~紲雷 thunder of bonds22~
闇に白々とした辰力の刃が、格子を組むように重なっていく。巨剣と短剣がぶつかり合い、夜空に火花の噴水が撒き散らされる。
飛び交う刃の隙間に体を滑り込ませ、イヴァンがビシャの顔目がけて短剣を突き出した。槍のように細い衝撃波がビシャの髪を数本巻き込んで消える。顔を反らしながらもビシャはイヴァンの挙動から目を放さない。脇に回り込もうとする動きを遮ろうと、回転しながら尻尾を振るうように後ろ手で剣を薙ぐ。腰の高さに振るわれた巨剣をイヴァンが飛び越え、そのまま踵蹴りを繰り出せば、今度はビシャが振り切った巨剣を手放し、腕を交差させて防御姿勢を取る。
強く踏み込まれたビシャの軸足を見て、イヴァンが反射的に膝目がけて前蹴りを放つ。支点を打ち抜かれて威力を殺された蹴りが、それでも力任せにイヴァンの体を高々と蹴り飛ばした。イヴァンはそのまま宙で体を抱え込むように二回転し、背後にあったマストの出っ張りに手をかけると、獲物を狙う猛禽のごとく地上へと舞い戻る。
ビシャは防御には転じずに持ち直した巨剣を肩に構え、振り下ろすようにして三段斬りを放った。三つの巨大な風の刃が空気を切り開く様は竜の爪撃と錯覚するほどだった。
直撃する。セーニア兵士たちが勝利の予感に拳を握り締めた時、宙にあったはずのイヴァンの体が消え失せる。遅れてビシャの放った衝撃波がイヴァンのいた辺りを通過し、巨大なマストを難なく輪切りにしてみせた。剣風で帆が大きくたわみ、負荷に耐え切れなかった縄がブチンと音を立てて旗のようになびいた。次いで、斬り放されたマストが甲板に次々と落下し、地響きを起こす。
ビシャは衝撃波の行き先を目で追わずに、左側で陣を成す兵士たちの後方を睨む。いつの間にかイヴァンはビシャからそう遠くない位置に着地していた。ナイフから伸ばした辰力の刃を側面に向け、壁に差し込んだ瞬間に解除することによって飛ぶ軌道をわずかにずらしていたのだ。
そのまま間合いを詰めようとしたイヴァンだったが、二人の間を遮るかのように炎が走った。敵陣のど真ん中ともなれば好き勝手に動けるはずがない。
兵士たちがイヴァンを隙間なく取り囲むのを見計らい、ビシャはすぐさま標的を変える。ガレット・リブライと交戦しているピエールへ、自軍の兵と押し合っているジヴー兵たちへ。そして最後に、遠方から兵士たちの支援に徹しているシュイの横顔へ。
隙ありと見たか、ビシャが剣を錐揉むように振り上げた。足元から旋風が巻き起こり、前方へと押し出される。死角から放たれた旋風に、シュイは目をくれることなく、接触する寸前で三歩分後ろへと退いた。衝撃波が船べりを真っ二つに斬り裂き、闇夜へと吸い込まれていく。
ビシャがちっと舌打ちすると同時に、脇から兵士たちの悲鳴と怒号が折り重なった。強烈な蹴撃でイヴァンに蹴り飛ばされた兵士たちが宙をきりきり舞い、地面に叩きつけられていた。
「ふん、退屈しないで済みそうだな」
「退屈、か。随分と偉くなったものだな、ビシャ」
言葉に皮肉が込められてると感じたのか、ビシャが巨剣を突き付けた。水平に維持するだけでも大変そうな大きさだが、刀身は全く震えていない。その相貌には並々ならぬ怒りが満ちていた。
「いつまでセーニアに仇成す気だ、復讐に固執していていて誰が幸せになれる」
「……お前がそれを言うか。戦を道楽でやっている愚者共が」
「道楽か、まぁ否定はしない。いくらご大層なお題目を並べようと、騎士とは所詮国家の振りかざす剣に過ぎんのだからな。だが、戦場というまともじゃない環境に深入りしては心を病むばかりだ。何かしら楽しみを見出さねばやっていられんのだよ。たとえそれが、後ろ向きな楽しみ方であったとしてもな」
「…………」
「俺が将軍位に上り詰めるまでの間、実に様々なことがあった。慕っていた上官に殺されかけ、ヌレイフでは志を共にした輩も多く失った。俺は元からそやつらの屍の上を歩いているのだ。高配が少しばかりきつくなったところで躊躇う理由はない。ましてや、それが敵であれば尚更な」
会話と一緒に巨剣が切り上げられた。イヴァンが一瞬早くバックステップを踏み、紙一重でそれを躱す。イヴァンがビシャと距離を取ったのを見計らい、魔道兵たちの放った魔法が次々に飛来した。イヴァンは足を止める間もなく甲板を走り抜け、攻撃を掻い潜る。ビシャがその後を追い、イヴァンと並走する。
「どうした、少しずつ初動が遅くなっているぞ? いつもの貴様であれば殺気だけで反応したはずだがな。そのような状態でこの俺を倒せるのか?」
軽口を叩くビシャの耳朶は、イヴァンの呼気に集中していた。息が少し早くなっているのがわかる。やはり、ここに乗り込むまでにはそれなりの無茶をしてきたのだろう。
「ジヴーに滅ぼされた故郷を重ねたのか知らんが、勝ち目のない戦いについたのが貴様の運の尽きだ。とっとと仲間たちの下に送ってやろう。そして、セーニアが繁栄していく様を、指を咥えて見ているがいい」
イヴァンは走りながらも喉の渇きを押し殺すようにして言葉を紡ぐ。
「まだ勝った気になるのは、早いな。お前たちの命運は、必ずここで断ち切ってやる」
再び戦いに移行した二人を尻目に、ガレット・リブライはピエールと何合目かの打ち合いに入っていた。体ごとぶつかり合うような乱撃を繰り広げた末に、ガレットが一瞬手首を引き、強く踏み込んでピエールを突き放す。視線の先で相手がよろめいたのを見計らい、ガレットが更に踏み込んで二の太刀を連ねた。ピエールがスウェーで刃から逃れるや否や、ガレットの剣が赤い前髪を寸断。体勢を改めたピエールが、既に繰り出されていた三の太刀に、対角線を結ぶような斬り上げで応えた。
白刃が交差した途端に辻風が生じ、互いの頬や肩を浅く傷つけた。隙を見て二人を仕留めようと構えていた両軍の歩兵たちが、瞬きすらしない二人の気迫に押し退けられる。獅子の取っ組み合いに猫が手を出しても返り打ちに遭うだけだった。
「くっ、傭兵風情が……しぶといっ!」
自身と同じく一向に攻め手を緩めぬピエールにガレットが毒づきながらも、再度剣を振り被る。まるで金槌を打ち合わしているような衝撃が両腕を貫き、手指を痺れさせた。豆だらけでカチカチになっていたはずの手は皮がずる剥け、指の隙間から血がぽたぽたと滴っている。攻防の密度の濃さでいえばビシャとイヴァンとの戦いを上回るほどだ。息を継ぐ間もほとんどない戦いを続けていれば、酸欠で意識が朦朧とし、視野も少しずつ狭まってくる。相対するピエールの表情も少しずつ険しさを増し、耳を澄ませば自分の呼気に荒い吐息の音が重なってくる。
それでいて、瞳に宿るギラつきは収まる気配がない。どこかにつけ入る隙がないかと、自分の体を逐一観察している。これほどまでに抵抗され、敵意を向けられた経験はガレットにはなかった。
と、視界の端から何かが飛来してきたのを察知し、ガレットが剣を振り上げた。キィンと甲高い音を立てて跳ね上がったのは黒塗りの鉄矢だ。見ると、ピエールの斜め後方で射手が弓を構えていた。
「――また邪魔を、鬱陶しいやつらめっ!」
ガレットがお返しとばかりに射手に向かって剣風を飛ばした。が、あさっての方向から光弾が飛来し、瞬時に攻撃が相殺される。軌道を見返すと、そこにはシュイの姿があった。
「はっ、余所見してると怪我するぜッ!」
「――ちぃ!」
柱と錯覚するほどの巨大な剣閃がピエールから放たれ、密集している兵たちを蹴散らしながらガレットに向かう。目を見開いたガレットが素早く剣の切っ先で十字を切り、剣の峰を天に向けて両手で圧し込む。十字架の障壁が形成されるや否や、ピエールの剣閃が硝石が割れるような音を立てて霧散した。
だが、剣閃を壁代わりにして走ってきたことまでは予測が追いつかなかった。間合いを詰められた状態で軽快に繰り出された<四連突>に対応しきれず、終の一撃が腕の肉を削いだ。
痛みに顔をしかめたガレットが、正面にいるピエールを蹴り放そうと足を畳む。ピエールは避けようとせずに敢えて踏み込み、腹に力を込めた。
ガレットの蹴りがピエールの腹筋に当たった直後、ガレットとピエール双方の額に衝撃が走る。眉間に激しい鈍痛を感じ、視界が明滅した。倒れかけたガレットはブリッジするように手を甲板につき、後方に宙返りするようにして倒れるのを堪える。着地したガレットと頭突きを見舞ったピエールが、憎き親の仇を見るような眼差しで互いを睨み合う。
互いの額が切れ、傷口から鮮血が鼻を撫でて顎から垂れ落ちていく。ガレット・リブライと互角。あるいはやや押している印象のあるピエールに、ジヴー兵から歓声が、セーニア兵から動揺の声が漏れた。
隙あらばジヴー兵を潰そうと試みているビシャとガレットだったが、それは後方に控えているシュイに再三に亘って妨害されていた。
シュイの意識の大半は、甲板で戦っている両軍の兵士たちに向けられていた。視野の中にあるのは、ジヴー兵たちが握っている数多の武器だ。一目見れば、彼らの使う武器に紫電が走っているのがわかる。
開幕で行使された<怒れる霆の渦流>の雷は、シュイの頭上で放射状に広がり、ジヴー兵の掲げる武器に隈なく降り注いだ。以前に戦ったレイヴ・グラガンが見せた雷の形状変化を利用し、複数の武器に対する同時付与をやってのけたのだ。それは、セーニア兵たちを怯ませるのに十分なパフォーマンスだった。
一つの武器に付与を集約させている時に比べれば、分散させているだけ威力も落ちる。しかしながら、元来<怒れる霆の渦流>は威力の凄まじさ故に制御にも魔力を要する諸刃の剣であり、維持できる時間もかなり短い。言えば、複数の敵を相手にする場合は割に合わない魔法だ。レイヴもその特性をよく理解していたからこそ、広範囲を自在に攻撃できるように雷を竜へと形状変化させていた。
兵士たちの戦闘力を底上げすることによって一時的にでも戦いを優位に進めようとするシュイの目論みは、これまでのところ上手くいっていた。効果のほどは初級の魔法、<絡みつくは雷の蛇>と同程度のものだったが、個人能力が拮抗している状態であればその差は大きくなる。雷を帯びた剣を金属武器でまともに受けようものなら、程度の差はあれ感電するのは間違いない。結果として敵魔法使いは攻撃ではなく<魔法解除>に回り、戦う歩兵たちは回避行動を余儀なくされる。敵の攻撃の比重が減れば、それはそのまま生存率の上昇に直結するのだ。
シュイの後方支援もさることながら、ジヴー兵たちはセーニアの精鋭を相手に一対一でも引けを取らぬ動きを見せていた。攻撃、防御の判断が今まで戦ってきた兵たちとは比べ物にならぬほど迅速であり、不利になった仲間をすぐにサポートする広い視野も合わせ持っていた。優秀な治癒術師も何人か混じっているのだろう。戦いで手傷を負った者も後方に下がってから時が経たぬうちに戦線復帰を果たしている。数に勝っているはずのセーニア軍は、侵入してきたジヴー兵たちをいまひとつ押し込めないでいた。
イヴァンと切り結びながらも戦況を逐一確認していたビシャは、心中で嘆息せざるを得なかった。ここにいるジヴー兵が軒並み精鋭なのは確かだが、自軍の兵士たちの力量が彼らに劣っているわけではない。やや押され気味のガレットにしてもそうだ。剣術のみに着眼するならむしろ分があるとさえ思われた。
双方を分かったのは意識の差だった。十中八九、ジヴー側はこちらの強さの今までの敗北から完全に想定していたのだろう。予め格上の敵を相手にすると覚悟した上で、ここに乗り込んできたのだ。背水の陣と乗り込んできた敵を相手に、後に戦いを控える者の戦い方で応じては遅れを取るのも無理からぬことだ。
セーニア軍がこれほどにハイレベルな敵と戦うのは傭兵たちが大勢入り混じっていた初戦以来になる。相手の戦力が未知数だった初戦では兵士たちの気も引き締められていたが、連戦連勝を重ねていれば自然と手綱も緩んでしまう。もちろん、この中には慎重な兵もいただろうが、えてして人は易きに流れるものだ。楽観的な雰囲気に一月以上も揉まれれば周りに迎合してしまう兵も増えてくるだろう。心のうちに生じた綻びは、他人が叱咤したところで完全に治るものではない。
けれども、そういったマイナス要員を差し引いても、自分たちの勝利は揺るがないだろう。強力な付与魔法はそう何度も使えるものではないし、敵陣地の奥深くで戦う緊張感は生半可なものではないはずだ。緊張感を維持し続ければスタミナの消耗を誘うことになる。無理せずともこの拮抗状態を維持し続ければ敵の数は減っていき、自然とこの戦いは終わる。ジヴーの完全敗北という結果を以って。
その思いを後押しするように、他船との連携のタイミングを図っていたロッグが、指揮棒を振り下ろした。旗艦の左右の船には味方を巻き込まぬよう、攻撃で後尾に対角線を結ぶような陣構えで望んでいた。左右を敵船に挟まれてはどこにも逃げ場があるはずもない。立ち往生した兵士たちを見て、シュイとロッグ、二人の声が重なる。
「障壁を展開しろッ!」
「今だ、放てぃッ!」
拡声魔石によるロッグの合図と同時に、ジヴー兵たちが陣取っていた船の後尾を雷と矢が飛び交った。両側からの攻撃に晒されては驚異的な粘りを見せていたジヴー兵たちもひとたまりもなかった。回避することは不可能に近く、魔法と矢の入り混じった攻撃ともなれば障壁で完全にブロックするには至らない。ほどなくして、攻撃が特に密集した部位が突き崩される。前衛に回ったジヴー兵たちが炎で顔を焼かれ、あるいは矢で胸を穿たれ、断末魔を上げて倒れていく。
自分の目の前で折り重なっていく仲間たちに、しかしシュイは見向こうともしなかった。崩れかけた前線を見て勝機と見たか、セーニアの歩兵たちが前方から切り込んできていたからだ。
表情を殺したシュイの五指が顔の前で流れる。描き出された魔力の五線譜に、鈴の音のような余韻と共に魔力の音符が連なっていく。その数は20を悠に超えていた。
シュイの手が振り下ろされるや否や、<刻穿ちし閃>の光弾が光芒を残して接近してきた敵の群れに飛び立った。兵士たちの体が勢いよく弾き返され、遅れて衝撃音が轟く。腕を、足を、腹を潰されて痙攣する仲間たちを見て、セーニア兵の勢いが止まった。
「余力のある者は手足に力を込めろ、息のある者には急いで治療に当たれ」
仲間の死を目の当たりにして、シュイの声は厳かだった。始めからこうなることは覚悟の上だった、という風に。
間を置かずして、攻撃を受けて倒れていた者たちが幽鬼のように起き上がり、狼のように犬歯をむき出しにして剣を構えた。この光景に対しては、セーニア兵たちも流石にゾッとしないものを感じた。
――敵ながら大した気迫だが、流石に限界が見えてきたな。もはや相手に成す術は――
自らが発そうとした否定の言葉に、ビシャは微かな疑問を抱いた。
何を言い淀む必要があるのかと思いながらも、喉の奥に何かがこびりついているような不快感があった。そういった感覚は杞憂に終わることの方が多いのだが、かつて感覚に従って行動して命を拾ったこともある。結託した上官たちに宴席へ誘われ、危うく騙し討ちにされかけた時だ。
――そうだ、あの時もやつらは平然と振る舞っていた。今のジヴー兵たちと同じように。
ビシャはここにきて違和感の正体に気づき始めた。危険を冒して旗艦まで侵入してきた敵方が、それほど積極的に攻撃を仕掛けてこないのはなぜなのか、と。
今回のジヴー軍を相手にするに当たっては、今までとは比べ物にならない手応えを感じている。たかが砂船一隻とはいえ、三万もの防衛線を掻い潜って中枢まで攻め込んでくるという離れ業をやってのけた。間違いなく、様々な策を上積みしたからこそ成し遂げられたのだろう。これほど戦力を一極化させたことについては、相手方にも相当な危険があったはずだ。
だからこそ、違和感がある。指揮系統たる将校を潰すつもりで乗り込んできたならば、イヴァンだけでなくシュイやピエールもまずは自分一人に狙いを絞ってしかるべきなのだ。旗艦に陣取っていた兵士たちの数と実力が予想以上だったため、諦めざるを得なかったのか。否だ。こちらの戦力が大きければ大きいほど、短時間でケリをつけねばならないと思うのが普通だ。
時間稼ぎ。その言葉がビシャの脳裏で閃き、様々な可能性が去来しては消えていく。敵に絡め取られたであろう諜報兵からの、イヴァンたちが加わっているという連絡。戦う直前に見つかった、一見すると間抜けな砂船の痕跡。前方から徐々に近づいてくる、連なる照明石の光。後方から夜襲を仕掛けてきた敵船団。しかして、夜襲にはそれほど適さない砂漠のど真ん中が戦地に選ばれた理由。
――まさか、……いや、もうそれくらいしか考えられぬ。こいつらも囮なのだとすれば。
「――ケトゥレフ! 魔道兵たちと共に感知魔法で敵の魔法攻撃を警戒しろ! 魔力の高まりを感知したら直ぐに知らせるのだ!」
「魔法……――――っ」
後方でビシャの代わりに指揮に当たっていたロッグも、敵にこれといった動きがないことに不安を抱いていたのだろう。特に意図を問い返すこともなく、ビシャに深くうなずいてみせる。
イヴァンでもシュイでもない、強力な第三者による不意打ち。限りなく正解に近い解を弾き出したビシャが、旗艦の外側にある船へと注意を払う。魔石でイヴァンたちがいることを知らせてきたのは、第三の刺客の存在を隠すためだと考えれば合点がいった。
そして、ロッグが魔道兵たちに指示している最中のことだった。唐突に、旗艦に小さな揺れが生じた。シュイたちの乗ってきた黒船に、セーニアの旗を掲げる砂船が接触したのだ。暗闇で所属まではわからなかったが、大方ネルガー・シラプスの船団か右翼に配備されていた船団の砂船だろう。
――いや待て、敵軍の偽装の可能性も捨ててはならぬな。
ビシャはすぐさま考え直した。何しろ相手には船を真っ黒に塗り潰したという前科がある。ならば、敵船に偽装することくらい思いつかないわけがない。ここで策が終わってしまえばいかにも中途半端だ。何かしらの策を嵩じていないなどということが考えられるだろうか。
伝令兵を介して周りにいる船に指示を送り、いつでも旗艦に乗り移れるよう準備を整えさせる。こうすれば、仮に接舷した船が敵の手によるものであったとしても人数差で圧倒できる。広範囲魔法による攻撃を模索していたとして、感知魔法で魔力の向上を察知すればそれまでだ。引導を渡すのはもう間もなくだった。
だからこそ、ビシャは呆気に取られた。後ろから突っ込んできた船に目を走らせたシュイが、開口一番言い放った言葉に。
10/7 21:00 文章、誤字修正しました。