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レモン  作者: 河 美子
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それってつまんない

 私は松風華まつかぜはな。まるで宝塚のような名前。母が宝塚が大好きで娘が生まれたら宝塚に入れるって決めていたという。

 でも、私はそんな母親の希望を打ち砕くのが速かった。

 幼稚園ですでに主役に興味はなく、なりたがるのはネズミのその他大勢や、木々の一本。

「華ちゃん、あなた、きれいなドレスを着たくないの」

「ママ、竹馬乗れるようになったよ。明日から一輪車のけいこする」

 膝小僧が血だらけの少女に宝塚は名前だけとなった。

 そんな私が恋をした。

 レモンの輪切りを顔に乗せ、急激な色白を計画中。

「敦より白くなりたい」

 羽村敦はむらあつしは私の彼、と言い切れないのが悲しい。そう、友人のレベルからまだ進む気配がない。私はその気満々なのに、敦は女なんか興味ないって。でもその色白な肌が素敵。

 何を隠そう、彼はゲイ。

 でも、そんな敦が好きなの。

 やたらと言い寄る男より敦みたいな人がいい。中学校から私立に入った私は大学までエスカレーターに乗ったようなもので、周りはあまり変わり映えしない。敦も同じでなぜかずっと同じクラス。男子にも女子にも人気があるが、敦はみんなに恋人はいらないとクールに決めていた。

 私たちは帰る方向も違うし、高校までは自転車通学だった。

 ところが、大学になるととんでもなく不便な場所になった。都心にあった大学はマンモス化になり、ついに高校から五〇分も離れたところにできた。私たちは、いえ、私は敦が行くという文学部を受けた。元々、数学的な頭脳は中学校からどこかに置いてきたから文系であることは確かなのだ。

 でも、敦は数学も物理もよくできていたのに、なぜ文学部を選んだのか最近分かった。

「おい、翔がいないな」

 そう、彼はいつも墨江田翔すみえだしょうを探していた。色が真っ黒でラグビー部。いつもどこかの骨を折ってるような男。こいつも私たちと同じ文学部。全く向いていない。この男こそ体育大学が向いている感じがするのに文学部だって。

 翔はああ見えても詩を好む男だった。中身は非常に文学青年なのだ。敦は翔に好かれようとそう好きでもない詩を書いていた。その詩を翔に評価してもらうのが好きなのだ。恋する気持ちはわかるが、私はどうなるの。しかも、敦は私にはぺらぺらと翔の素敵なところを列挙するのだ。恥ずかしくないのか、そう、私は女ではなく、敦の同級生というだけの存在なのだ。

「敦、間違ってるわよ。文学部より工学部や理学部がいいんじゃないの」

「そういう華だって、好きでもない文学にいるのは何でなんだよ」

「い、いいじゃないの」

 そこへ、翔が現れた。

「なあ、大学祭があるだろ。その時に焼きそばとたこ焼きの模擬店出すから手伝ってよ」

「ああ、暇だからいいよ」

 敦はにっこり笑ってすぐ返事をする。

「私は無理」

「あ、つれないやつ」

「だって、私、焼きそばもたこ焼きも作るの下手だもん」

「じゃ、会計やってよ」

「えーっ、お金も間違ったら」

「おい、友達だろ手伝ってやれよ」

 あーあ、敦にそう言われたら仕方ないなあ。私は渋々頷いた。

 結局私たちはラグビー部の模擬店の手伝いをすることになった。折角色白に磨きをかけてきたのに、この大学祭の模擬店の場所はグラウンドの隣で日陰ゼロ。

「いらっしゃいませー、タコがたっぷり入ったたこ焼きはいかがですかー」

 敦の甘い声で女子高生が寄ってくる。

「一つください」

「はーい、どこの高校かな」

「丸山高校です」

「ほう、遠いのにありがとう」

 その一言が憎いわね。女子高生はラグビー部より敦に興味津々。黒いラガーシャツを羽織った翔が来ると、そのマッチョな体に敦がうっとり。もう、いやになるわ。

「はい、どうぞ」

 無愛想な私に見向きもせず、女子高生は敦に金を払う。

 これだから手伝いたくなかったのに。

 すると、翔と同じラグビー部の江守新えもりあらたがエプロンつけてやって来た。

「遅れてごめん」

「本当よ」

「これ、お詫びのしるし」

 手には木村のアンパン。

「許す許す」

 我ながら、食い気に弱すぎと思う。新は気のいい男で兄弟が六人。彼が長男で、新聞も配達しながら学校に通っている。今時、朝刊の配達ができる大学生は数パーセントではないだろうか。

 同じラグビーでも翔は完全夜型。敦もそう。私も朝はからっきし苦手。

 新が焼きそばを焼きだすと、これまた手際が良くていい感じ。たこ焼きだって私がやるよりずっと丸くておいしそう。

「惚れるなよ」

「何それ?」

「俺の腕の良さに見とれてるだろ」

 あんぱんをかじりながら思わず頷く。

「でも、腕だけで惚れないわ」

「ち、残念」

 翔と敦が仲良く隣のテントでレジを覗き込んでる。


 つまんないなあ。

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