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~紲雷 thunder of bonds15~

 楕円に保たれていたセーニア軍の陣形が、南東から一直線に迫ってくるジヴー軍を迎え撃つべく、左周りに円を描くように崩れ始めた。

 ピエールは砂丘の砂地に片膝をつくようにして、彼方にあるセーニア軍の船の動きを隈なく観察している。狭い円形の視界を紙芝居のように素早く入れ替え、次々に敵船の挙動を捉え、全体像を捉える。

 ほどなくして、ピエールが筒型の遠眼鏡を目から遠ざけ、後ろを振り向いた

「戦列交代の速度が明らかに鈍ってるな、相互連絡が上手くいってねえのは間違いなさそうだぜ」

 朗報を耳にしたはずのシュイがちっと舌を鳴らし、不満げな表情で両手をポケットに突っ込んだ。

「……裏でこんなこと企んでたんなら、せめて俺たちには教えておいてくれたってよかったのにさ」


『ジヴー軍が粘ってくれている間、ルクセンにも少しばかり小細工する猶予が出来たのでな。セーニア側が使っていた<妨魔の柱(アンチ・マジック・ピラー)>に柱を継ぎ足して、より強力な結界を組むよう頼んでおいた』

 三日前、オルドレンの港で船に乗り込む直前、イヴァンが突として切り出した台詞が脳裏に再生された。上手くいけば敵軍の強化魔石の使用を妨害することが出来、大きなアドバンテージを奪えるとのことで、シュイたちと会う前から予め内輪で計画していたらしい。

 だからといって、連絡が遅れたことには納得がいくはずもない。秘密裏に進めていた計画をぎりぎりまで明かさなかったということは、自分たちを信用していなかったのと同義だ。


「これって、ルクセンの遺跡にいた二人組の仕業か?」

 ピエールは野性味ある大男と口の減らない少年の姿を頭に思い浮かべた。

「二人……、ああ、イルナヤとリックか。まぁ、外れではない。あいつらに頼んだのは各町に散っている同志との繋ぎ役兼護衛役だ。魔石が使えなかったせいでセーニアの使った結界の形状把握が間に合うかどうか微妙だったんでな。上手くいくかもわからぬものを作戦に組み込むわけにもいかないから黙っていた。だからまぁ、そう拗ねるな」

「別に拗ねてねー」


 確かに、その目論みが失敗に終わったところでジヴー軍に直接的な影響はない。あくまでセーニア側に悪影響を及ぼせるかどうかという問題だ。イヴァンの言う理屈くらいわかっている。ただ、気に食わないというだけで。


 不満げに鼻を鳴らすシュイの後ろでは、ヴィレンが隊長たちと長々と打ち合わせをしていた。が、ようやく話し合いが終わったのだろう。隊長たちがメモ書きを片手に、西側の船団の方へと移動を始める。

「イヴァン殿、そろそろ我々も動こう。シハラ殿の本軍も敵に気取られた頃だ」

「ああ、わかった」

 素っ気ないイヴァンの態度にも慣れたのか、ヴィレンは特に気にした様子も見せず、後ろにいる兵士たちに向き直った。兵士たちの目に先日までの曇りや諦めといった感情は見えない。意識的にも戦闘態勢に入っているようで、時折視線だけが物陰の方へと向いている。演説の日に立ち込めていた淀みも、今はもう感じられなかった。


 ヴィレンはひとつ大きく手を鳴らし、兵士たちの注目を集めた。

「――これより作戦名(コード)『<紲の雷(サンダー・オブ・ボンズ)>』を開始する! 近衛を除いた者たちは私の指揮下から離脱、各部隊長の指揮下に入れ。流れは再三確認してきたので省略させてもらう。件の合図は照明魔石を複数個使用して知らせる手筈になっている。接合点となる砂船の乗組員は合図が確認され次第、部隊長、副隊長、及び兵長の指示に従い、速やかに退艦せよ!」

『はっ!』

 一致した敬礼に、ヴィレンは満足そうにうなずいた。次いで、その表情が厳しさを増す。

「……厳しい戦になる。ジヴー連合始まって以来の最大の試練、私も含めてここにいる何人かは生きて戻ることも叶わぬかも知れない。――だがそれでも! 私は諸君らに言いたい。あえて言わせて欲しい! 必ずや家族の元に生きて帰り、今度は朝日を肴に、勝利の美酒を酌み交わそうではないか!」

『おぉーーー!』

 兵士たちが拳を高々と掲げ、雄叫びを上げた。鼓膜を揺さぶる峻烈な声は戦意を向上させるのに申し分ないものだった。

「――諸君らの獅子奮迅の働きに期待するっ! 行け!」


 ヴィレンの命に応じ、兵士たちが慌ただしく散っていく。ヴィレンはひとつ深呼吸を挟むと、傍らに立っているアミナに視線を向けた。

 ランカーの実力が秘められているとは思えぬ可憐な容姿。その後ろには軍属の魔法使いたちと町人の混成軍がずらりと控えている。そして、彼らから少し離れたくぼ地には、巨大な蜘蛛の巣にも似た紋様が描かれていた。

「そなたらしくもない、力の籠った演説だったな」

 先日の演説と比べてのことだろう。ヴィレンの視線に気づいたアミナがにやりと笑ってみせる。

「らしくない、か。今宵はそれも褒め言葉に聞こえるな。――私も鎧の積み込みが終わり次第出発する。リーズナー殿、申し訳ないがここはよろしく頼む」

「引き受けた、ここにいる者たちは必ずや守り通してみせる。そなたらも無事に戻られよ」

 ヴィレンはアミナと不安げな町人たちを見遣ってから、近衛たちを引き連れて船団の最前列へ走り去った。



「じゃ、俺たちも行くか」

「そうだな」

 ヴィレンを見送ったシュイとピエールは船団と逆の方向、ぽつんと停泊している黒塗りの砂船へと足を向ける。

 物思いに耽っていたアミナが遠ざかっていく足音に気付き、慌てて二人の方へ向き直った。

「……シ、……シュイ!」

 後ろからの躊躇いがちな声に、シュイはアミナの方を振り向いた。予想外の光景に、胸がずぐんと痛んだ。アミナは祈るように両手を組み、どちらかといえば引き止めるかのような表情でシュイを見つめていた。

「必ず、……必ず生きて戻ってくるのだぞ! ぜった……ぃ、絶対なのだぞっ!」

 アミナが喉をつっかえながら叫んだ。普段の滑舌は見る影もなく、声も少し震えている。緋色の目に大粒の涙を堪え、紅の塗られた唇を結び。それでも懸命に感情を押し殺して、笑顔を作っていた。後ろに控えている者たちを不安にさせぬよう背筋を伸ばし、胸を張って。

 シュイは瞳に熱を覚えながらも、なんとか笑い返した。微かに滲む視界には、ふわふわの小動物のように保護欲をそそらせるアミナの姿があった。

「約束します。ア……リーズナーさんたちも気をつけてください。ここが絶対に安全だと言うわけでもありませんから」

「……約束、……だぞ」

 一瞬にして二人だけの世界を作り上げたシュイとアミナに、枠外にはみ出していたピエールがつまらなそうに、どこか面白そうに唇を尖らした。

「……俺に、激励の言葉はなかった」

 ピエールの呟きに、アミナの三角耳がピンと空を向いた。

「あっ、え、……ごほん、いや。……も、もちろんピエールも無事に――」

「――なんという、とってつけた感のお手本のようだ」

「い、いちいちうるさいなっ! そなたには誰より心配してくれている者が既にいるだろうが!」

「うぐっ」

「……はは、正論だ」

 どうにかいつもの調子を取り戻したアミナにシュイは安堵し、同時にピエールにも感謝の念を覚えた。

 じゃあまた。手を上げながらのシュイの挨拶にアミナは小さくうなずいた。そして、同じように手を上げた。その姿を名残惜しそうに目に焼き付けてから、シュイは今度こそとばかりに、一度も振り返ることなく黒船の方へ歩き出した。



「ちょいちょい、あんなんで良かったのか? もっと抱きしめるとか、キスするとか、色々あんだろうがよ」

 小走りで後を追ってきたピエールが横に並び、大袈裟なジェスチャーを交えながらシュイの顔を覗き込む。

「馬鹿言え、他の兵士たちだって家族や恋人に会いたいのを我慢してるんだ。曲がりなりにも兵を任された俺がそんなんじゃ示しがつかないだろ」

「つまり、人前じゃなかったらやったと」

「……否定はしないが肯定もしない」

「つまりやったと」

「人の話聞いてるのかよ!」

「声でけえよ。つかよ、最近彼女、えらい可愛くなったよな」

 シュイは足を止めぬまま首を捻り、今のリーズナーの格好を連想する。

「……そうか、ピエールはポニーテール属性だったか。だからミルカもいつもあの髪型――」

「――違わい! ああいや……まったく違わなくも、ないけど」

 言葉を濁すピエールに、シュイがどっちだよ、と肩をすくめる。

「今更だな、アミナ様は元からえらい可愛いし」

 恥ずかしげもなくそう言ってのけたシュイに、ピエールは表情を動かさぬまま、小さく息を吐いた。

「あー、なんだかその一言で妙に納得できたわ。――ところでさ、おまえ、どこまで行く気だ」

 へ、とシュイが隣を見ると、ピエールの姿はなかった。いつの間にか船上から垂れ下った縄梯子を通り過ぎていた。背後ではピエールがもう四分の一くらいの高さまで登っている。シュイはひとつ大きく溜息をつき、後ろにある縄梯子の方へ歩き出した。



「よっ……と」

 ピエールが船べりに手をかけ、飛び越すようにして着地する。足音に気づき、甲板で指令書を片手に段取りの確認をしていた船員と戦闘員が視線を投げる。膝を伸ばしたピエールと、船べりの下からひょこっと顔を出したシュイの姿を見止め、一斉に敬礼。ラードックが咥えていた葉巻を携帯灰皿に押し付け、口にためていた煙を名残惜しそうに吐き出した。

「お帰りなさい。さて、これで全員揃いましたね」

「ああ、例の物は……?」

 二人がラードックの手前まで進み出る。

「船尾につつがなく設置してあります。まぁ、最初はあれのせいで速度が出にくいと思いますが」

 ラードックが胸ポケットに灰皿を押し込みながら言った。

「軽くなっていく分には問題ないかな」

「皆さんそうやって簡単に仰いますけど……、重量が流動的に変化すると操縦もかなり難しくなるんですが……」

「それでも、あんたの腕ならやってやれないことはない、だろ?」

 したり顔で人差し指を立てるピエールに、ラードックが不敵な笑みを浮かべながら一礼した。

「過大な評価を賜り、恐悦至極に存じます。衝角(ラム)も抜かりなく。軸は鋼鉄ですが周りにはちゃんと銅が使われているそうです」

「ああ、ヴィレン将軍からも聞いてる。残りのチェック項目は?」

「先刻、全て埋まりました、後はお二人の指示待ちです」

 淀みない受け答えに、シュイがよし、と目で応じる。

「――じゃあ、そろそろ出発するぞ。全員、定位置についてくれ」

『はっ!』

 返事と共に、ラードックと船員たちは操縦室やマストの方へ走っていき、残りの者たちはシュイを取り巻くようにして甲板に並ぶ。


 ――安全運転で頼む。

 ――安全運転で頼む。

 シュイとピエールがパンパンと手を合わせて黙礼。小さくなっていくラードックの背中に強く、強く願掛けする。


 この日のためだけに黒く塗り替えられた高速船。搭乗しているのはシュイ、ピエール、ラードック。同じ型の船の操作に一定期間携わったことのあるベテラン船員10数名。そしてジヴー軍でも選りすぐりの者が80名。体格、気の張り方、出航準備に携わっている姿からも垣間見える運動神経の良さ。砂の上だけでなく、船の上でもセーニアの精鋭と渡り合えるだろう猛者たちだ。

 シュイが兵たちの潜在能力に感心している一方で、甲板にて作業している兵士たちも、出航を控えてなお余裕を感じさせるシュイを頼もしげに見つめていた。周辺諸国に名を馳せている戦士と肩を並べて戦う。ただそれだけでも胸が高鳴りそうなものだが、他にも信望を集めるに足る大きな理由があった。


 数日前の開戦前演説において、名高き傭兵が語ったのは武勇伝ではなかった。完全敗北の絶望と不条理さだった。シュイの悲惨な体験談は、ジヴーの兵士たちに大きな衝撃を与えた。出自こそ伏せられていたが、生々しさと痛ましさは十分に伝わってきた。

 たっぷりと油を滲み込ませた松明が、建ち並んでいる家々の窓硝子目掛けて投じられたこと。そうして熱と煙で燻り出された村の者たちに、兵士たちが猛然と襲いかかったこと。家族を逃がそうと立ち向かった男たちが、押し寄せる兵士たちになます切りにされたこと。逃げ惑う女たちが投げ縄をかけられて引き倒され、捕まった者から暴力に晒されたこと。必死に腕を振り、走って逃げようとする幼い子供たちに、馬上の兵士たちがにやにやと笑みを浮かべながら矢を雨のように降らせたこと。まるで、誰が一番早く子供たちを踏むか競うように、地面に倒れ込んだ血塗れの子供たち目掛けて、馬を一斉に突進させたこと。

 それを己の身に当て嵌めるだけで。家族の身に当て嵌めるだけで。聴衆たちは抑えの利かぬ恐れと怒りが湧くのを感じた。体だけではなく、魂までもが震えているのがわかった。頭の中には家族の泣き声が、兵士たちの嘲笑う声が鮮明に再現されていた。


『小さな頭が巨馬の蹄に踏み抜かれ、脳漿(のうしょう)が耳と鼻の穴から勢いよくはみ出した。青黒いU字型の痣が、背中の至る箇所に残されていたのを今でも覚えている。変わり果てた我が子を、剣で背中まで刺し貫かれた母親が、息も絶え絶えに胸に抱いて、そのまま力尽きた。

 親の目の前で子が殺され、子の目の前で親が殺され。暴虐非道を一昼夜に亘って繰り広げたそいつらの仲間は、数週間後には誌面で民に正義を説き、許されざる悪を滅ぼしたと(うそぶ)いていた。口も喉も乾くばかりで、声にもならなかったな。ただ悔しくて、自分の無力さが恨めしくて、体中の血が一斉に沸騰しているかのようだった。耳を塞いでも声が脳髄にまで入り込んでくるんだ。大好きだった人たちのか細い声が。憎き敵兵たちのねばついた声が。

 そんな状態でじっとしていることなんてできるはずもない。手の皮が破れて骨が剥き出しになるまで、山奥深くで木の幹を延々と殴り続けた。世への恨みつらみを叫びながら、手の間隔が無くなっても腕を振り回すようにして叩き付けた。もしその様子を見ている人がいたら、確実に物狂いだと思われただろうな。

 見知った人との繋がりをことごとく断たれ、居場所を奪われ。最後に残ったのは容器(いれもの)だけ、誰も自分のことを知らない世界だけ』


 そこで語られた内容は、兵士たちの想定していた最悪を遥かに上回るものだった。目の前にいる黒ずくめの男の姿は、ジヴー連合が敗北した未来の先にある、掛け替えのない家族の写し身に等しかった。

 演説の聴衆たちは、淡々と語ったシュイに深い憐みを覚えたのと同時に、強く問いかけられているような気がした。家族を無残な目に遭わせるのか。今を諦め、未来にありもしない幸運を期待するのか。帰る家。家族との団欒。己を育んだ故郷。何かに出会い、感動する心。そんなささやかな日常を奪われてもいいのか、と。

 生への、勝利への渇望。シュイにしてみればアミナが教えてくれたことを自分の言葉にして伝えたに過ぎなかったが、その言葉はジヴー兵たちの心根深くに刻まれた。演説の日、彼らは生還の誓いを、シュイの終の言葉と共に打ち立てていた。



 ほどなくして、ヴィレンを始めとする将校たちの指揮する12隻の砂船が(かり)の陣形を組んで発進。スザク・シハラ率いるらくだ騎兵と歩兵の混成部隊を追い始めた。

 彼らの向かう先ではセーニアの船団が後方からの襲撃に対応すべく、兵士たちに囲まれた比較的狭いスペースの中で船首の向きを変え始めている。ピエールが敵の動きと地形図と、視線を何度も往復させ、位置関係を正確に把握する。

「当面の侵入座標は……Lの16から18ってところかな。さっきも見てたけど南側の敵船は若干反応が遅い。性能差もあるんだろうけど、操船の腕にもかなりバラつきがあるみたいだ」

「いい船乗りにはよりいい船を、ってわけか。そこは正直助かったな。後はイヴァンたちがどこまで引っ張れるか……、焦って道を開けてくれればしめたものなんだけど」

「敵もそんなタマじゃねえだろうけど、抉じ開けてでも突き進むさ、勝つために」

「だな。ところで、この戦いが終わったらどうする?」

 何気ない言葉に、ピエールは腕を組んで夜空を仰ぎ、真剣に考え始めた。

「そう、だなぁ……。真面目に答えると、まずは子供の名前をつけてやんなきゃな。もう産まれてるはずだし、ミルカとも名付け親になるって約束しちまってるからな」

「もう決めてあるのか?」

「戦いが終わったら教えてやるよ」

「ケチ。――それにしても、ピエールがパパかぁ……、なんだか俺まで老けこんだ気がするなぁ……」

「うっせーうっせー」

「あぁ、乱れた言葉使いは少し直したほうがいいぞ。子供が真似したら一大事だ」

「その台詞、おまえにだけは絶対言われたくねえ。妙な言葉を吹き込むんじゃねえぞ」

 軽口の応酬に聞き耳を立てていた兵士たちが束の間笑いを噛み殺す。だがそれも、船が起動するまでのことだった。


 足元が一瞬大きく振れ動いた途端、二人の雰囲気が反転した。凄まじい圧力が船上に二重、三重の波紋を呼び起こし、船上の手すりがビリビリと震え出す。二人に目を奪われていた兵士たちが、知らずと手に汗握っていることに気づき、ぐっと口元を引き締める。

「さて、やるか」

「ああ」

 シュイが背負っていた<大鎌(アワーグラス)>を下ろし、ピエールが<神木剣(ダンメルシア)>の鞘を持ち上げる。

 頬を撫でるのは悠久の彼方より巡り続ける風。戦場となる夜の広大な砂漠を臨み、視界を過るのは必死に運命と抗い、この世を去っていった者たちの後ろ姿。


 ――アルマンド。――ミレイ。

 茫々(ぼうぼう)とした輪郭が視界に過ぎり、ただ一度の瞬きと共に消え去った。シュイは束の間見開いた目を切なげに細め、そして微笑を浮かべた。目に見えずとも構わなかった。今まで自分が歩いてきた道こそが、彼らの存在を肯定しているような気がしていた。だからこそ――

 ――こんなところで、途絶えさせてたまるものか。

 シュイは己の左胸に右手を押し当て、ゆっくりと口を開く。

「今ここにある俺たちの命は、先達(せんだつ)の辛苦と犠牲の積み重ねの上に成り立っている。容易く手放していいものじゃない。生還への誓いを――忘れるな」

 背中越しの低い声に兵士たちが眼で応じる。ひりつくような、それでいてどこか心地よい圧力を感じながら、シュイはゆっくりと目を閉じた。目蓋に映し出される闇に意識を集中すると、自分の鼓動の音がよりはっきりと聞こえた。



 大鎌を握る手に確かな重みを感じながら、一息で前方へと振りかざす。巻かれていた白い布が横殴りの突風に浚われ、宙で何度となく翻った。宵闇よりもなお黒き刃が戦友たちの力強き眼差しを刹那的に写し出す。

 決意に満ちた眼光に推され、シュイが腹にぐっと力を込め、猛る。


「――エルクンド隊、出撃する! 部隊員一同、驕慢(きょうまん)なる侵略者共に仇なす刃となり、勝利の二文字を歴史に刻めっ!」

(おう)っ!』


 その号令を待ち詫びていたかのように、ピエールが、兵士たちが一糸乱れぬ気勢を響かせ、剣を一斉に抜き放つ。抜剣の(いん)が重なるや否や、闇夜に溶けた黒船が呼応するように砂礫(されき)()ね上げ、甲高い駆動音を鳴り響かせた。

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