1話 表面上の奇跡
僕はいつも通り学校へ向かう。3月22日。高校受験も3日前に結果発表され、本当の意味で終わり、卒業式も明日と迫っていた。学校は僕の家から自転車で約5分。
学校についた。
本日は卒業式のリハーサル(リハーサルって何だよ。僕らの卒業は1回だけだぞ!なのに先生達はどうして俺達にリハーサルなんてことをやらせるんだ。大体、僕らはそ【省略】)えーっと、何の話だったけ……?
ああ、そう。
リハーサルのため、荷物はそんなに多くない。僕は荷物を机の上に置いて、ポケットの紙を確認した。
「よし……」
「何が『よし』なんだ?」
と、そこで友達が来た。僕は焦ってポケットに紙を入れる。
僕の幼馴染で、気さくな態度で誰とも仲良く出来るという才能を持つ、高校生活に不安なんてなさそうな、校則をしっかり守った髪形の、運動神経トップクラスで成績はトップ、名門高校を受験した生徒会長である、針葉陽一様だ。
「長い」
と、僕は理不尽に呟いた。全く。もっと平凡な人間であれよ!と、責任転嫁している僕を見て、針葉は不思議そうな顔をして、
「何か忙しそうだな」
と笑った。
「そういや」
と、眼鏡の位置を戻して(優等生=眼鏡という偏見は離れないのか。悲しきかな)、針葉は言った。
「襲、高校受験しなかったんだって?」
襲というのは僕の名前だ。女みたいで、あまり気に入っていない。
「まぁな」
「どうしてだ?働かないといけない状況にでもなっちまったのか?姉さんと2人暮らしだし……」
「姉さんって……」
「ああ、悪いな。昔からの癖だ……。で?どうなんだ?」
「別にそういうんじゃないんだけど……」
僕は1度撤回してから、言うべきか否かを考える。
……うーん。
「実は、高校に行くんだけど、この辺の地域じゃないんだ」
「ってことは、推薦で行くのか?」
「どうだろう。授業料免除、全寮制で教科書とかも無料らしい。金は全く掛からないから両親は了承しているし、姉さんも『さっさと行け』ってさ」
僕は笑ってそう言った。
「あの人らしいな」
針葉も笑う。
「まぁ、これはどっちかというと招待って感じだな」
「そうだよな。お前は部活には入っていないし、勉強も言うほど出来ないしな」
はっきり言ってくれる。
ま、否定できないわけなんですが。
「そうだ、針葉」
「何?」
「最近、世間で話題になっている暴力事件知っているだろ?」
「……あぁ」
針葉は思い出したように言った。
暴力事件。
正確に言うならば、暴力致死事件。
「あれって何件目だっけ?」
「あ~……確かね」
針葉は思い出すように額に指を当てた。
「昨日、17人目が死んだって今朝のニュースで言ってたよ」
……へぇ。
17人……か。
「あれって、無差別殺傷事件の延長なんだろ?」
針葉がそう言った。
無差別殺傷事件。
数ヶ月前からこの街にのたまっている、謎の殺人鬼。
最初の事件は、老婦だった。1人の老婦が家の前でナイフで刺されていたそうだ。
その事件がニュースで取り上げられたのは1回のみ。その後は、一度もその事件は取り上げられなかった。
その後、会社員、主婦、ヤクザ、学生、ホームレスなど様々な人間が殺されたが、それぞれの事件は1度ずつしかニュースとして取り上げられては居ない。
しばらくして、その事件に噂が流れた。
『その人々を殺したのは、殺人鬼ではなく警察の上位の人で、事件を取り上げる事は出来ない』
という内容だった。
それは、なるほど納得できる理由ではある。
しかし
「途中から殴殺に転向したのは不思議だよな」
僕はそう言って、針葉に同意した。
「どうしてだと思う?」
僕は針葉に訊いた。
「分からないな……殺人鬼の気持ちは僕には」
「そうか?天才なら分かるんじゃないか?」
「別に天才じゃないよ」
苦笑いで、しかし強い口調で針葉は言った。
「そうか。何か悪かったな」
「いやいや」
そう言って針葉は笑って、事件の話を打ち切った。
まぁ、彼も暇つぶしにはなっただろう。
どうせ明日には皆忘れる話だろうし。
チャイムが鳴ったので、教室に入って先生の話を聞い(ている振りをし)て、体育館で卒業式のリハーサルを終わらせた後、針葉を家に誘った。
「いや、今日は止めておくよ。姉さんによろしく伝えてくれ」
「お前の姉さんじゃないだろ」
「そうだね。えっと……」
「魅了だ」
「そう。姉さんによろしく」
「直ってない!!」
と、ぐだぐだな会話をしてから帰途に立った。自転車だけれど。
走る。
思い切り漕いだ。
なんとなく、ストレスを発散するように。
気分はスカッとする。
そう、いつもの夜のように。