をして家を出る。わずか十分。すごいね、やればできるじゃん、華だって。
走って駅まで行くと、見たことのある後姿。
マサルさんじゃないの。隣には美しい女性がいた。行かなきゃいけないけど、こっちも気になるなあ。だって、女性はマサルさんの手を取った。早く乗ろうって。これって恋人?
恒夫に教えてあげようか。それは余計なお世話よね。でも、気になるなあ。あ、二人は二つ目の駅で降りた。
でも、今日のマサルさん、男の人に見える。それはそうなんだけど。
見慣れた『青いリンゴ』の看板が見えてきた。
「こんにちは」
「やあ、いらっしゃい」
恒夫は爽やかな笑顔を見せる。今日はジーンズに白のタートルネックのセーター。ううう、似合いすぎてかっこいい。
さて、そんなことより、働かないといけなかったわね。
「こっちの食器棚を整理してくれる?」
「いいわよ。どういう風にすればいいの?」
「まずはグラスを並べて、皿は下に入れるから」
「了解」
シャンパングラスやワイングラスに、ビアグラス。こういろいろあると大変ね。それも磨きをかけないと。リネンの布巾でキュッキュッと磨く。どれも大体はきれいだけど、更に美しくするのね。
恒夫は手際よく大皿を片づけて、使いやすいように並べていく。時折、調律のピアノの音が店内に響く。静かにしかも落ち着いた雰囲気だ。
なんだか癒されちゃうわね。
そこへ、にぎやかなみっちゃんが入って来た。
「はい、お待たせしました。ママ特製のピザよ」
おいしそうなソーセージやチーズの焦げるにおい。
「もう一度、ここで温めるわ」
「みっちゃん、何を飲む?」
恒夫が尋ねると、昼間だからノンアルコールだそうだ。
「あ、こんにちは」
「あら、こんにちは。また二人で仲良くしてるのね。恒夫を取ったらいやよ」
「そんな」
ちょっと一瞬恒夫を見た。すると、恒夫はにこにこしながらみっちゃんにこう言った。
「誰が来てもそう言うんだよ」
「あら、見抜かれちゃったかしら」
「女の子が来ると、みんなに同じことを言うんだから」
なんか、がっかり。それでも、私もにこにこと笑ってごまかすしかない。
オーブンで温めたピザとコーヒーで食事する。
「わあ、本当においしい」
「そうでしょ、ママはなんでも上手なのよ」
みっちゃんが得意そうに言う。
恒夫はピアノの調子がいいかどうか聞きながらさりげなくコーヒーを差し出す。ピザを添えて。こういうところがいいわね。
「年代物のピアノですけど、僕のお気に入りなんです」
「いいピアノですよ。私もこのピアノが好きでね。ときどきお店にも客で来ているんですよ」
「え、そうでしたか。それは知らなくて失礼しました」
「あなたのジャズピアノが最高ですね」
頭をかきながらも恒夫は嬉しそうだった。調律師にも好きなピアノとそうでないのがあるということが不思議だった。やはり、人に愛されてるピアノ弾きが奏でる音色が最高なようだ。年齢は五十くらいの少し白髪交じりの調律師は微笑みながら恒夫と話している。
「華ちゃん、何をじっと見てるのよ」
つい、二人の様子を見つめているとみっちゃんにそう言われた。
「え、別に。ピアノを好きな人って話も合うんだなあって」
「何言ってるのよ。嘘ばっかり。恋してるみたいよ」
「そんな」
そうなんだろうか。
私自身よくわからない。
グラスやスプーンを磨いたり、冷蔵庫やパントリーも整理するとすっかり夕方になった。
「さあ、私は帰るわ」
そういうと、みっちゃんはいそいそと帰って行った。調律もやっとすんだようで、これで万全ですよと恒夫に話していた。ピアノの音もしなくなった店内で私たち二人だけになった。
「これ、バイト代」
「え、いいの?」
「いらないなら僕が二人分貰う」
「いるいる」
その慌てた様子をみた恒夫は大笑いしながら差し出した。
私はこの臨時の収入が最高にうれしかった。
「それでは華さんの気持ちを曲に表しましょう」
恒夫は歓喜の歌を弾きだした。
「確かにそうだわ」
時折左手で和音を入れると、恒夫はびっくりしたように私を見た。
「おお、すごいね」
「バイエルぐらいよ、私は」
「ううん、こういうのはセンスなんだよ」
恒夫はいろいろとアレンジしながら弾いていく。私はときどきポロンと弾くだけなのに、名演奏のようになった。楽しくて幸せな気持ち。弾き終わると、二人とも興奮状態だった。
思わず抱きしめられて、見つめあった二人。
キスをしたのは自然な流れ。
でも、違っていたのはそれを見ていた人がいたこと。
青いリンゴのドアを開けた敦だった。




