2話 怠慢
ハァ……ハァ……ハァ……。
日は落ちて、空はほとんど暗くなっている。
もうすでに、1時間近く走り続けている。
振り向く。
まだ影は俺を追い続けていた。
「何なんだよ……!!」
何故だ。
どうしてこうなった。
俺は。
俺はどこで間違えた!?
2階。
3年生の教室はその階にあるとその青年が言っていた。
「今日が卒業式でしたから……他の生徒はもう帰っていますが、3年生だけまだ残っています。担任の教師の話や生徒同士の別れの言葉とか……いろいろあるんですよ」
それだけ伝えて、1階にある『職員室』に入っていった。
終始、何か含むところがありそうな笑顔だった。
なるほど。卒業式が近いのではなく、今日が卒業式だからそのまま形が残っていたのか。
となると、3年生よりも2年生を狙う方が希望をつぶすのには良いのかもしれないけれど……どちらにせよ対象は3年生だ。だって3年しかいないんだもん。
俺は自分のジャケットの内側のポケットを確認する。
銃が1挺とナイフが1本。
ただの中学生の人生くらい簡単に終わらせることができる。
俺は2階に向かおうと、階段の方に足を向けた。
「ん……?」
階段の横にエレベーターがあった。
別にエレベーターを使おうと思った訳ではない。
エレベーターの前に車椅子に座った少女がいたからだ。
「こんにちわ」
少女は笑顔を浮かべて俺にあいさつした。
先ほどとは違って、自然な笑顔だった。
「……こんにちわ」
俺がそういうと、エレベーターに乗り込んで上に上がっていった。
「……」
あれもきっと3年生なのだろう。誰も車椅子を押してあげるような人間はいなかったことに多少違和感を感じたが、そういうこともあるのだろう。だからそれ以上気にも留めなかった。
エレベーターは2階で止まった。まぁ、残っているのは3年生か先生なのだから当然といえば当然だった。
「……」
あの少女も殺すことになるのだろう。
別に希望を持った人間しか殺さないわけではないのだけれど、未来に希望を持っていそうにない奴までも殺したいのかと問われれば俺はこう答えよう。
殺したい。
「さてと」
俺はつぶやいてから階段を昇っていった。
2階に上がると、その階は少しざわついていた。俺が高校生だった頃も同様な状況だった気がするし、気持ちはわかる。が、お前らはそれ以上のざわつき――『動揺』を得ることになるんだぜ。
目の前の教室の後ろの扉に手をかけた。
思い切り開ける。
開けた瞬間、ざわめきは一度静けさに変わる。先生も生徒も俺を見て、まずは疑問を持つはずだ。
「誰……?」
誰かがつぶやいたような気がする。
それを合図にするように、俺は銃を取り出した。
世界は常に変化している。この空間だって例外じゃない。
ざわめきが静けさに変わり、次の瞬間には
「きゃあああああああああああ!!」
それは戦慄に変化していた。
一人の女子生徒のその叫び声で皆がはっとしたように動き始めた。男子も女子もそれぞれ悲鳴や狼狽のような声を上げて逃げ惑っている。それでも落ち着いたように対応して、全員が俺から離れて行こうとする。
パン!
と。
銃声が響いた。もちろん俺の銃が火を噴いたのだ。黒板に弾丸が突き刺さっている。
「動くな」
俺は一言だけつぶやくように言った。それだけで空間はまたも静けさを取り戻し、動きも止まった。
支配感。
何と言うのだろう……恐らく天下統一した豊臣秀吉や徳川家康はこういう気分を味わっていたんだろうな、と感じた。
「さてと……」
誰から殺そうか。
見たところ男女に差異はない。頭のいい奴か人望の厚いやつを殺そうと思ってきたのだが、はてさてどうしたものか……。
そう考えたのだが。
「逃げなくていいんですか?」
斜め下でそういう声がした。
「……!」
何かと思えば、先ほどの車椅子の少女がいたのだった。
入ってきた瞬間に、恐らく目の前にいたのだろう。しかし気づくことができなかった。
いや――そこじゃない。
「何がいいたい」
俺は質問した。
少女はまっすぐ俺を見つめる。
周りの生徒たちはその状況を見て、そわそわしたりびくびくしたりして、落ち着いていない。
それに対して、俺に発言してきた少女はこちらが驚くくらい落ち着いた対応だった。
「答えろ、何が言いたい」
「……」
少女は黙って自分の耳を2回ノックした。
耳を澄ませ、ということか。
その時小さく音が入ってくる。
……ウー……ウー……、と。
「け……警察……!?」
何で……。
いくらなんでも早すぎる。
いや――勘違いだ。これは別の場所へ向かっているだけで――
「あれは間違いなく、ここに向かっていますよ」
堂々と少女は怖がることもなく、俺に向かって言う。
「どういうことだ」
弱味を見せるわけには行かない。俺が殺人鬼である以上、弱いところを見せることは敗北を意味することになるのだ。
「私が連絡しましたから」
そう言って少女は特にそれを誇るでもなく、静かな目をして俺を見ていた。
その発言によって空気が少し緩んだのを感じた。
周りの生徒が少し安心しているということ――
「ふざけんな!!」
俺は銃を乱射する。
今度は叫び声が上がった。
「くっそが!」
ここで――こんなところで捕まるわけにはいかない!
俺は車椅子の少女の体を引っ張った。
少女の体躯は思ったよりも軽く、持ち上げることができた。
「く……」
少女は抵抗しようとするが、意味なく俺に引っ張られる。
「ルル!」
ご学友と見られる女生徒が、少女の名前を呼んだ。
残念ながらそれでも俺は少女を連れ去った。
「どうして警察に連絡できたんだ!」
俺は階段を走り降りながら尋ねた。
「不審者だったから連絡しただけですよ」
「は……!?」
「この学校に勝手に入ってきたじゃないですか」
「な……」
どういうことだ!?
この学校は見学自由じゃ……。
「今日は警備員の人も既に出払ってしまっていますが、この学校は許可なく入っていい学校ではないんですよ」
「そんな……」
驚きつつも俺はそのまま走り続ける。
そこであの青年の顔が思い浮かんだ。あの妙な笑顔……。
だましやがったのか!!
だがそんなことをこの女に行っても仕方がない。
「さらに言えば、私は人の殺気を感じることができるんですよ」
そう言って少女は。
先ほどとは違い、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
瞬間だった。
寒気とともに彼女の足元に目が行った。
おかしいとは思ったのだ。
足が使えない女を引っ張ると、それはただのお荷物のようになるそうだ。だから人質として、足の不自由な奴は使い勝手が悪い。
それを思い出したがもう遅かった。
その少女が二本足で立っていたことに気付いたのも、遅かった。