1話 青き春
1話。
3月21日。
卒業式。
他の学校では明日や明後日ということだそうだが、この学校は周囲より早く終わったということだ。
式は普通に始まり、普通に終わった。
皆、両親や祖父母などが見に来ていたようだったが、私にはそのどれもいないので、見に来てくれたのは唯一の家族である叔父だけだった。
父と母、そして祖父は5年前、私が小学校にも行かず、家にこもっていた時に殺された。祖母はその後、何を思ったか、首つり自殺で死んだ。そして、私はどこに身を寄せるのかという話になり、一番仲良くしてくれていた叔父が引き取ってくれることになった。
叔父と言っても父の弟で、年齢はかなり離れている。確か、今30歳くらいである。つまり、本来は仕事があるのにも拘らず、彼は卒業式に足を運んでくれたのだった。
「来年からそれぞれ別の高校で、或いは同じ高校で、それでも別々の道を歩くことになります。皆さん、体に気を付けて、来年から高校生活を楽しんでください」
先生はそう言ってホームルームを終了した。
皆はお互いで、別れても仲良くしようね、とか、来年もよろしくね、とかいう会話をしている。私も友達とは別の学校に行くということで、涙無しには居られなかった。
その後、私は同級生の1人と一緒に美術室に向かった。
「部長として最後に挨拶しないと!」
と張り切っている「元」部長こと、忍に
「次の部長も決めないとねぇ」
とのんびりした返答をしておいた。
部、というのは美術部のことだ。私たちは美術部で活動していたのだった。
美術室に入ると、卒業する私たちを快く迎え入れ、祝ってくれた。
「元」部長も最後に新しい部長を任命し、仕事を終えた。
私はその間に、自分の作品と賞状を持って帰るために鞄に詰め込む作業をしていた。
「お、天才絵描きじゃん」
と、そう言って現れたのは、赤い眼鏡で金髪の髪の毛を上に上げて後ろで結んでいる。
「早乙女先生」
「卒業おめっとさーん」
そう言って顧問の先生である早乙女先生は段ボールの箱を教壇の上に置いた。
私の絵を心から褒めてくれ、更にアドバイスなどもしてくれる恩師だった。
「お前の方が部長より賞とかとってんのに副部長なんだよなぁ」
と忍を見て言った。
「それはお口ミッフィーですよ」
と忍も苦笑いで答えた。
「賞が全てじゃないから……私には皆をまとめるような力はないし」
それに。
私は続ける。
「縛られるのは好きじゃないから」
「そうか。ま、来年もどっかの賞にお前の絵が入ると思ってるよ」
早乙女先生はそう言ってニヤリと笑った。
「帰るよー、ゆとり」
忍が私に言った。
そうして私たちは最後の学校を後にした。
忍の家は街を抜けた所にあるのでそこで別れた。
私の家は山中の獣道ともいえない道を抜けたところにある。
それは大工だった父と祖父が作った木でできた、所謂、「ログハウス」というような物だった。
入ると、いくつかの豆電球が仄かに照らす程度で少し温かみを与えてくれる暖色の光だった。
「ああ、お帰り、ゆとり」
と叔父が私に優しく声をかけた。毎日、私が何時に帰ってきてもキッチンで私を迎えてくれる。
「ただいま、叔父さん」
「卒業おめでとう」
「ありがとう」
「封筒が来てたから、机の上に置いておいたよ」
「うん。分かった」
私はキッチンを通り過ぎて自室に入った。机の上を見ると、封筒が置かれていた。
その封筒を持って、ベッドの上へ。そして裏面を見る。『名無し』と書かれてあった。
恐らく中身はお金と手紙だろう。
開けると、予想通り札束と手紙が入っていた。
『この間の頼んであった絵、本日届きました。約束の20万円です。お納めください。あと、この間の相談内容ですが――』
それを全て読み終えてから、私は
「……ふぅ」
とため息をついた。
叔父は知らない。忍は知らない。早乙女先生は知らない。
私が偽物を作り、それを売却していることを。
私は部屋の奥にあるキャンパスルームの鍵を開けて入る。そして入ってから鍵を閉めた。
その絵には、3人の倒れた人と1人の立っている男。そして仄かな黄色と黒みの混じった赤色で描かれていた。
続きを描かなきゃ。
明後日にはこの家を出るのだから。