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~紲雷 thunder of bonds20~

 『敵砂船が防衛線を突破した、大至急迎撃の陣を展開されたし』

 黒船を追うガレット・リブライの船団から、警戒を促す複数の照明弾が打ち上げられた。


 セーニア本陣は緊張感に満ちていた。本陣には旗艦を含めて21隻の船が残っていたが、2万5000以上の歩兵と両翼に陣取る20隻の砂船。援護に出したネルガー・シラプスの船団も含めてさらに10隻。その分厚い警戒網を掻い潜ってくるのは不可能に近い。ましてや、主力部隊を後方に一点集中させているとなれば尚更だ。


 南方から湧き立つ砂煙を見据え、各船にいる隊長たちが檄を飛ばす。

「防衛線を突破してきたくらいだ、敵船の機動力は侮れぬものがあるだろう。いいか、射程内に入っても直ぐには攻撃するなよ! 中距離での一斉砲火で沈める!」

『はっ!』


 今回の連絡には魔石が使われていない。あくまで簡略化した情報をやり取りする照明信号によるものであり、敵の詳細な情報はわからない。防衛陣を突破したからには敵船からの魔法攻撃も考えなくてはいけないため、船べりに陣取る魔法使いの後方には何人かの結界術師が対物理及び魔法障壁の展開を準備させる。


 数分後、横並びになった船団に次々に照明魔石が灯った。猛然と突っ込んでくる一隻の敵船を視界に収め、魔法使いたちが詠唱を開始。100メードの距離に入ったところで杖や手から一斉に炎と雷と風が迸り、黒船へと吸い込まれていった。

 黒船の側からすれば数多の魔法弾が視界を万華鏡の結晶のように埋め尽くしたことだろう。全てを避けきることなど叶うはずもない。着弾する度に船体が嵐に沖に出たかのように激しく左右に揺れ動く。船は一気に速度を緩め、そして停止した。


 兵たちが歓声を上げる最中、ただひとつの人影がなだらかな砂丘の上に降り立った。

 間を置かずに絶大な辰力が放出された。砂が波打ち、一瞬にして風の向きが変わり、様子を窺っていた者たちの頬が風圧で歪む。

 炎上する船を背負うようにして、イヴァン・カストラがゆっくりと歩を進めた。その度に砂地に風紋が走り、大気に軋んだ音が満ち満ちていく。

 自身を蝕む圧力に抗うかのように、船柵に捕まって踏みとどまっていた魔法使いが手をかざした。球状の圧力を展開する男に向けて雷を迸らせ、そしてそれが合図となった。


 イヴァンが砂の上を高速で滑るかのようにして20歩分横へ移動する。その時には既に他の船からの火線が迫っている。

 魔法弾に追い回されるようにして、イヴァンが夜の砂漠を駆ける。できたばかりの足跡に魔法弾が即着弾し、次々と砂塵を巻き上げていく。

 まるで鹿追いのような攻撃っぷりだが、緩急を巧みに切り替えるイヴァンに攻撃は全く当たらない。じぐざくに走行しながらも確実に接近してくる敵に対して、兵士たちは焦りながらもなんとか心を冷静に保つよう言い聞かせていた。彼をこの場で消すことができれば、セーニアにとっての最大の懸案の一つが消えるのだ。それに加えて、運よく相手に留めを刺せれば一生遊べるほどの莫大な賞金と褒章が確約される。

 数的優位をこれほど保っている状態であれば、時間をかければ倒すのはそれほど難しくない。どれほどの達人とてスタミナは無尽蔵ではない。そして、攻撃を回避し続ける姿勢が、その攻撃が有効であると認めているのだ。


 そうこうしているうちに、いつの間にか両側面に回り込んでいた船から、続けざまに広範囲魔法、<高貴なる緋の爆砕(スカーレット・ノヴァ)>が放たれた。魔法攻撃となれば着弾点から少々離れていようとダメージは免れない。

 だが、それを待っていたかのようにイヴァンは足を止め、微かに乱れていた呼気を一瞬にして整えると一瞬にして後退。目の前に飛来してきた火球を掴むかのように、両手を前にかざした。


 それを目の当たりにした隊長の顔から一気に血の気が引く。

「――総員退避ぃ!」

 悲鳴のような声が船上に響き渡ったのに続いて衝撃音が鳴り響いた。真横から飛来してきた大火球を自分の真正面に捉えたイヴァンが、両手に凄まじい圧力を生じさせる。

 火球が押し出されるようにして直線軌道を外れ、放物線を描くようにしてセーニアの船の方に向かった。

 着弾を確認する間もなく、イヴァンは反対方向からの第二波に対して次の行動に移っていた。火球を飛ばして尚余っていた力を今度は砂地に叩きつけ、自身の足元から半径10メードほどを一気に窪ませた。

 砂地に出来た深さ3メードほどの壕に身を伏せた瞬間、頭上を通過したもうひとつの火球が付近で着弾。猛烈な熱風が頭上で猛威を振るい、珈琲色の髪を乱す。やがて炎が収まったところで壕から飛び出し、砂埃を吸わぬよう呼気を止め、一気に煙の中を走り出した。



「くそっ、横腹に取りつかれたぞ!」

 重力の上下と左右が入れ替わったように、イヴァンが足場を砂地から間近にあった船体へと変える。垂直よりも急な壁を走っている人影を捉え、対面にいる兵士たちから弓や魔法が継続的に放たれた。

「ば、バカ者、撃ち方やめえぃっ!」

 隊長がそう指示した時には少し遅かった。味方の船に兵士たちの魔法弾が着弾し、船体に無数の穴が穿たれる。

 イヴァンは船縁に両手をかけ、甲板の上にひらりと躍り出た。待ち構えていた歩兵たちが剣を手に次々と斬りかかる。

 左右を塞がれていることに気づいたイヴァンは咄嗟に身を縮め、目の前にあった船橋の板張りの壁を体当たりで破壊。そのまま操舵室内に突進した。突然の闖入者に慌てふためいている船員たちを無視して、イヴァンは操舵輪を蹴り壊すと、次にはその逆の壁を破壊して新しい出口を作った。待ち伏せをあっさりと無効化する非常識気回りない機動力と破壊力だった。

 動揺する兵士たちを差し置いてイヴァンが辰力を込めた蹴り足で甲板をしたたかに蹴り放った。援護するべく接近してきた敵船の方に飛び移ったのだ。踏み抜かれた船が大きく縦に揺れた。船と船を放物線で結ぶようにして、より旗艦に近いほうの船上に着地。突っ込んでくる歩兵たちを一瞬にしてなぎ倒し、先ほどの船と同じように操舵室の舵を破壊した後で離脱する。


 中央へ近づくにつれて兵士たちの質も上がっていった。四つ目の船の船首側に着地したイヴァンを兵たちは素早く包囲した。剣が薄らと燐光を帯びてるのは辰力の使い手である証。本陣の中枢ともなると並の使い手がいるはずもない。

「かかれっ!」

 誰かの声に応じて、兵士たちが一呼吸のうちに10歩分の間合いを潰す。遅れることなく三つの長剣が孤を描いた。

 避けられぬと思われた一撃を前に、イヴァンの体が残像を残して消えた。甲板が軋む音がした時には、彼の姿は既に船尾の側にあり、代わりに一人の兵士の首があらぬ方向にねじ曲がっていた。人形のように膝をおり、前に突っ伏した仲間を見て、兵士たちが体を大きく震わせる。それをよそに、イヴァンは旗艦の位置を確認し、船縁にいる兵士たちの配置を確認した。



 その戦闘の様子を旗艦のやや高い位置から見下ろしていたロッグ・ケトゥレフは、ただただ唖然としていた。

「ば、馬鹿な。本当にたった一人でここに至るとは」

 ロッグの呟きを耳にし、ビシャが肩をすくめた。何分ここは敵地のど真ん中であるし、病や食糧不足も相まって思わぬ足止めを食っている。その間、敵には戦備を整える時間が十分あっただろう。与えられた時間を全て有効活用できたとするならば、これくらいの真似はできてもおかしくはない。

 ただ、それを成すためには十全に近い士気と統率力が必須であったことに疑いない。そのことについてはむしろイヴァンより、敗戦を重ねてきた中でこれだけの抵抗を見せているジヴー軍を褒めるべきだった。


「もう、悠長に待つわけにもいかんな」

 屹然とした声に、ロッグがはっとしてビシャの横顔を振り返った。

「お、お待ちください! 司令官になにかあれば」

 止めようとするロッグを無視し、ビシャが六角形の盾、<誓約の(プレッジシールド)>を腕に嵌め込む。美しい亀甲模様の装飾が施された黄金色の盾に、ロッグが息をのんだ。

 イヴァンを食い止めようと狭いスペースに殺到した砂船は行き場を失い、団子状態になっていた。そんな中、船を数隻航行不能にされては当然のように渋滞が起こる。壊れた舵は一朝一夕には直せない。陣形を組んだうえでの多面攻撃ができなければ数的優位など意味がない。今の状況からすれば、自分から動いてイヴァンを止めるのが最善だった。


「問題ない、ここに至るまでにやつもそれなりに疲弊はしているはず。それに、もう間もなくリブライの船団が到着する。共闘できれば打ち果たすこともさほど難しくあるまい」

「それは、わかりますが……」

 犠牲を出したくないこの状況で、セーニアでも屈指の実力を持つといわれるガレットの存在は心強い。一人が一対一で戦い、もう一方が隙を突くような形をとれば相手が手練れであろうと問題なく勝てるだろう。

 ビシャの本音を言えば、一対一で戦いたいのは山々だ。しかし、今は私情で動いているわけではない。素で相対して勝てるようであればそれがベストだが、実力が拮抗しているようであれば手を借りざるを得なかった。


「シラプス卿が残っていれば俺の代わりに戦ってもらうつもりだったのだが、帰還を待つ余裕はない。――来たな」

 ビシャがそう呟いた時には、隣接する船のマストを上っていたイヴァンが、セーニア旗艦『ナルヴィニ』の方へと向けて跳躍していた。



 船の左舷に着地したイヴァンに、ビシャが猛然と襲いかかった。体勢が崩れ、膝が曲がったタイミングで竜の牙を思わせる巨大な剣が振り下ろされた。ほとんど同時に二つの短剣が宙で交差する。ガチン、と岩に剣を叩きつけたような音が鳴り、金属の焦げる匂いが生じた。


「よくぞここまで辿り着いたな。称賛に値するぞ、イヴァン・カストラよ」

 攻撃を受け止められたことに驚くことなく、ビシャは淡々とそう言った。

「……ビシャ、リーヴルモア」

 巨大な片手剣の一撃を、イヴァンが両手に持つ三枚刃のナイフで挟みこむように受け止めていた。膂力は体格のいいビシャに分があるのか、少しずつイヴァンの方へと鍔迫り合いが押し込まれていく。凄みのある笑みを浮かべるビシャに、イヴァンがぎりと歯を鳴らした。

「まさかこのような砂だらけの地で慈善活動に従事していようとは思わなかったぞ。神の教えにでも目覚めたか?」

「神だと? くだらん、そんな物が本当に存在しているならば貴様らなどとっくにくたばっているだろう、さっ!」

「ちっ!」

 鍔迫り合いを耐えきれないと判断したのか、イヴァンが体を入れ替えた。巨剣を挟んだ格好のままから側面に滑り込み、高い位置から捻じ込むような飛び回し蹴りを放つ。ビシャの、盾を付けたもう片方の手が反応した。顔に向かって放たれた蹴りを易々と受け止めると同時に往なされた巨剣が甲板に刀身分の太い切れ込みを入る。

 イヴァンの蹴撃もそれは攻撃するためのものではなく、間合いを取るためのものだったのだろう。警戒にビシャの腕を弾いて後方に飛ぶ。その直後だった。


「――何!?」

 イヴァンが跳躍した先、船べりの下から飛び出すようにして姿を現したのは隙を窺っていたガレット・リブライ。近づいてきたイヴァンの背中目がけて剣が振るわれる。イヴァンが着地と同時に横に飛ぶも、ガレットの剣刃が来ている衣と血線を宙に跳ね上げた。


「ぐぅっ!」

 右肩部分を縦に切り裂かれながらも、イヴァンは速度を殺すことなく船のマストに駆け上がる。

「くっ、浅かったか。逃がさんっ!」

 再びガレットが剣を振るうと、今度は剣の切っ先に空気が纏わりついた。長剣が横に薙ぎ払われると同時に、三日月状の衝撃波がマストの綱を掴むイヴァンに迫る。イヴァンが縄を手放し、帆を掴んだところで、帆を固定していた綱が一気に切り裂かれ、白い布が一気に垂れ落ちてくる。イヴァンは前後に揺れる帆の勢いを利用して船尾楼へと跳躍、包囲網から一時的に離脱した。


「追うぞ」

「承知――むっ!」

 ビシャとガレットが足を踏み出しかけた途端、甲高い衝撃音と共に、旗艦が左右に揺れ動いた。

「ぬぅ! 何事だっ!」

「てっ、敵船です! 先ほど沈めた船とは別の一隻に、取りつかれました!」

 右舷側にいた兵士から声が上がる。

「新手だと、一体どこから。いや、それよりあの程度の船にぶつけられたくらいでこれほど揺れるとは」

 ガレットが眼下の船を睨み、舌打ちする。

「海戦に使う<船首角(ラム)>が取り付けられている模様です。おそらくはそのせいかと。今接舷されぬよう応対させております!」



 右舷側に駆けつけた弓兵たちが自分たちに向けて弓を引き絞ったのを目にし、シュイが拳を突き出した。矢が放たれる寸前、黒船から空へと向けて五つの光弾が放たれる。

 狙いを絞る動作に気を取られていた兵士たちに、高速で飛来する魔法を避ける術はない。攻撃をまともに食らった兵士たちが、ろくろく悲鳴を上げる間もなく宙へと弾き飛ばされていく。

 被害を免れた弓兵たちから矢が間断なく放たれるが、ジヴーの兵士たちは盾をかざし、あるいは後方に退いてそれを防ぎ切った。


「せぃや!」

 ピエールが自分たちの乗っていた黒船のマストに斬りかかった。斜めに切り込みを入れられ、ぎしっ、と傾いた黒い支柱がゆっくりと横倒しになり、敵旗艦『ナルヴィニ』の船縁に食い込んで上り坂の架け橋となる。

「よし、乗り込め!」

「そう簡単には――むっ!」

「どこを見ている!」

 声が轟いたのに続いて、船尾に後退していたはずのイヴァンが、今度は一瞬で間合いを縮めてきた。リーヴルモアが振りかざしかけた大剣を咄嗟に引っ込めて盾代わりにする。火花散る幾つもの連続攻撃を受け止めながらビシャが舌を鳴らす。


「リーヴルモア卿、私が!」

 代わりにガレットが、即席の橋を寸断すべく剣を振りかざした。剣から生じた閃光が衝撃波を生み、柱とそれを渡っている兵士たちに襲いかかる。

「<(穿たれし閃(ラピディティ・スカージュ)>!」

 唐突に、先駆けて渡り切っていた黒衣の男の手指から白い光弾が放たれた。放たれた光弾のうち三つが衝撃波に命中し、衝撃波の軌道を大きく逸らす。

 その一方で、ビシャと切り結んでいたイヴァンが後方からの槍に気づき、宙に高々と跳躍してシュイの側へと着地。

 兵士たちが追撃を放とうと構えた瞬間、シュイが再び闇に光の五線譜を描き出したのを見て、動きを止めた。慌ただしかった足音が止み、沈黙の内に一同が会す。



 ――迅いな。この者たちも精鋭か。

 素早い一斉行動。決して渡りやすいとは思えぬ即席の丸太橋をあっさりと渡り切った色黒のジヴー兵たちを見据え、ビシャとガレットの顔つきが険しくなった。ヴィレンが鍛え上げた兵士たちの実力を見抜いているようだった。

 ガレットは兵たちの先頭に立っている二人の男を見据え、口火を切った。


「――その格好、きさまがシュイ・エルクンドか」

「おまえたちに名乗る名はないし、その意味もない。悪いがここにいる者たちには皆、死んでもらう」

 シュイの不遜な言動を聞くとロッグがおかしそうに顎をしゃくった。

「ほぅ、大した自信だな。まぁ、確かに? 見事な手際と言っていいだろう。これだけの戦力を旗艦にまで引っ張り込まれるとは予想外だった。――それで、たったこれだけの人数で我らを倒せると思ってはいないだろうな。断っておくが、我が船だけでも精鋭が300人以上乗り込んでいるのだぞ?」


 見下している感がありありのロッグに構わず、シュイは周囲の状況を確認する。周りからは遠巻いていた他の敵船が位置を調整して近づきつつあった。時間が経てば経つほどに敵の数は増え、こちらの消耗も激しくなる。加えて、動くのが遅れればそれだけヴィレンやスザク、アミナたちの部隊の負担が大きくなる。

 救いと言えば、旗艦というだけあって船の甲板が高く他の船から乗り込むには時間がかかることだろう。ひとつの縄梯子で上れるのは無理して一度に三人までといったところ。もちろん、腕に自信がある敵が乗り込んでくるのは否定できないが、敵が急激に増えることはないのは好材料だった。


「準ランカーでも冗談は言うのだな。いや、シルフィールがとち狂ったのか。まさか四大国たる我々に歯向かうとは」

「そう思ってくれれば、こちらの思う壺だがな」

「……何だと?」

「――と、喋り過ぎたか。別におまえたちが知る必要はない」

 対して意味のない言葉に、しかしロッグは意味深な何かを感じ取ったのだろう。黙考したまま動かなくなった。


「本当に勝つ気でいるようだな。せいぜい100の兵で、いつまで頑張り切れるかな。憐れなことだ、万が一我々を倒したところでジヴーの命運は尽きているのに」

「……はっ」

 ガレットの言に、ピエールが嘲笑に近い溜息を吐き出した。両軍の兵士たちの殺気が一気に増す。

「舐めたこと言ってんなよ。万が一にも? 生き残らせるわけねえだろうが。てめえらは一人残らず<砂鮫人(シャーラギ)>の餌にしてやる。ジヴーは滅ばねえ、絶対に、滅ぼさせねえぞっ!」

 凄惨な怒りを両眼に迸らせ、ピエールが唸り声を上げた。普段お調子者の彼がこうまで負の感情を炸裂させることは珍しい。精鋭すらも出しかけた腕を引く迫力が果たしてどこから来ているものか、シュイだけはよく理解していた。


「やはり、土人の野蛮な思考は度し難いな」

「そりゃ、温室育ちのお坊ちゃんにはどんなことも理解しがたいだろうさ」

 視線だけで殺し合ってそうな二人を尻目に、シュイが敵から目を放さず訊ねる。

「イヴァン、傷の方は」

「血は辰力で止めた、問題ない」

 明快な返事に、シュイが舌なめずりをする。

「わかった、予定通りビシャは任せる。ピエールも相手は決まったみたいだし、俺は――他だな」

「はっはっは、まさか一人でこの兵たちを相手に――」


<――蒼き雷を納むるは涅色(くりいろ)胸奥(きょうおう)>

 ロッグが高笑いする中、シュイが大鎌を掲げて唐突な詠唱に入った。時間を稼がせるわけにはいかないという一念がそうさせていた。その場にいた者たちの目の色が瞬時に緊張で塗り替えられる。


「上級付与の詠唱だ! やらせるな!」

「シュイを援護しろ! てめえら絶対に死ぬなよ!」


 ガレットとピエールの指示が交錯し、遅れて轟々たる(とき)の声が放たれた。瞬時にビシャとイヴァンの姿が霞み、宙で幾度となく交錯。連なる剣撃の音が兵士たちの足踏む音と混じり合った。

25日、7:00修正しました。

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